いきるための芸術の記録

荒地と廃墟の楽園より

自分の感情や思考はほんとうに自分のものだろうか

昨日は一日疲れていて寝ているか横になっていた。ふと思想家ハンナ・アーレントの映画がamazon primeにあったのを思い出して観た。主題は、ヒットラーのナチス親衛隊だったアイヒマンの裁判だ。アメリカに亡命していたユダヤ人のアーレントが、イスラエルに拉致されたアイヒマンの裁判を傍聴する。アーレントは、裁判のなかで次第にナチスのアイヒマンが残虐非道な人間ではなく、凡人の役人だと思うようになる。アイヒマンの思考は停止していて、ただ組織の命令に従っただけだと。アーレントは思考が停止して働いてしまう悪のことを「凡庸な悪」と名付けた。

アーレントが暴いた「凡庸な悪」はどこにでもある。強い縦社会のなかではNOと言うことができない。汚職とか不正とか、一般的な会社でも凡庸な悪は生まれてしまう。

アーレントはナチスの凡庸な悪だけでなく、収容されたユダヤ人の管理者のなかにはナチス側に従って働いた者もいたと暴いた。アーレント自身も収容所からの亡命者だから嘘ではなかった。けれどもナチスの悪とユダヤ人の悪を同列にしたことが大きな非難を集めてしまう。いまここから俯瞰すれば、それを凡庸な悪とまとめることはできるかもしれないが、当時はユダヤ民族を抹殺しようとしたナチスと抹殺されそうになった側だ。それでも屈せずに人間の誤ちについて言葉を紡ぐアーレントの姿が映画では描かれていた。

ところがいまではアーレントが、アメリカの人種問題にはその鋭い思考を発揮できなかったことが明らかになっている。本も出版されている。アーレントは黒人の子供たちが白人の学校に通う抵抗運動を支援できなかった。それどころか批判したらしい。

いま現在、日本でぼくの暮らしている環境からはイスラエルのことを簡単に読み解くことはできない。それでもぼくの日常にもイスラエルの問題と地続きな世界の歪みが及んでいるはずだ。アーレントはその歪みを糺すことができるのは考えることだけだと断言する。しかも映画のなかで恩師ハイデガーが言う。「考えるだけでなく行動することです」しかしそのハイデガーでさえもナチスに加担してしまう。その話は広がってしまうのでここでは触れないが、ハイデガーほど思考した哲学を持った人でも時流に飲まれ誤ってしまう。

だから何度でも自分で考えて、誰かのじゃない、時流でもない、自分の考えで行動して、目の前の世界を構築していくという地道な活動が必要なんだと再認識させられた。

いまを生きる個人が所属する、家族、学校、会社、職業、地域、都市、社会、国家、それぞれのレイヤーが複雑に重なり合っている。それを貫く縦糸を丁寧に手繰り寄せることがそれぞれの哲学になるのではないか。それは本を出版するとか、大学に所属するとか、教授になるとかではなく、日常を生きるそれぞれができる限り遠くから糸を手繰り寄せることが、凡庸の悪に陥らずに済む方法なのだと思う。そのために繰り返し思考する。

考えるというのは、自分が何をしているのか、何のためにその目指すところへ向かっているのか、地図を広げるように思索することだ。

アーレントが思索した根源的な悪は、いまはイスラエルがパレスチナに対して行っている。これは〇〇人というカテゴリーではなく国家による悪だ。ユダヤ文化研究家のダニエル・ボヤーリンが書いた「無国家解決」という本には、その現在進行形の問題について思考されているらしい。ぼくの興味は、その問題について思考することが、きっとこの問題と地続きの何かがぼくの目の前にも見えないながらに存在していることを確かめることにある。その危うさを感じ取るためにぜひ読んでみたい。

