いきるための芸術の記録

荒地と廃墟の楽園より

交われ。Crossing. イメージ、コトバ、象形。

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新作。"交 - Crossing"
painting, word, hamdmade frame box
48 × 28 cm
Sold
北茨城ではよく知られた河口の風景。汽水域。淡水と海水が混ざる。ずっとコラージュ作品を作ってきて最新形はこうなった。イメージ(画像)とコトバ(詩)を象形文字にして。東洋と西洋、太古と未来の交わるところ。

Landscape of brackish water, crosspoint east and west, my newest collage work which are image and poet and Kanji.

これは音楽にインスパイアされている。コラボさせてもらったThe Mysticsのアルバムジャケットからの流れであり、2000年代に、日本を代表するクラブイベントCLASHへのオマージュでもある。ここには快楽がある。

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アートをつくる、仕事をつくる、生活をつくる。

たまに思いつくままに文章を書きたくなる。今していることや、これからすること、未来やこれからの社会について。芸術家として生きていくと決意して、ようやくそれに専念できるようになって、それは絵だけではなく生き方をつくるという表現になった。

その表現は、仕事のそのものをつくることでもあり、それによって、必要以上にお金に振り回されることを防いでくれている。

好きなことを、やりたいことを仕事にすれば、稼げる金額は少なくなる。中には、それで大きな収入を得る人もいる。それはそれで素晴らしいけれど、ぼくは収入を軸にデザインをしない。

収入が少なくても楽しく豊かに暮らせるように生活をデザインする。素晴らしいことに日本には、そういう余地がある。ほんとうに酷い状況だからこそ、社会の余白が必要になる。

例えば、たくさん働かなくても生きていければ、コロナウィルスのような天災のなかでも、生きていくことができる。問題がお金ではなくなるからだ。社会や経済と切り離したところに拠点を持てばそれは可能になる。けれども、それは安定とは程遠い、大海原に挑む小舟のような居場所でもある。

コロナ禍で、感染すれば周りに迷惑をかけると考えて、ギャラリーアトリエを訪ねてきたいという人を断ってきた。考えてみれば1年以上、この緊急事態が続いている。

「景色をつくる」という活動が幸いにも仕事になって、給料を貰いながら集落支援員として景観の手入れをしている。アートプロジェクトが仕事になった。

主な仕事は草刈りだ。髪の毛も手入れをした方が見栄えがよいのと同じで、草刈りをすれば景観はよくなる。単純なことだ。

コロナ以前の計画では、生活をつくる、景観をつくる、という芸術からはみ出していく活動をしながら、アート作品をつくって、ギャラリーで展示して作品を売って、それらの活動を本にまとめて出版して、海外にも度々、展示やら制作で旅をして、というのが少し前に想像した未来だった。

コロナのおかげで、移動や人に会うコトに制限ができた。けれども、どうしてもギャラリーを見学したいと言ってくれた人がいて、これは受け入れるタイミングだと思い、久しぶりにギャラリーを開けて、つくっている景観全体を案内した。自分が動けば周りが動くと友達が教えてくれた言葉の通り、この日は3組の見学があった。午前中に大慌てでギャラリーの草刈りをして準備した。人をもてなすということを想い出した。

作品が売れるかな、と展示を入れ替えたけれど、作品自体は売れなかった。代わりに「景観をつくる」という活動に興味を持ってくれ、別の土地の価値を発掘してプランニングして欲しい、という大きなオファーを貰った。

そこにあるものを利用して景色をつくる、これを「ココニアル」と呼んでいる。植民地のコロニアルの反対語で、ぼくたちの造語だ。意味は、植民地がよその土地から来た人間がその土地のものを支配下にするのに対して、ココニアルは、ここにあるモノたちが協働して理想郷をつくるというコンセプトだ。

