いきるための芸術の記録

荒地と廃墟の楽園より

手を抜いてはいけない。これくらいでいいとかはない。自然から教えられたこと。

f:id:norioishiwata:20240525092042j:image

8時から火を燃やし始めて15時に炭窯に蓋をした。蓋は大谷石と耐熱レンガを積み重ねて泥で隙間を埋める。いつもこれだけの時間がかかる。前回は燃える調子が良いからと、早めに切り上げたら2日後くらいに火が消えてしまった。

窯の前に木を積んで火をつけて、窯が自力で燃えるようにする。窯のなかに火が入っていく。蓋をして5日間燃え続ける。煙の色が青くなったら、間も無く密閉する合図だと教えられた。数時間後に煙は透明になって煙突に白い結晶が付着する。窯の火入れ口も煙出しの煙突も塞いで密閉する。燃えるエネルギーの行き場がなくなって炭化する。これが炭焼きの手順。3万年前から続く太古のテクノロジー

自力で燃える5日間は、一日に5回ほど炭窯の様子を見に行く。朝昼午後夕方夜。起きたら窯を見に行く。寝る前に見にいく。窯が見えてくるときドキドキする。煙が出てるか、まさか消えてないか。

ところが昨日は煙が弱かった。このままでは消えてしまう。こんなときはブロアーで風を入れる。それでも回復しなかった。小さな空気穴から棒を突っ込んで、なかから灰を掻き出す。空気の入りが悪いのかもしれない。棒で窯のなかの燃えている木片を手探りで寄せ集めてみる。

窯が生き物に思えた。燃えているのは命で、それが止まりそうで延命しようとしている。まるで医者のような気分になった。火を消さないぞ。むかし炭焼きをやったことある人が教えてくれた。夜に窯の空気穴を覗くと「真っ赤に燃えていた」と。

火が足りない。小さな空気穴から木片を少しずつ入れて、小さな焚き火を手探りでやった。火がついた。その火を絶やさないように小一時間燃やした。火は消えなかった。しかしまだ安心はできない。

いままでも何度か火が消えたことがあった。これまでは火の様子を見るだけで、火が消えない努力をしなかった。煙が弱くなってもああ残念だったと思うだけだった。自分にできることはないと思い込んでいた。消えても仕方ないとも思っていた。

出来上がった炭は道の駅に納品している。鮎の塩焼きに使われる。そのお店の人が国産の炭で焼きたいと拘りを持っている。輸入の炭とは比較にならないほど国産は質が高い。塩焼きのキクチさんは、取引先が高齢で引退してしまい、炭を探していた。知り合いがキクチさんを紹介してくれた。炭のサンプルを持っていくと、使いたいと言ってくれた。これで取引して3年目になる。炭を納品したとき鮎の塩焼きを買って食べた。キクチさんは炭を丁寧に並べて鮎を焼いている。ぼくたちが作った炭を毎日使っている。ここの人たちは誰よりもぼくらの炭を知り尽くし大事に使っている。そう分かってから炭焼きに責任を感じるようになった。

消えそうだった窯の火は回復して、窯はもくもくと煙を吹上げている。この景色を見ると安心する。いよいよ炭の焼ける匂いがわかるようになってきた。