いきるための芸術の記録

荒地と廃墟の楽園より

生きるための芸術の記録

生きることを家が教えてくれた。

愛知の長屋が火事になった。6年前に改修を手掛けた家だ。家賃を安くすれば好きなことをして生きていける、そう閃いてぼくは空き家を探した。素人のぼくに家を直させるなんて、そんな発想に付き合ってくれる人は、ほんとうに稀だと思う。ところがそんな人が…

あれから20年。この先20年。

あれから20年が経った。20年前、ぼくは交通事故に遭い、その年の秋に親友が死んだ。彼は27歳だった。 そのときにぼくは本気で生きる決意をした。やりたいと思うことに全力で取り組むこと。ぼくは自信がなかった。つまり誰もぼくを評価してくれる人が周…

表現を続ける理由。

表現を続ける理由は、有名になりたいとかお金をたくさん稼ぎたいからじゃない。いや、はじめはそんな動機だったのかもしれない。でもいまは、それよりも、もっと、ぼくが見ている世界と、実際の社会、ぼくが見ている世界と君が見ている世界の違い、もしくは…

種を蒔いて芽を出して育てて夢を見る。

たくさんのことが同時に起こっている。それらは自然発生したわけでもなく、種を蒔いていた物事が芽を出している。それは比喩でもあり、まさに文字通りでもある。 お盆は妻の実家、長野に行って久しぶりに休んだ。ほぼ何もしなかった。ご飯を食べてお酒を呑ん…

反逆の段取り

「自分の畑を耕しなさい」というヴォルテールのコトバが頭の中に刻み込まれている。 突然に忙しくなった。というのも、トラクターで耕してもらった耕作放棄地にコスモスの種を蒔く段取りが悪かった。せっかく耕してもらったのに雑草が生えるまで放置してしま…

毎日違う今日。一日減って、一日増える。

日常とは意味もなく過ぎていく退屈なものだろうか。今日も明日も明後日も変わりない、同じような日々の繰り返し。しかしどうして、それなら、違う毎日に変えないのか。 朝目覚めて「何からはじめようか」と楽しみに溢れた一日にすることもできる、はずだ。そ…

"Let it be"ってこういうことか。

朝4時に起きて慌てて海へ向かった。日の出を採取するつもりだ。西の空は明るくなっていた。クルマを走らせること30分。目的の海に着いた。太陽は想定のはるか左側から昇っていて目当てのロケーションは、絵になる景観にはならなかった。 景色を選びはじめ…

生活芸術家の1日

午前中に草刈りをした。7時半くらいからはじめて気づいたら11時半だった。4時間やった。そんなに没頭できることも最近では少ない。いつもスマホが傍にあってSNSを見たり写真を撮ったり。だから草刈りのときはスマホを持たない。 草刈りは瞑想だ。ただ草…

ここは世界の片隅なのか中心か。ぼくは何処にいるのか。

曇り空で暑くなくて、少しだけ雨が降っている。2022年7月中旬もうすぐ夏。この天気はラッキーだ。草刈り日和。6時過ぎから草刈りをはじめた。いま10時30分。今日はこれで終わりにしよう。 昨日の夕方からSmall Axe Anthorogyというドラマ•シリーズ…

誰かのコトバじゃない、自分の目で見て感じたこと

朝起きて今日は何をしようかと考えた。雨が降りそうだったけど草刈りをした。草は腰辺りの高さまで伸びていた。年に4回は同じ場所の草を刈る。ぼくが暮らしている場所は、限界集落で人の数よりも草や木の方が多い。朝起きて妻以外の人に会っていない。視界は…

もうひとつの生きるための芸術。

朝起きて草刈り。今年は6月末から夏日の猛暑。温暖化のせいなのだろうか。温暖化のせいというよりもこれも人間の仕業なのか。タバコが吸いたい。 クーラーがないから5時に起きて太陽が全力を出す前に仕事をはじめている。クーラーがないのはエコというよりも…

明治以前に「社会」というコトバはなかった。福沢諭吉はSocietyを「人間交際」と訳している。

ぼくは制作するために時間を作っている。表現者として生きていくと決めたときから。つまり仕事も予定もない空白の時間。他人からするとそれは「暇」というものらしく、よく頼まれごとをする。 「いま忙しいから手伝ってくれないか」知り合いが困っているなら…

書くこと。抵抗する武器。

今日は草刈りの仕事だ。植木屋さんに誘われてアルバイトにいく。これはぼくの今日の仕事だけれど、一週間後には違うことをしている。 ある一場面を切りとってみたとしても、それは何も代表しないし、何も理解しない。つまりぼくが何者なのか、という問いは、…

薪が濡れている日はゆっくり火を行き渡らせること。

雨が降ったあとは、火が上手くつけられない。杉の葉っぱで火を熾しても、濡れた木に消されてしまう。そういうときは乾燥した小さな端材に丁寧に火が行き渡るように燃やす。毎日、薪で風呂を沸かしているから、そうやって火に触れている。それだけで太古の人…