この世界は手放しのままで、どんどん良くなっていくことはない。だから常に糸を手繰り寄せるために思考してはこうやって書いていく。当然ながらにその思考はモノづくりに反映されていく。作品からその思考のすべてが理解されなくてもいい。むしろ作品が言葉を失い、そのカタチに意味を纏って記号として社会に放たれるとき、また芸術として乱反射を起こしてくれる。

追記。上記のようなことを考えていた流れで、日曜日の夜にフジロックフェスティバルの配信をamazon prime で観た。UKブリストルのMassive Attackのライブだ。圧巻だった。ステージにバンドと背景には巨大なスクリーン。「自分の感情や思考はほんとうに自分のものだろうか」と日本語で流れる。訳されたメッセージは、システムに流されていてよいのかと問いかける。イスラエルの問題、アメリカのトランプ大統領、世界の軍事費、植民地問題、ワクチン、パランティア、偽情報、いくつもの社会課題が映し出される。演奏は歌と背景のメッセージと交わりながら鑑賞者へと流し込まれていく。 SNSでは音楽に政治を持ち込むなという議論があるが、それを吹き飛ばすほどすべてが政治的なメッセージだった。その核には、君は何を選択するのか、という今を生きる個人への扇動も込められていた。見事なコラージュ・インスタレーションだった。最後には「Massive Attackのパフォーマンスはamazonならびにフジロックの見解ではありません」とテロップが付された。

久しぶりにこんな表現が可能なんだとぶっ飛ばされた。まだまだやれる。まだまだ創造できる。現在いる場所から届けるべきことがある。

やったらやっただけ結果が出る教え

過去と現在と未来は繋がっている。してきたことが今の自分をつくり、過去が未来の自分を支える。夢中でしてきたことが自分そのものになる。この先も。

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7月は18日間、札幌の南区豊滝で仕事をした。きっかけは2020年にバリ島に高校の同級生を訪ねて行ったときのこと。同級生はサーファーでその仲間として紹介されたのがジンさんだった。プール付きの自宅に招待してくれた。

それから数年が経ってジンさんは覚えていてくれた。北茨城のアトリエを訪ねてくれ、景観をつくる活動を見学してジンさんの構想を語ってくれた。札幌市南区の山中にある水が沸き出る龍神の水エリアの景観整備と建物の改修、龍神エリアから数百メートル離れた農園をドッグランと野菜の直売、蕎麦屋を備えたモンドラーゴと名付けたエリアに造成すること。それが2022年の計画だった。

それから毎年通って少しずつ龍神の水エリアを改修してきた。今年は千歳空港に着くとポルシェの鍵を渡された。それがぼくの移動の足になった。ジンさんは言った。「君がいつかポルシェどころかフェラーリに乗ってアトリエに通う未来が見えるよ」。ジンさんはもうすぐ70歳になる。ぼくより18歳も年上だ。年上だし飲食業で成功したマインドや姿勢から学ぶことが多い。

今回特に感心したのはジンさんが手を止めないことだ。毎日作業する。ひとりでやる。構想の段階では社長だからまさか自ら手を動かすとは想像もしなかった。ところがぼくと一緒に作業しながらD.I.Yを学んで、すべて自分でやり続けている。

ジンさんに「ほんとに休まないんですね」と言うと「やったらやっただけ結果が出るんだよ。みんなジンさんすごいですねとか言うけど、俺は才能とかあるわけじゃないから。とにかくやる。イメージしたらそれをカタチにするまで止めない。それだけなんだ」と言った。

ジンさんは「スクリーン」という言葉を使う。こんな風になるというイメージが映画のように見えるらしい。スクリーンに映った景色をひたすらに追求する。ジンさんには、龍神エリアで子供たちが自然の湧水を飲み、モンドラーゴで家族が遊び、訪れる人たちの笑顔が見えると言う。事実ジンさんは、そうやって何店舗もお店を作ってきた。

