いきるための芸術の記録

荒地と廃墟の楽園より

2024年はじまりと同時に書いたこと

あけましておめでとう2024。元旦は長野県諏訪地方の妻の実家でお酒を飲んでご馳走を食べてカラオケをしていた。その夜、テレビでは北陸の震災のニュースが流れた。震度7地震が石川県を中心に襲った。しかしテレビの向こうの出来事なのだ。

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ガザをイスラエルが爆破している。ウクライナとロシアが戦争をしている。誰もがそれを知っている。しかしそれを止めることは誰にもできない。

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ぼくは家族が嫌いだ。誤解を招きそうだ。言い方を変えよう。制度としての家族が苦手だ。父と母と子供の家庭。そのむかしなら祖父母も暮らす。その小さな集団に独自の価値観がある。子供は成長して親と違う価値観を身につけていく。ぼくは子供時代遊ぶのが大好きだった。お正月を一緒に過ごす甥っ子も勉強より遊びが好きだと言う。すごくその気持ちが分かる。けれども、妻の親戚一同誰も遊びが仕事になるとは思わない。ぼくが高学歴だったら説得できたかもしれない。したがってぼくには何も言う権利がない。でも彼が本気なら、いつでもぼくは彼と遊ぶ準備はある。ぼくは本気で遊んでいる。それが仕事で労働で制作で生活でアートだ。

テレビの向こうで被災者がいるのに、酒を飲んでご馳走を余らせてカラオケをしているのは悪いことか。年末に首相がすき焼きを食べたと非難されていた。年末は妻の実家で自分の母も泊まりに来て、すき焼きをみんなで食べた。すき焼きを食べることは悪いことだろうか。

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すべてのことを貫いた真実や正直さや誠実さを知りたい。それに向かって生きたい。けれどもひとつだけを正解とする正義や真実は失われた。何かを「する」とき選択をする。何百とある可能性のひとつを選択する。それは球体状に影響する。木が地中に根を張り枝を広げるように。

ぼくはカラオケが嫌いだ。誰かが作った歌を歌ってそれが上手いとか下手とか、すごく無意味だし、誰かが懸命に作った詩(コトバ)を消費するのも気に入らない。だからぼくは自分の歌を作る。自分の歌い方で歌う。コトバが生きる場面で。

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みんなお正月を楽しみにしている。ごめんなさい。ぼくには日常の方が楽しい。フェスに行くとかパーティーだとか、そういうことよりもぼくは日常が好きだ。休日より平日。けれどもまだ未完成。ぼくのしている今日がガザの誰かやイスラエルの誰かにメッセージするほど貫かれていない。

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だからと言ってお正月を楽しむ家族や誰かを批判しない。ぼくの考えはぼくのもの。そっと根を張って心のなか、このブログにだけ閉じておく。メッセージは作品が発するもの。

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2024年。何処へ向かうのか。生活を芸術にする。この10年のテーマだ。まだ途中。生きるための芸術を伝え続ける。いつからぼくらの「生きる」は奪われているのか。誰に?奪われているとさえ感じない人も多いだろう。


年末から読書が楽しい。いま手元にあるのは「森の日本史」黒瀧秀久、「地に呪われたる者」フランツ・ファノン、「処罰社会」ミッシェル・フーコー、「子供の文化人類学」原ひろ子。

フーコーは監獄という形態が社会を管理するシステムの原型のひとつだという。それは労働が自然に働きかけて生きるための糧を手に入れる時代から、産業革命によって工場や生産への従事に変わって、時間が人を拘束していると指摘する。監獄と勤務は同じではないにしろ、管理するシステムとしては同じ手法にある。

フランツ・ファノンは、殖民地主義の異常さ残酷さについて告発する。ファノンは優秀でほとんど白人のように振る舞っていた。被植民者が優秀であるとは、支配者側になること。ところが次第に白人のようになろうとするほど、黒人を苦しめるだけのこの制度に違和感を持つようになる。殖民地主義とは、別の土地の資源を、そこに暮らす人々の人生そのものも奪い、モノのように扱うこと。