「誰にも頼まれていないことをやる」を基本にしている。絵を描くのも、立体をつくるのも、景色をつくるのも、はじめはオファーなんてなかった。

やってみたい、やりたい、と沸き起こる直観に従って、それをやる。それらがカタチになってくると、そのなかの何かが仕事になる。約1年ほどで「景観をつくる」が仕事になった。他者がそれを見て「欲しい」と感じてくれた。「欲しい」という感情を引き出すことができれば、お金は後からついてくる。どうやって幾ら儲けるかの仕組みを考えるよりも、「欲しい」という感情を引き出すことができれば、そこに価値が生まれる。

時代はとても過渡期にあって、社会も人の心も不安定だけれど、流されない生き方、ライフスタイルをつくることができる、それを伝えていきたい。

死後の世界の話。

妻チフミのお父さんが倒れて、緊急入院手術して、死ぬかもと言われ家族も覚悟したけれど、生きて帰ってきた。
そのお父さんからまさかの話を聞いた。それは死後の世界とか三途川とか、そいう生きると死ぬの境目の話だった。

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Chifumi's father came back from world of after life. He told me what the weired story.

お父さんは、2カ月間入院した。その間、コロナのこともあってお見舞いも面会もできなかった。退院する日にチフミが迎えに行くと、看護師さんにおかしな挨拶をした。
「ウチの娘が看護師でお世話になって。それにしても厳しいやつでね。食事の最初のひと口は自分で食べろと言うんですよ」
チフミは何の話だろうかと思った。お父さんと話をするのは退院して初めてなのに。もちろん看護師でもない。
退院したお父さんは、社長に挨拶に行きたいと会社へ向かった。社長にこう話した。
「入院中お世話になって。ウチの孫が死神のことで騒ぎになったとき、助けて頂きました」
その場にいた全員は驚いた。
「死神?」
お父さんは、孫が病院にお見舞いに毎日来ていて、会社の社長もお見舞いに来てくれたと思っていた。もちろんコロナ禍で誰もお見舞いには来ていない。
ここまでは断片的にチフミから聞いた話。

犬を迎えに行って、お父さんに会ったとき、その全貌を話してくれた。

手術から目を覚ました世界では、チフミは看護師でお父さんの担当だった。孫は、毎日お見舞いに来ていて病室には子供と同じ背丈の死神がいた。死神は孫とゲームをしている。モニターに死期が迫った人が映し出され、画面の中で光るとその人は死んでしまう。それを見張るゲームだ。ところが光ったのに死ななかった人がいた。孫はそれをみつけて死神に抗議した。ルール違反だと。それをなかったことにする死神の不正を暴く孫(小学三年生)の活動を週刊文春が記事にした。そのとき、会社の社長は、死神に抗議する孫の味方をしてくれた。
緊急手術で目が覚めて、痛み止めと麻酔で朦朧する意識のなかで過ごす日々、そのなかでお父さんは、現実と無意識の境目を彷徨っていた。
病院が火事になって、ベットを蹴飛ばして騒いだ日もあった。分かれ道があって、右にいくか左にいくかで、生と死が別れる道を選ぶこともあった。生きている知った顔がいる道を選んだおかげで、死ななくて済んだ。死の道の先には、亡くなったひとたちがいた。
ベッドに横たわり、痰を吐くように指示され、両側に痰壺が置いてある。右へ吐けば死ぬ。左へ吐けば生き返る。答えは明かされないまま痰を吐く。子供サイズの死神さまが結果を見張っている。
たぶん、むかしの人は、こういう話から死後の世界を想像したんだろう。

体験した人しか知らない世界がある。それは存在する。少なくとも、お父さんの記憶のなかに。その話を聞いた人のなかに。

To put it simply, he was on the border between death and life for two months after waking up from surgery. He was in a world where reality and unconsciousness were mixed up. Perhaps this is what the ancients called the afterlife. What kind of afterlife do you have in your country?  Or not?

I beleive his story. Because he experienced it. He told me the story. That's all.