ジンさんが教えてくれたのは、全力でやったことは何ごともその先で役に立つということだった。言われてみれば、この龍神エリアの仕事は、自分が過去してきたことの総動員だった。例えば、社長のジンさんと朝から晩まで一緒に動くことは、かつてしていたマネージャーの経験が役に立っているし、夏の屋外で作業するのはフェスティバルやレイヴの現場経験だし、神社の改修は、空き家を何軒も直して暮らした経験だし、龍神エリアで草刈りや木を切ることは、北茨城での景観づくりの経験のおかげと言える。

いつ読んだのか忘れてしまったけど「どこか遠くのものを求めるのではなく、今自分が持っているものを使うことだ」という文章を思い出した。

人でも文章でも出会いだ。今回はやっぱり事業で成功したジンさんに自分を準えてみたりもした。自分だったら作品を売ったり、その活動で成功することだ。この文脈での成功とはお金を集めることだ。フェラーリを買えるほどに。

ジンさんは「お金じゃない。それはあるに越したことはないけれど、多い少ないじゃない。君の生き方は簡潔でそれが素晴らしいと思う。足るを知っている」と言う。しかし正直に言って、足るを知ることと事業の成功は矛盾する。ぼくの欲望はときに道を見失う。

ジンさんが事業を成功した人にその秘訣を聞くインタビューをyoutubeで観たときの話をしてくれた。スーツの胸ポケットからロールテープを出して、0、10、20、30、と等間隔に80まで書いて、残りを破り捨て言った、これが人間の寿命です、そして0から70までを破り捨てた。指に挟んであるほんの僅かな破片がわたしの残りの人生です。

ロールテープがすべて消えたとき何が残るのか。クルマもお金も役に立たない。何を残すのか、それが人それぞれの仕事だ。俺は人々の笑顔のために龍神とモンドラーゴを残したいんだ。そうジンさんは言った。

人生の願いが叶うとしたらシンプルなものだと思う。ぼくは芸術を残したい。人間が生きることに向き合うための表現活動を続けたい。それは自分が透明になって、言葉やモノだけが残ってあらゆる時代を照らす光になることだ。

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分かっている。モノを作り表現することは、経済活動とは相容れない。どうしたって矛盾する。モノを作り表現することは、欲望をカタチにすることじゃない。ニーズを満たすことでもない。混沌とした未来とも呼べないような、未知に手を突っ込み暗中模索で掴み取ることだ。その創作の断片がときに反射して、現在進行形のぼくを照らしてくれる。そのとき与えられた仕事を懸命にやれば、またその経験がぼくを生かしてくれる。芸術とは経済活動とは一致しないけれど、人の心を動かすとき、何かしらかのカタチで贈り物がある。それは作品が購入されるとか仕事になるとか、数年後に起こるとか、贈り物は死後なのかもしれない。芸術は欲望とはまったく異なるところで希望を乱反射させる。

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漠然とした誰かではなく、これを読むあなたのために

大きなお世話ではある。生きるための芸術をテーマに活動してきた。15年目だ。そもそもは、まだ何もしてないに等しかったぼくのような人間が芸術で生きていきます、と宣言して、それができるようになれば、周りの友達や仲間にも影響を与えられると考えた。28歳で決意して38歳で実行して今52歳。

ところが「生きる」と「芸術」を一致させることは重要だよね、という賛辞で溢れることはなかった。それでも、仕事があって、作品を展示し販売して、応援支持してもらいながら芸術で生きている。つまりある程度できたのだ。自分のなかでようやく生きると芸術が一致した。

この文章を書く理由がふたつ。ひとつには自分のなかで一致してみて分かったのが「生きるための芸術」という欲求が想定した以上に個人的なモノだったこと。アホだけど、ぼくみたいなヤツが芸術で生きていけるなら、ほかの誰でもいろんなことに挑戦し生きていけるはずだと今も思っている。だから何度でも改めて生きるための芸術を世の中にプレゼンテーションしたい。今だからこそ伝えられることがある。それを本にまとめるためこれを書いている。