ぼくは10代の頃から労働する理由が分からなかった。働きなさいと言われ、お金を稼ぎなさいと言われ、就職しなさいと言われた。誰も理由を教えてくれなかった。だから一年だけ就職して辞めた。退職の意思を伝えると部長は言った。

「この会社にいれば普通の人よりいい家に暮らして、いい車に乗れるんだぞ。それを捨てるのか」と言われた。

「そんなものいらない」と思った。

会社で働くとき、朝決まった時間に出勤して、決まった休み時間を過ごして、決まった時間に退社する。ちょっと今日は気分が違うからとかは許されない。一体何が許さないのだろうか。上司、部長だろうか。誰でもない。それがシステムだ。システムが許さない。そのシステムとは一体何なのか。

それが資本主義社会であり、殖民地主義の時代から続く人間の管理の仕方であり、それについてぼくは違和感を持った。しかしシステムの内側は安全でもある。現代では不眠不休で働かされることはない。少なくとも日本では。「働く」。この行為ひとつにしても意味は樹木のように根を張り枝を広げる。

だから「働く」自体を作り変える。遊ぶと仕事を融合する。遊びとは強制されるものでなく100%自発的なもの。だから遊びと融合した仕事は自由になる。システムをハッキングする。ノーと抵抗するのではなくシステムに乗っ取りつつルールをそっと上書きする。根の張り方は異様なまでに違っていても、樹木としての姿が同じなら問題ない。

ぼくはシステムを上書きするために読書する。この社会の常識を超えるために。読書はインストールしてライフスタイルを実践するための道具。本がコトバで社会の回路をハッキングして新しいシステムを構築する。新しい地図を手に入れそのレイヤーを生きる。

ぼくはいま甥っ子にこのシステムを明かす訳にはいかない。もしかしたら、彼はとても優秀ではじめファノンがそうだったように違和感なく資本主義社会を生きるかもしれない。それは悪いことではない。むしろ成功と呼ばれるこの社会を攻略したひとつの結果だ。

もし君がこの社会に違和感を持つなら、この社会での抜け道、サバイバルの方法をぼくは知っている。いつか君がアクセスするときのために記録しておく。

混沌に目と鼻を描いたら死ぬのです、

新作の構想は、スチームサウナやヨモギ蒸しなどの草を蒸して浴びる何かだ。発想のきっかけは2つある。ひとつは妻の母がヨモギ蒸しの会社にヨモギやたんぽぽ、ホウノハ、山葡萄などの野草を採取して納品する活動していること。雑草や野草を採取して干して持ち込むと買い取ってくれる。妻の母たちはその売り上げを孤児院に寄付している。素晴らし過ぎて影響を受けた。もうひとつは妻の友達が会社を辞めて旅する茶屋を始めたことで、いろんなお茶にできる草を教えもらっている。

もうひとつあった。身の回りのモノを使って作品をつくる、この延長線上に茶室のような小屋のイメージがあって、そこでできる体験、作法に倣ってお茶を淹れることに面白さはないし、カタチは定まっていないけど、雑草や野草をスチームサウナする小屋みたいなものを計画している。

実家に帰った妻が母に計画を報告するとこう言った。

「ちょうどそのことで話したかったのよ。わたしたちがいつものように草を納品に行くと、そこの人が小澤さん(妻の母)はワクチンを7回接種したでしょ?7回接種すると身体から悪い物質が出て悪影響を及ぼします。実際に身体から悪臭がします。申し訳ありませんが次回から小澤さんはハズレてくれださい、って言われたの。信じられる?」

驚いた驚いた。妻の母は思い出して涙を目に溜めている。妻の母たちは100万円を目標にして頑張っている。いま80万円だからもう少しだ、頑張ろう、と励まし合ったそうだ。

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ミッシェル・フーコーにすっかりハマっている。筑摩書房から刊行されたコレージュドフランス講義集全13巻は、講義なので読みやすく、彼の思想の軌跡を目の前に切り拓いてくれる。にも関わらずほとんどが絶版で数万円の値段がついている。