興味深かったので
話題にしたいと思って。
けど、リアルでは話題にしないでね。
ここだけの話。

日記5.3

思い立って、自転車で海まで行くことにした。山から海まで。目的地は二ツ島。距離は12キロ。行きは下りが多いので50分で到着。帰りは上りなので2時間。新しい発見は、自転車目線の北茨城が素晴らしかった。自然が多く残る未開発のところや、何もなくまっすぐ伸びる道、田んぼ。海。この景色も30年もしたら変わるかもしれない。写真を記録しておく。

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犬の生活

犬と暮らすことになった。妻チフミのお父さんが病に倒れて、犬を飼えなくなって、ウチで預かることになった。犬と暮らす生活を想像したこともなかった。だから犬がどんな動物なのかもよく知らない。動物をペットにすることも好きじゃない。だからと言って、それだけの理由で犬とは暮らせない、と判断するのは余りに視野が狭い。むしろ、まったく興味ないことに触れてみれば、今までとは全く違う世界を覗くことができる。遠く旅をしなくても、異世界に足を踏み入れることができる。

今朝、クルマに犬を乗せて長野県岡谷市を出た。妻の実家だ。そもそもクルマに大人しく乗るかも不安だった。犬種はブリタニースパニエルでお父さんが飼い始めて7年。人間の年齢にすると掛ける7と妻が教えてくれたから40代後半だろう。名前はヒナコ。メス。クルマに慣れない犬は吐いてしまうかもと言われていたので1時間ごとにパーキングで休憩した。チフミが散歩しておしっこやウンコをさせた。ヒナコは、歩きながらずっと臭いを嗅いでいる。

犬初心者なので、せっかくだから「なぜ?」と思ったことを記録しておくことにした。犬は、なぜ臭いを嗅ぐのか。人間の100万倍嗅覚を持つ犬は、匂いで情報を収集しているらしい。いつ雨が降ったとか、植物の匂い、ほかの動物の行動など。そうやって自分がいる場所のニュースを読み取っている。なるほど。ぼくたちがSNSやネットで情報を手に入れるのと同じだ。

慣れない場所に運ばれてヒナコは大丈夫か。岡谷市から約5時間。北茨城市の家に着いた。山に囲まれた集落。きっと気に入るだろう。到着してすぐ散歩した。予定していた場所に繋いで、寝床をつくって、ここで落ち着くかと思ったら、雷が鳴った。雨が降ってきた。ヒナコの居場所は屋根があるけれど、辺りは暗くなってきて、雨と雷で不安そうにしている。「大丈夫だよ」と撫でると身体を摺り寄せて座った。しばらくそやって一緒にいた。心が通じたような気がした。

風呂を沸かすのに、ヒナコのところから離れて戻ってみると姿がない。固定した紐の先から消えている。焦ってチフミに叫んだ。

「ヒナコがいない!」
とすぐに気が付いた。

雨が本降りになって、チフミが家の中に入れていた。よかった。

今日の夜はチフミの姿が見えなくなると吠えて困った。心が通じたなんて、ほんとうに一瞬の錯覚だった。犬と暮らす0日目の話。

生活芸術制作日記2021.4.18

地域の行事で、いはらい(江払い)があった。朝の7時から、水が流れる側溝の掃除だ。この地域では、田んぼがあったので、その水路も掃除する。これがなかなかハードな仕事だった。それだけにやり甲斐もあった。歩いたことのない水路沿いを歩いて、新しいエリアを開拓できた。水路が詰まって水が溢れて湿地になっていた。落ち葉を取り除いたから、湿地は消えてしまうのだろうか。