もうひとつには「ぼくができれば誰でもできる」が、例えば100人と出会ってそのうちひとりでも何かを始めたのなら成功とも言える。だとしたら、それを繰り返していけば、いつかは伝わったと手応えを掴む日が来るかもしれない。なぜそこまでして伝えなければならないのか。それは人間が人間であることを失いつつあるからだ。

結論を言えば、人間は生きるための活動をしなくなった。代わりに消費とテクノロジーがその労力を代替えしている。生きるための活動時間や経験が個人から消えてしまえば、その人のなかからその感覚も失われる。ひとつひとつは些細なことだけれど、積もり積もって社会全体に巨大な損失になると想像する。

生きるための活動とは、例えば、カーナビがあるおかげで道を覚えなくなって地図が読めなくなった、でも太陽や星の位置でも方角を知ることができる、電気が普及して火を使わなくなれば、火を忘れてしまう。しかし火は人間が知恵を身に付けた原点だ、とか。火と過ごす時間や経験が失われれば、火と共にある感覚も失われる。つまり人間が生きるためにしてきた努力と活動。それが失われていくという話。それってどうでもいいのかな。

何が言いたいか。便利になることは選択肢が増えていくことだ。それが豊かさだ。しかし便利さは楽さでもあるから簡単に使えてしまう。生きることがどんどん便利さに代替えされて、そもそもの自然を利用して生きてきた方法を人間が忘れてしまう。自然を利用することは労働でもある。身体を使う面倒なことでもある。だから便利になると選択肢が増えるどころか減っていくのだ。

おまけにテクノロジーは身体と思考を切り離してしまう。本来なら身体を動かしながら考えて動かして、身体と思考は連動するものだった。トライ&エラーも行為者の側にあった。しかし便利さは、その間に道具を挟む。道具ならまだしもテクノロジー、例えばAIだったとしたら、身体と思考は切り離され、思考をAIが担当することになる。偶然やエラーもテクノロジーが処理をする。

身体と思考の連動が人間の核心だと考えている。何かをしているときに思考が回転する。その動作のなかに生きるための閃きが隠れている。ピカソは「思い付くことはできるし、思い付かないことはできない」という言葉を残している。このスイッチはテクノロジーではなく、身体と思考の運動のなかにある。

生きることは自分自身を政治することだ。統治する。何を使って使わないのか徹底的に検証する。それは面倒臭いことだ。けれども、ひとりひとりが人生で与えられた時間をどう使うのか、それが社会を形成する。賛成反対、投票するしない、それらだけが政治じゃない。ぼくたちがこの時代を生きることがすでに政治活動だ。

今日もストレッチから始める。身体を伸ばして、全身に血を通わせる。手の先、足の先、すべてが君自身だ。インド哲学ウパニシャッドでは、まずはじめに「オーム」と唱える。オームとはYes。すべて世界はYesに満たされている。すべてを肯定する。これは正しさの説教ではない。これはスピリチュアルなことでもなくて、自分自身を政治する基本。自分しか自分を動かせない。自分を動かせば見えている世界も動く。

こんな言葉に出会った。

「それが芸術なら、みんなのためのものではないし、みんなのためのものなら、芸術ではない」

アルノルト・シェーンベルク(Arnold Schönberg)の言葉

モノを売ること

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札幌で龍神の水エリアの仕事をしている。やっと思考と身体が回ってきた気がする。プロジェクトのオーナーが飲食業の社長だから、モノを売ることに長けている。勉強になる。社長にはたくさんの従業員がいて、いくつもの仕事と作業があり、そのひとつひとつをシステム化している。小さなエラーや損益が積もって膨大な赤字を生み出す。そうならないような仕組みづくりをしている。

対して自分はアートを仕事にしている。アートの仕事も結局はこの資本主義社会のなかにある訳で、飲食業で収益をあげることとある部分では重なっている。例えば、展示して作品を販売するとき、収益が指標となる。「アートだから売れなくてもいい」と言う自由もあるけれど、この現実社会のルールに則るなら売れた方がいい。