読んでいるのは3巻「処罰社会」。社会が人を処罰するのは、排除の概念だという。非行者や民族、宗教、性におけるマイノリティー、精神病患者、生産や消費のネットワークのそとに落ちてしまった個人、こうして特定することで、一体何がそれらを区別しようとするのか、フーコーは明らかにしようとしている。排除されたとしても、排除されている時点で社会の枠組みのなかにあって、その外側にはいない、と教えてくれる。つまり社会という概念は外を認めないシステムだということ。外だと認定した途端に異端としてシステムに取り込む。囲い込む。それが監獄として機能している。監獄は時間を支配する。それは産業革命以降の労働のカタチと酷似する。

例えば「働かない」というただそれだけのことに対する世間の厳しい態度。あの人は何をしているの?と無意識のうちに所属を確認する。働いてない=会社に属していない、としたら一体何者なのか、まるでそれが犯罪かのように言うだろう。

「あの人は働いていないのよ!」

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貯めるな。放出しろ。そんなイメージが湧いた。ご飯を食べ過ぎると身体が重くなる。糞をしないのは不健康。

朝昼晩3食の習慣は何に由来しているのか。調べれば江戸の中期から庶民は3食になる。理由は、江戸に職人が集まって彼らは労働者だから3食必要だった説。それから菜種油の値段が下がって夜も起きているようになった説があった。

イスラム圏にはラマダンがある。約一カ月間、日の出から日没まで飲み食いをしない習慣。ひとつの理由として貧しい人を理解するためという。素晴らしい。一日だけ断食してみた。以来、身体のなかに空間ができた。空いているのがデフォルト。埋まったら苦しいと感じる。

絵を描くことや彫刻すること。カタチを取り出すこと。アウトプット。イメージの放出。イメージはどこからやってくるのか。やってくるのはまわりの環境から。見たもの、聞いたもの、ことばにしたもの、感じたもの、記憶。ぼくの表現は二次情報からはやってこなくなった。回路は遮断された。以前は雑誌のコラージュだったから広告や欲望が源泉だった。いまは自然からやってくる。自然からのインスピレーションは盗作にならない。なぜなら、それは生きているから。常に移り変わるから。

流れを感じる。ぼくはパイプみたいだ。空洞の管。何を受け取り、何を流すのか。その意味で、日々身を置く環境に影響を受けている。夜が暗いとか、火を眺めるとか、木々の騒めき。雨、風、太陽。

毎日電車に乗れば、電車の環境に影響を受ける。毎日病院に行けば病院に影響を受ける。会社に行けば会社に影響を受ける。森に行けば森に影響を受ける。

だからぼくは里山に暮らしている。影響を受けるものを選択する。日々生きる環境は大地だ。自然のなかで何かを感じるとき、流れてくる社会の情報は無効になる。リセットされる。なぜならここは社会の端であり、踏み出せば社会の外。自然と社会の境目だから。フーコーは指摘しなかったけど社会の外は自然のなかにある。はじめて足を踏み入れる森は裸になっている。エロス。けれども誰かが見た瞬間、森は裸ではなくなる。秩序を持つ。二重スリット実験がここにある。静かに狂う無秩序が森の真実。

常識や社会のルールとか、街の喧騒、そういうことがどうでもよくなる、そんな体験ができる小屋を作りたい。たぶん、それはアートではないし、お金は循環するもので、誰もいない森のなか裸になって、ひとり体験するもの。人間が野生に戻るための装置。これ以上人間が狂っていくのは息苦しい。自分も含めて。

炭焼き/失敗/パレスチナ/30万年前

書きたいことが溢れて散らかっている。とりとめなくても書いておこう。クライマー山野井さんの最近のドキュメンタリーを観た。ぼくは10年前にボルダリング をやっていて、山野井夫妻が主人公の小説「凍」を読んだ。その頃にも山野井さんのドキュメンタリーを観て、山に登るために生活をカスタムしていて、野菜を育てたり、極力アルバイトを減らして山のトレーニングに時間を使っていると話していた。まだアートに専念していなかったぼくは、その影響もあってアートに集中できるライフスタイルを作ることを企むようになったのを思い出した。