コントロールから出る、アウトオブステップの試論

小狐が死んでいた。道で。小さな身体が横たわっていた。中身は無くなっていた。身体はあるのに中身がない。身体の中にあるものを人間は命と呼んでいる。魂とか生命とか。それは何だろうか。 「生きる」ことを掴まえるために活動している。それはゲリラ活動み…

暮らしをつくる冒険

「生きる」という言葉にすると、当たり前過ぎて相手にされない現象に向き合っている。その取り組みをどう呼べばいいのか分からなかったので「芸術活動」に分類している。自分のなかで。だから哲学でも文学でもいい。文化人類学とか。けれど、アカデミックな…

生活芸術日記2022.0523

夜中に雷が鳴って、一緒に暮らしている犬のヒナコが吠えていた。妻チフミはヒナコを家に入れて安心させようとして、自分はそのまま寝てた。 朝も雨だった。ランドスケープの制作は天候によってメニューが変わる。今日は一日、木彫になった。唐突にプレゼント…

生活芸術日記2022.0522

バンドのメンバーから曲が送られてきた。都内でスタジオに入って演奏を録音したもの。20年以上も同じバンドをやってきて、やっと自分たちの音楽がつくれるようになった。自分がもっとも長く続けている表現活動がバンドだ。ぼくは詩を書いて歌っている。メ…

生活芸術日記2022.0520

昨日の朝、お茶摘みをして紅茶を作った。いま暮らしている里山にはあちこちにお茶の木があって、けれども誰もそのお茶には興味がない。その紅茶を飲みながらこれを書いている。 目の前に利用できるモノがあるのにその利用価値が分からない、もしくは面倒だか…

生活芸術日記2022.0519

いま自分のテーマは、競争から離れて生きることだ。これが難しい。自然のなかに弱肉強食のヒエラルキーがありながらも、弱い動物は生き延びている。雑草は、生き延びる戦略を持っている。生きることとは優劣をつけるのではなく、あるがままを肯定することか…

生活芸術日記2022.0518

朝起きて海に行った。どうにも海に行ってみないと分からない。これならできるな、という具合だったけれど、波の数が多くてゲッティングアウト(波の向こう側に出ること)ができない。一本は自分的に乗れたけれど、そのあとは体力を消耗するばかりだった。 午後…

生活芸術日記2022.0517

生活が芸術だったらどんな毎日を送るのか。いまのところ、草を刈る、木を切る、犬と散歩する、畑の野菜を食べる、土を掘る、薪で風呂を焚く、木を削る、絵を描く、文章を書く、海へ行く。 VRをとある施設に導入するためのプレゼンをした。長い付き合いの映像…

生活芸術日記2022.0515

日々を記録することは、自分自身を掘り起こすことだ。耕すとも言い換えられる。日記は誰かに読んでもらう目的よりも、自分自身の現実を映し出すために書く。なぜなら、自分の見ていること体験していることは、目の前にしか存在せず、自分以外の誰もここを知…

生活芸術日記2022.0514

朝から真菰(マコモ)の苗を植えるお手伝い。桃源郷を作る活動に共感してくれた神永さん84歳がこちらにも真菰を植えてくれるという。 真菰とはイネ科の植物で、お米のように水があるところに生える。古くは縄文時代から食べられたという。マコモの実はワイル…

生活芸術日記2022.0512

カラスが飛んできた。荷物のそばで獲物を狙っていた。妻は「何か食べたいんだね」と言った。自分はカラスというだけでなんとなく邪険な気持ちになっていた。カラスは何も悪くないのに。 それからカラスが気になって、改めて飛んでいる姿を眺めると、勇壮な飛…

生活芸術日記2022.0511

朝から炭の袋詰めをした。炭をノコギリで切って袋に入れる作業。炭を早く窯から出し過ぎたので、木の部分が残っていて硬い。それを「ねぼえ」という。炭焼きは自然を駆使した仕事なので毎回加減が異なるところが難しい。 午後は今年から活動する地域おこし協…

生活芸術日記2022.5010

昨日は長野県岡谷市の妻の実家から茨城県北茨城市の家まで移動日。クルマで移動するといろいろ考える。どういう訳か、今回の旅は生まれ変わったような感じがしている。ひとつには今暮らしている土地から離れて、今している里山づくりが貴重な経験になってい…

生活芸術日記2022.0508

名古屋の展示最終日。撤収のため妻の実家から移動。空き家プロジェクトで通った津島の長屋に立ち寄った。長屋のお隣のお世話になったご夫婦とランチした。ちょうど津島の知り合いから連絡があって合流。散歩して、移民問題に取り組む真野さん宅に寄る。テレ…

生活芸術日記2022.0507

朝から昨日の草刈りの続きをした。どうして草刈りをするのか考えた。自然の側からすれば全く必要ないことで、単に草が刈ってあると綺麗だからということなのだろうか。自分としても単に妻の両親が荒らしている土地を気にしているだろうから、という理由だけ…

生活芸術日記2022.0506

チフミのお母さんが御柱を見に行こうと誘ってくれた。御柱は諏訪地方の7年に一回のお祭り。次の御柱のとき父や母は生きているだろうか。 チフミの実家で頼まれたイスと机のペンキ塗りをした。午後は放置された畑の草刈りをした。 夕方はコンビニの駐車場で…