だとしたら社長が教えてくた「売れないわけがないところまで条件を詰める。受け取る側にメリットしかない状況をつくる」このふたつは、やってみたいと思った。自分は、やっていることのほとんどをアートのカテゴリーで片付けてしまっているので、売れることを目的としないまでも、きちんと収益を機能させることで潤滑油やガソリンのように活動を活性化せることができる余地があると考えた。そうすれば受け取る側の論理を身に付けることができる。

つまりこれを実践するなら作品購入をビジネス的な言語に翻訳できる。なぜ売るのか。それがどうなるのか。なぜ買うのか。かなり難易度の高い仕事になるだろうけれど、やって損はないだろう。例えばピカソは複数のギャラリーを自宅に招いて、誰が最も高く売れるか競わせたし、購買層になり得る人はビジネスをしていて価値のあるモノに興味を持っている。その興味に対して応えることができるなら、作品はもっと売れるだろう。作品を社会に届けることも他の誰かに任せるより自分がやった方がいい。なぜなら社会の仕組みを理解できるからだ。

出会う人や対話する人を自ら選んでいるようで、そこに現れる言葉は、鏡のように自分が必要としているメッセージだったりする。生きるためのヒントは常に目の前に現れている。偶然が重なって必要な言葉が日常を飛び交っている。その価値を見抜くチカラや余地を見失わないために文章を書いている。

続けるために文章を書けばモチベーションが噴き出す

札幌に向かっている。昨日は疲れでダウンしてしまった。数ヶ月ごとにある。休日があるわけじゃないから仕方ない。ダウンしてエネルギーが低下しているときにやるべきことを考えると山積みで、さらに疲れてしまう。だから、もうすぐ死ぬのだとしたら何をやるべきか、そこからイメージすると、軽くなれる。だってもうすぐ死ぬのだから責任とか欲とか付き合いとか、そんなことよりも、大切な何かを引き出すことができるのではないか。

考えたのは、本をまとめること。「生きるための芸術」というシリーズを出版している。それの4巻の執筆作業。と言ってもここに下書きはあるから、まったくゼロから書くわけでもない。大丈夫。一般的に書籍は自分のことを書かない場合が多く、生きるための芸術シリーズをどうカテゴリーしてよいのか迷っていたけれど、最近になって文芸/エッセイだと分かった。「生きる」を伝える。これが目的だ。どんどん社会は「生きる」から離れていくから、ますます役割を持つに違いない。そう信じるからまた踏み出せる。

自分のしていることは、作品をつくること、社会を変えることの両輪で回っていると考えていた。先日、口が悪くて評判の作家さんと話す機会があって、よく聞いてみると、口が悪いのだけれど、遠慮なく、本質的に言い当ててしまうのだと分かった。つまり言葉で急所を刺してしまう。

ぼくの場合は「作家活動しながら、役所と仕事するのはいいけれど、いつまで曖昧な状態でいるのか。状況が変われば君の仕事は無くなるわけで、それを分かっていながら手を打たないのは、それでいいってことなのか」と刺された。それほどの関係性もなくこう言うのだから驚いたり怒る人も多い。しかしズバリ当たっている。

おかげで考えた。市役所と仕事をしているけれど、市役所と仕事がしたいのではなく、景観をつくるプロジェクトが市役所との仕事になっているわけで、市役所との仕事が続くように仕掛けていくよりは、景観をつくるプロジェクトが続いていくように仕掛ける方向がいい。舵取りの方向が見えたらそれに向かって進んでいけばいい。これを札幌のプロジェクトオーナーに話したら「俺だったら市役所からの仕事が続くようにするよ。やりたいことのためにお金は必要なものだから」と言った。