今日観たドキュメンタリーでも山野井さんは変わらず山を目指していた。集中していた。クライミングでルートをオブザベーションするように次登るべき山や岩をイメージしていた。その姿を見て、ぼく自身も進むべき未来をオブザーベーションした。(オブザーベーションとはどの順序で進めばゴールできるかイメージする技術)

炭窯の火が3日目に消えてしまった。失敗だった。甘かった。しかし気持ちが引き締まった。12月の頭にお酒を飲みすぎて失敗はしなかったけど酒に飽きを感じた。おかげでストレッチやトレーニングをするようになって身体も軽くなって、炭焼きの失敗と重なって、次の展開に向かっている。転がっている。炭焼きの工程はすべてひとりでやれるようになった。ひとりで木を倒してバラした。炭焼きは原始のアート。それを体感している。

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炭焼きをやりながら、いつも30万年前をイメージしている。調べればすぐに愛媛県の遺跡から30万年前の消し炭が発掘された記事がみつかる。それが世界最古の炭だ。

ところが「森の日本史」を読んでいると、7〜6万年前にアフリカから日本に人類の祖先がやってきたと書いてある。じゃあ30万年前にいたのは? 調べてみると、旧人ネアンデルタール人と新人のホモサピエンスがいて、旧人は30万年前にいたという記事をみつけた。しかし日本にいたかは定かじゃない。さらに調べると石器時代にも旧石器時代より更に古い前石器時代があるようだった。

30万年前って桁違いじゃないか、といつも不安になってネットを検索すると、炭は30万年前だという記事がいくつもヒットする。持っている炭の本にも愛媛県の遺跡のエピソードが書いてある。

だから「30万年前って嘘かと思うたびに調べてみると本当に30万年前の遺跡から炭が発掘されているんですよね」とSNSに投稿した。

それを読んだ人が3万年の間違え?と返信してきたので、30万年前と書いてあるブログのリンクをひとつ送った。すぐに返信があって、そんなブログの記事を信じるなんて、バカですね、芸術家ってそうなんですね、みたいなことを書かれた。

何だか腹が立って、きちんと調べることにした。まず愛媛県の遺跡のホームページには30万年前とは書いてなかった。縄文時代と書いてある。じゃあ、30万年前ってのは何を根拠にしているのか。旧石器時代以前の歴史について調べていると驚く記事をみつけた。

2000年頃に遺跡発掘の捏造事件があった。ゴッドハンドと呼ばれる考古学者が次から次へと発掘して1万年、10万年、30万年前まで太古の歴史を塗り替えていった。ところがそれが捏造だったと分かり、かなりの数の遺跡が偽物になってしまった。

では愛媛県の遺跡もそのゴッドハンドの仕業なのか。調べると四国の遺跡には彼の捏造はない様子。問題の愛媛県のカラ岩谷の洞窟について調べると、看板がネットにアップされていた。

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読んでみると、炭を発見したのは、樋口清之教授と書いてある。見たことある名前だと思って本棚を見ると、なんと「炭」の著者だった。看板には昭和49年と書いてある。

樋口清之さんは、自分の発見を自分の本に書いただけだ。しかし2000年の捏造事件以前は、考古学の検証制度が整っていなかったそうだ。事件以来、二度とないように厳しくなっているらしい。

つまり樋口さんの記述は、いまとなっては真実かどうか検証のしようのないもの。だからネットの記事に書かれている炭30万年前説は事実ではないことになる。

アフリカで人類の祖先が30万年前にいたかいないか、その辺も定かではない感じで、いろんな説がネットに上がっている。30万年前の日本がどうだったかについては2000年の捏造問題を境に見解が分かれている。

少なくとも一万年前くらいには炭は使われていた。具体的な記述に当たったわけではないので、現代に炭焼きを継承したひとりとしていつか時期を明らかにしておきたい。

この30万年前問題は、かなりインパクト強くて、いま読んでいる「資本主義の次に来る世界」とリンクしていく。

30万年前の伝説は崩れてしまったけれど、人類がかなり古くから火と炭を使用してきたことは間違いない。だから生きるための芸術家としては、炭焼きを軸にアートを展開したいと企んでいる。