水路の難所はカープだ。大量の枝と落ち葉が堰止めして、水は溢れて滝になっていた。枝と落ち葉を取り除いて先に進んでの繰り返し。

最終地点は、これまでの枝と落ち葉が行き着いて、溜まって天然のダムになっていた。股下まで水に浸かって、枝と落ち葉を取り出す作業。

60代の先輩たちに教えてもらいながら、50代と40代が戦力になる。この地域で、自分が一番若い。きっと社会でも40代は働き盛りなんだろう。

地域には12世帯しかなくて、直接話す機会がない人もいる。こうした行事のおかげで交流できた。人は顔を合わせて話すことが大事だと思う。

いはらい(江払い)の最期に、水利組合の会長さんから挨拶があった。

「ついにこの水路を使って田んぼをやる人がいなくなってしまいました。けれども、水路を詰まらせる訳にはいかないので、引き続き毎年掃除は継続しますので、みなさんよろしくお願い致します」

また閃いてしまった。いや前から考えていた。水路を使って小水力発電をやれないだろうか。この地域では、電気が普及する以前から、タービンを大阪から買ってきて、発電した歴史がある。大正時代のことだ。ここにあるものを復活させるシリーズとしては、かなり適切かもしれない。隣の集落では、水力発電をやっている人もいる。

何事もそうだけれど、オオゴトにしないで、自分の手の届く範囲で、水力発電できるならやってみたい。

生活芸術制作日記2021.4.16

朝6時に起きて、家の前の景色を下書きした。できるだけ単純に描きたい。

8時にスミちゃんが長ネギとほうれん草を収穫して持ってきてくれた。ほうれん草は、茹でてナムルにして食べる。ネギはどんな調理方法が美味しいのか。昨日は、土手のこごみを採って天ぷらにした。イマイチだった。

スミちゃんと近況の報告をし合った。平さんが昨日、バケツに入れた蓮を休耕田の湿地に植えて、バケツを沈めるのに苦戦して、水位を少し上げたい、と言い始めた平さんの要望に有賀さんが応えて、尻水口(しりみなぐち)に丸太を置いて水の流れを止めた。それで少し水位があがった。スミちゃんは、丸太を通りがかりに見て「あれは何だ」と言うので、説明したら「そんな面倒なことしなくても、蓮は育つからやめろ」と言った。

文章にしてみると確かに面倒なことをしている。元に戻すのも面倒なので、そのままにしておく。

これは今朝の話。

昨日は、週末の雨に備えて、炭窯を雨養生した。作業をしていると、待ち望んでいた炭焼き老人モリさん(90歳)が現れた。炭窯にヒビが入って心配だったので大丈夫か質問したら「ゆっくり火を入れれば大丈夫だ」と言った。経験者のアドバイスの心強さ。

平さんが蓮を植えたあと、平さんがチェンソーで丸太を板に加工するというので手伝った。道具がイマイチらしく、少し歯を入れたところで終了した。

午後は、薪ストーブの煙突を掃除した。月に一回のペースで煤が詰まる。ひとりで掃除したら、真っ黒になってしまった。風呂に入ろうと思って、薪風呂を沸かした。沸かしている間に新しい絵の構図を考えているうちに、次の本のアイディアが降ってきた。

ニーチェの「ツァラストゥラはかく語りき」を元ネタに田舎暮らしの生きる技術を伝える話だ。主人公は、東京生まれで、1998年に山に籠る。キャンプとか登山とかサバイバルが好きで、20代で。山に暮らしているうちに、近所の老人と知り合いになり、田舎暮らしのあれこれを教えてもらうようになる。老人はだんだん介護が必要になり、主人公は携帯を渡されて、必要なとき老人を介護するようになる。まもなく老人が亡くなって、ひとり山の中で携帯を触っているうちに、ニュースなどを読むようになる。それで社会の現状を知る。現状とは、環境問題や経済至上主義や格差など。自分にできることがあるのではないか、と山を降りる。

あとその後の展開と、構成、文体が決まれば小説になるかもしれない。

夜はNetflixで日本の映画「彼女」を見た。物語の構成とか参考になった。水原希子の演技が素晴らしく美しかった。