作品づくりに関しては、曖昧なラインを綱渡りしていきたい。すでにコラージュという技術が基礎にあるから、特定のジャンルに収まることなく溢れていきたい。一方で社会的な役割としての仕事にも可能性はある。北茨城市との取り組みもそうだし、札幌の龍神の水エリアの景観づくりもそうだ。こうした仕事が可視化され社会に見えるようになれば、また溢れていくと予想する。これに関しても札幌のオーナーは「事業をやるときは、それが売れない理由がないところまで考える。結果、売れる状況になるカードが全部揃った状態で仕掛ける」と言った。

過剰であること。口が悪い作家さんの言葉にしろ、創作にしろ、景観づくりにしろ、過剰になるからこそ、リアクションが生まれる。その過剰さが悪さではなく良さであることが望ましいのは言うまでもない。更には軽さや弱さが表現できるなら尚良い。しかしそんな情緒的なことよりもビジネスを勝ち抜いてきたオーナーの視点からすると、絶対に欲しいと思われる状態にすることが作品づくりに求められるのだろう。

やりたいことを並べておく。生きるための芸術4巻の出版。韓国にネットワークをつくる。彫刻作品。焼き物の続き。小説を書く。作り込んだ絵画作品。北茨城での景観づくりの展望企画。空き家改修ギャラリー的なハコづくり。集落の観音堂の改修。というわけで、まだまだやることがたくさんあるから死ねないし、こうやって書き出すことでエネルギーが湧いてくる。

木を育てるようにアート活動をする。

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展示が終わり北茨城市に帰ってきた。京都で5日間と東京で9日間展示した。旅だった。作品を展示することは意味を獲得するためだと改めて思った。作者はひとり(我々の場合はふたり)でモノを作る。創作はすべてに先行している。だから展示してはじめて社会に問う。意味を切り拓いてもらうのだ。鑑賞者にもギャラリーとの関係に於いても、他者の眼差しと感覚に包んでもらう。もちろん売り上げも要求されるが、ポジティブに解釈するなら「よいもの」を作れば売れる。

しかし「よいもの」とは何か。そこに創作の哲学が隠れている。この水脈を探し当てたわけではないにしろヒントがあった。「カタチ」という作品だ。これはあれこれ制作している目的のもの以外の副産物だった。

ギャラリーのオーナーは「最終日にやっと分かってきました。なかでもカタチに可能性を感じました」と言った。分析するとつまり「軽さ」なのだと思った。こんなにすごい作品を作っているんだとリキんだものよりも何気なく現れたモノ。そこには他者が心を沿わせる余地がある。

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いずれにしても展示は、未知のモノを公開して問う行為だ。窯を作って焼いた器や壺はすべて売れた。驚くべき。未完成品で展示のみにしていたモノもこれがいいと買ってくれた。展示をすることは量子力学にも通じていて、あいまいな物事が観測されることによって収束する現象に似ている。展示することで作品は意味や価値を手に入れる。作者の手を離れていく。わたしは放す。意味を放す。話すことによって離す。

文字にするなら「胎(たい)」だ。孕むという意味。ものを作ることはカタチや意味を社会に放出する行為だ。放出するまでその意味や役割は孕まれている。作品の内側に。作品が語る意味もあるし、作家活動が語る意味もある。それらには売れるものもあれば売れないものもある。物質的に売れるものと販売できない活動もある。いや手段はいろいろあってもそれをやるかやらないか、その選択から表現は始まっている。取捨選択する行為がモノに結晶化する。宿る。それらが展示される。そうした循環のなかに生きるための芸術はある。

見逃してしまうような、意図できないような、些細な物事、小さな弱さのなかに心を動かす表象が埋まっているかもしれない。それが「よいもの」だと理解してみた。それらを掬いとるには制作に遊ぶしか今のところ方法を思いつかない。ポジティブに解釈するなら、これまでのように制作しながら、些細な表象のサインを見逃さないことだ。