まず山に入って木を切って、それを彫刻にできる。山に入って楮をみつけて紙を作った。それから窯があるので炭と一緒に粘土を焼ける。炭があるので黒色が作れる。この一連の流れで制作した作品を前回の展示で購入してくれたkさんがいた。そのとき冬になったら庭の木を切って欲しいと頼まれていた。

電話が掛かってきて、約束してお宅に伺った。ギャラリーの近くで、ほんとうに素敵な庭のある内装も見事な家だった。庭の木を切ってみると、面白いカタチをしていて、いくつかはお尻みたいだった。kさんも作品にしたらどうかと言うので、そのまま頂くことにした。モノを作る発想がこういう場面から生まれるのは望ましい。ぼくの意図はそこにない。つまりすべてが偶然と自然に由来する。

kさんは見た目はお年寄りだけど、何かがお洒落で美しく感じた。まだお婆さんになる前というか。旦那さんは17年前に脳溢血で倒れ、寝たきりで、kさんはずっとその看病をしていると言った。だから庭は手入れが行き届いていた。それだけじゃなかった。コーヒーをご馳走になりkさんの歴史を写真と共に見聞きすると美容師さんだった。幾つかの店舗もやっていて、それが家の内装のプロデュースに直結していた。家の窓から庭を見ると、それは絵画だった。草や木や花。時折り現れる鳥たち。鳥ってこんなに沢山いるんですか?と質問すると、いろんな木があって隠れる場所があって小さな森になってるから集まると教えくれた。

つまり庭の木々は、元美容師さんが整えていた。しかも、ほとんどこの家にいるから、神経が通っているかのように隅々まで手が届いている。kさんは、新しく出てくる木芽についても把握していて、必要なもの、そうでないものをコントロールしている。お店をやっていたからインテリアや内装にこだわりがあって、そのうちのひとつとして、ぼくらの作品が飾られていて嬉しかった。その作品はkさんの世界にぴったりだった。

kさんは教えてくれた。「ひとは外見で判断するって言うけど、髪が70%なのよ。だってお化粧をばっちりしても髪がボサボサだったら台無し。でもお化粧してなくても髪がきっちりしてたら、いい感じなのよ。服とかだってボロでもいいのよ。その人がしていることに合ってればそれは美しいと思う」

たぶんこうして書いた文章が次の本の題材になる。

オブザーベーション(進むべき未来を見る技術)

炭30万年前の嘘

紙をつくる

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身の回りの自然を利用して作品をつくる。つまりできるだけ材料を購入しないで制作する。そうすることで伝統工芸とリンクしていく。けれども伝統を継承するのではなく、その初期からやり直す。ぼくの残りの人生で言えば30年。もしそれ以上できるならモノになるかもしれない。

なぜなら、ぼくは紙を作りたかった訳でも炭を焼きたかったのでもない。人生を作りたかった。人生を作る過程で出会った人、モノ、技術や道具、きっかけ。それらが現れたとき、その出会いを人生の一部にできること、そのために両手を空けておくことが大切だ。

陶芸家の真木さんが電話をくれて、電動ロクロを譲ってくれると言う。そういえば電気窯も今年の夏に別のところから貰った。土器は焼けるようになった。手元にあるカードはもうほとんど陶芸をやる環境として整ってきた。ぼくはそういう出会いのために未完成のまま空いているのかもしれない。

アイルランドでパピエ・マシェの師匠、トムがパレスチナへのチャリティーグループ展を企画した。facebookで見て参加することにした。パレスチナの問題も、いまの日本社会の問題も、植民地主義の時代からの流れに根がある。至るところに広がる深い根。庶民がいつからどうやってコントロールされてきたのか。ぼくは本を読んで探究している。

先日読み終わった「資本主義の次に来る世界」は資本主義の問題点を洗い出す本だが、最終的な打開策としてアニミズムが出てくる。(アニミズムとはラテン語で「霊魂」を意味するアニマ anima から 作られた用語で、人間、動植物、無生物などすべ てのものに霊魂が認められると仮定された信仰体 系の一形態)