その一方で日々の動きがある。これが生活だ。新宿での展示を20時に終えて、撤収作業をして22時にギャラリーを出た。イヌを迎えに妻の実家、長野県岡谷市に向かった。深夜12時過ぎに着いて寝た。翌朝はドンと疲れが出た。午後に映画マイケルを観に行った。夜は妻のお母さんがはま寿司に連れて行ってくれた。夜中にサッカーをテレビで観て寝た。翌朝火曜日10時頃岡谷市を出た。途中休憩しながら運転して15時頃北茨城市の自宅に着いた。その夜はほとんど何もせずに寝た。翌水曜日は朝から炭を切った。午前中に終わらせて午後は幼稚園の講座。なんと着いたらお休みだった。スケジュールのミス。勘違い。帰ってイヌの散歩をしたら梅が熟していた。梅を収穫して、購入してもらった器の漆継ぎを修正した。いろいろ連絡もした。金曜日の支援学校生徒の種蒔きの確認。市が運営するアトリエのミーティング調整。炭の納品。炭焼き師匠との打ち合わせ。

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現実社会での芸術家としての役割と、作家として立ち上がってくる造形への取り組みがある。それらはまるで平行世界だ。造形の取り組みは空想で、現実には仕事としての活動があって、それでも根っこは同じ。創作の側で伸びる制作の枝と、社会の側で伸びている活動の枝。これは木だ。この生きるための芸術というひとつの木を育てている。いつか果実が稔る日を楽しみにしている。しかしそれがどんなカタチで稔のかは分からない。

生きることと芸術のあいだで

生きるためには働かなければならなくて、学校を卒業する前には、なんらかの仕事に就くように勧められる。子供の頃から将来は何になりたい?と大人から質問される。スポーツ選手やお医者さん、弁護士、科学者なんて言ったら「すごい」と喜ばれる。「働きたくない」とか「遊んでいたい」と答えたらビックリされるし、もしかしたら問題があるなんて言われてしまうかもしれない。

友達と先輩が久しぶりに会って何してるの?って会話してた。先輩が「君は働きたくない、って感じだったよね。バイトとかしてるの?」と質問した。友達は「Youtubeやっててまあ収入はありますよ」と答えた。先輩は「やっぱり働くの好きじゃないタイプだよね」と言うと友達は「働くの好きですよ。てかそもそも働くってなんですか、って話しですよね」と返していた。

時間は一方向にしか進まなくて逆戻りはできない。朝起きて寝るまでが一日であり、徹夜して0時を過ぎれば次の日になる。その繰り返しのなかで何をして生きましょうか。という課題があるのだと思うけれど、それについては深く議論されないまま、ぼくらは当然のように人生の持ち時間を労働に費やすと決まっている。

この10年で捉えてみるとSNSは社会的なツールにすっかり浸透して、そこを通じて宣伝したり話題になったりモノが売れたり仕事になっていたりもする。なかにはあっという間に有名になる人もいる。お金を稼いでセレブになる人もいる。

それがいつの間にか有名な人やお金を持っている人が正しくて、その人のやり方や発言ばかりが流通するようになって、そうなることが社会的な成功になった。どんなやり方でも有名になれば一丁上がり。だからその逆の売れてないとか、お金にならない、泥臭い、大変そうなことなんかの側は、注目もされないし、失敗しているし、憧れもしないし、見えもしない。

売れるものが評価される。有名になった者が勝者になる。個展だって5000円より100万円の売り上げがすごいと言われる。いつも思うのは、どっちがいいか悪いか、どっちが正しいか、どっちが売れるか、という二極的な判断ではなく、長い距離で捉える眼差しが必要だということ。なぜなら、生産して売ったことがない人が0から5000円売り上げるようになることは、子供が歩けるとか話せるようになるってぐらい素晴らしいことだから。