読みながら資本主義を克服するのはアニミズムよりもっとシンプルに「ココニアル」だと思った。ココニアルとはぼくらが作ったコンセプト。植民地"colonial"の反対語で、植民地が別の土地に移って、そこにある人やモノや環境を支配することに対して、ココニアルはそこにある人やモノや環境と上も下もなく等しく協働して理想をカタチにすること。

だからパレスチナのチャリティーへの作品は、山から伐った木を斧で割って薪にして、その薪を加工して額にした。斧で割った木の断面は崖のように粗い。額の中身は、山から見つけた楮で作った和紙に版画したもの。版画の顔料は犬のおやつを煮た膠と薪ストーブの煙突の煤を混ぜた黒、瓦屋根を砕いて膠と混ぜた茶色。

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ぼくたちが、身の回りのモノを利用して豊かに楽しく小さく生きることができるなら、それは侵略や戦争、暴力や嫉み嘘から遠い世界に暮らすことができる。どうして小さく生きることが戦争と繋がるのか、と思うかもしれない。

なぜなら、次から次へと新しいモノが商品として提供されて、それを作る資源と労働力が必要で、でもそれは生きるために必要なのではなく資本を生み出すために必要なだけで、それは渋谷の駅やほかの駅が人間のニーズを超えて開発されるように、人を殺すことは目的でもないのに武器や兵器を開発すれば儲かるという理由だけで、輸出して使用されてしまうように。例えば2017年の電子レンジが壊れて友達が1995年の電子レンジを持ってきてくれた。もし電子レンジがユーザーや環境に配慮して作られているなら新しいモノより古いモノの方が長持ちするはずかない。

この時代に生きることは、とても責任が重い。考えることが多くて、しかもどうにもできなくて文章を吐き出せなくなる。何度も書き直しても考えを表すことができなかった。けれども諦めないで表現を続けて、この世界にけもの道のような可能性のルートを確保しておきたい。それは競争でも商売でも売り上げでもない、それはすべての人が当たり前に歩く、生きるための道だ。それが見えない世の中になっていることに抵抗するために。

日記は地図。現在地を記す。

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日記とは地図だ。変わりゆく社会のなかで自分の現在地を確認するためのツール。もしくは人生のあらすじ。この先に展開するシナリオのために。テーマは生きるための芸術。生きるとは何か。芸術とは何か。

生きることはすべての人に通じる課題。流されるのではなく、ときには杭になり、漕いで逆らうために感じたことを日記にする。

ぼくは芸術家になった。芸術家と言っても様々だ。職業や肩書では見えてこないそれぞれの実情がある。ぼくは生きることを芸術にしているから、制度としての芸術、教育された芸術、ギャラリーや美術館、業界から遠くなっていくように思う。それでいい。既存の芸術という枠組みの外に芸術を連れ出そうとしている。なぜか。

少し遠回りになるけど説明してみたい。表現をすること。その根底にあるものを。それを取り出してみたい。記述してみたい。掴んでみたい。モノをつくることとは何か。つくるとは。そのモノ自体を捉えようとする、この行為こそが思索すること。哲学。考えること。なぜかと問うこと。しかしコトバの思考だけでは根底には到達できない。つくる行為の根源はそのもっと奥にある。その奥へ到達する鍵は何か。

絵を描くこと。彫刻すること。インスタレーション、小説、メディア・アート、映像、どれにしても手段でしかない。絵や彫刻をリアルに作ること。絵が上手いとか立体が本物そっくりだとか、そういう造形はコトバで思考することに似ている。カタチを捉える。コトバで表す。見えているカタチやコトバのもっと奥、表現はそのもっと奥から立ち上がる。そこからやってくる創造、それらが子供の描く絵や太古の壁画や文字や彫刻やオブジェに現れている。そこに鍵がある。そこに通じたい。その先の道を照らしたい欲求がある。

芸術とは探究だ。態度としては科学者と同じ。未だないものを探している。ぼくが探究するのは、太古から脈々と現れては消える創造の源泉だ。それは学校で教わることでもないし、ジャンルでもない。だからこそ探究する。だからこそテーマになる。