芸術をやっていると言うと「それで食っていけるの?」とよく聞かれる。「いやほかに仕事してます」と答えると趣味なんだねと解釈される。「それで食ってます」と答えると評価される。どらにしても制作しているのは作品と呼ばれるモノだけじゃない。作品というモノ、絵画なり彫刻なりプロジェクトなり、どれも芸術という概念のイチ側面でしかない。作品をつくることで人生を作っている。間違いなく。つまり作品をつくりながら人生をつくって社会に参加して、社会もつくっている。ぼくには子供のとき将来なりたいものがなかった。もうすでに何にもなれない気がしていた。

この10年くらい土を採って焼いてきた。ゴールは陶芸なのだけど、それを学ぶのではなく、身の回りの地面を掘って土を採って、それを火で焼くというところからはじめてみた。人類が火を扱い道具を作るようになったその原点を経験してみたかった。何が成功だかも分からない原始。まったくの手探りで、どんな土が適しているのか、どんな状態で地面に埋まっているのか、どうやって成形するのか、粘土の精製や固さ、どんな焼き方が適しているのか、すべて失敗して、ひとつずつやっと分かってきた。

粘土から器が作れるようになった。壺を作ってみることにした。器から更に粘土を足していくと壺になる。壺のカタチになったとき心が動いた。壺の外側は曲面で、そのなかは空洞になっていて、その構造に生命や性的なエロさすらも感じた。壺は全体包まれて中が見えないでいる。器や壺は何もないところに働きがある。包むものといえば愛だと思った。

将来は、ってつまり老人になったとき、芸術で包みたいとイメージした。それは作品というモノの働きについて。作品が包むのである。

働くことの根源を感じた。その働きが周囲に与える影響にある。その職業の名前じゃない。働くとは職業の種類ではなくその機能のことだ。描くこと。物語ること。愛すること。目的は肩書きや対価ではない。その結果が仕事になる。

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以下は削除したテキスト。文章になったもの。ならなかったもの。そのあいだに零れ落ちた意味。

1.

掬って包む。空所をつくること。その空洞に働きがある。なかに入れられるようなもの。空所の用に気づいたとき人類のイマジネーションが爆発した。だから壺が美しい。

2.

友達と何かをはじめたとき、共同でクリエイティブな何かをするようになったとき、お互いの予定を調整する。友達が「あ、ごめん、その日は仕事が入っているんだ」と言う。だから仕事がない日に活動することになる。しかし仕事が最優先事項であると決まっているわけでもなく「本気でやりたいから俺は仕事辞める。だから365日いつでもやれるよ」と人生の舵を切った返事だってすることもできる。

3.

芸術が食っていくための糧になるのか、自分自身を支えるものになるのか、誰かを喜ばせるのか、まだ何かの途中なのか、遊びなのか、お金になるのか、そのどれでも、モノをつくることは、人間が持っている生存本能の一部だと思う。歩くことや手を使うことは本来そのために備わっていたのではないだろうか。

4.

仏教が伝える「空」の概念に触れている。言葉がモノそのものを指し示すようで、まったく一致していないように。

5.

包むこと。覆った状態。カバーしている。空洞。

6.

常に変化していく。社会も人間もすべてに於いて。自然は秒単位で変化していて季節のなかで淘汰を繰り返す。だからすべてが常に移り変わる。生まれ死んで、変わらないものなんてない。

7.

ずっと遊んでいる。それをなんと呼べばいいのか分からない。単に生きてるってことかもしれない。

8.

どんな土をどうすれば粘土にできるかが分かった。自然の粘土はときにものすごく臭い。たぶん売り物にならない。きっと菌が活動している。

9.

人工自然。自然に手を加えたもの。自然のものに手を加えて作ったもの。自然のものに技術や時間を加えて作ったもの。木、土、火、植物、生き物、風景。自然のものに技術や時間を加えて作ったもの。

11.

炭窯焼漆椀(すみがまやきうるしわん)。採取した粘土を炭窯で焼成、漆、