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現在地としては、山間部の集落に生活を作った。そこにあるモノ、あったモノを探究する過程で壊れた炭窯をみつけた。窯を再生して繰り返す3年目。炭焼きという行為の中に人間の営みの源流をみつけた。土と水と火と木。それらを駆使してエネルギーを生み出す技術。起源は古く30万年前とされている。実用されていた80年前には、炭は生活のエネルギーだった。だとすると、遥か何万年に亘り人類は山から木を伐って炭や薪を作ってきた。それら運動。そのなかにあるモノ。伐る、割る、運ぶ、担ぐ、投げる、捏ねる、砕く。

身体の動かし方、それをするための道具。技術は補助するための工夫から生まれた。妻は炭焼きのとき、足りないチカラを身の周りのモノを利用して克服しようとする。できる者には生まれない発想。

劣ることから幾つものモノが、創作技術が生み出された。当然のことながら陶芸の窯より炭窯の方が歴史が古い。土を焼くと固まるという発見は火と土と水の関係に注目した結果、発見されたと推測できる。器はその過程で生まれた。灰が釉薬になる。貝を天日干しして砕いて胡粉をつくる。動物の皮や髄を煮て膠をつくる。それらすべては生きるためにしてきたこと、つまり「つくる」は食べることから派生したとイメージできる。生きるために食べる。その行為の過程から「つくる」はアートへと分かれた。

この10年の課題は製作に没頭できる環境をつくることだった。生活そのものをつくる。自分が生きるに適した環境を作ることになった。環境をつくることは、それ自体が製作物を生み出すことだった。それらは生きるために必要なモノ。つくることが目的ではなく、日常の行為の過程に制作があって、その一連の流れによって生み出される。意図しない造形。それが美しさに近づくのではないか、という予感。柳宗悦の民藝を感じる。進むべき道は未踏だから勘で進むしかない。

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今年取り組んだアースワークス・シリーズを進化させて、採取した粘土を炭窯で焼き、海の崖の砂岩を釉薬にして描く土器。100%自然のモノで作られる作品であり太古へと回帰する。炭焼きでの薪作りから彫刻が派生する。材料も自ら調達する。この環境でなければ生まれない作品たち。それ自体にオリジナリティが宿る。

今日、土器が薪を模倣し、薪が岩を模倣したら、と閃いた。

経験から学んで失敗し続ける成長。

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風邪をひいた。インフルエンザとかウィルスとかあるけれど週末から東京で仕事をして火曜日の夜高速を飛ばして帰宅して起きたら体調を崩していた。高速を飛ばすと書いたけど軽トラックだから3時間かかる。普通は2時間。ぼくは遅い流れのなかを生きている。水曜日から寝込んで、木曜日には頼まれていた空き家の改修をやりつつまた寝込んで金曜日には休耕田の見学に来た人を案内しつつ寝込んだ。体調を崩すのは残念だけれど定期的に年に何回かはこうやって鎮静化する。2023年も終わりに近い。ぼくの40代も終わりに近い。50代に突入する。

芸術を仕事にするため40代を費やした。生活そのものが表現で、生き方を作る人が増えたら社会が良くなると考えていた。しかし自分の道に邁進するほど理想と現実は乖離した。自分の理想と現実は一致しているが社会が進む方向と僕の理想はズレていく。だから表現しなければ生きていけない。

おかげでモチベーションやエネルギーは絶えず湧いている。全然上手くいかないから作戦を練りながら我が道をいく。ありがたい。友達と話したときに気がついた。自分のやり方ははじめから出来上がっていて、その歪さを信じることができず勇気を持てなかった20代。やっとはじめた30代。カタチになった40代。これからだ。

ぼくは学習するよりも先にやってしまう癖がある。学習するよりも先にやるのは常識的にエラー。間違っている。しかしそれはオリジナルでもある。例えば、音楽をやるとき楽器を習得しないまま演奏する。音階を無視して歌う。絵を習わずに描く。陶芸を無視して土器をつくる。和紙の伝統をすっ飛ばして紙をつくる。

全体にエラーを発している。しかしこのエラーが通用する場合もある。カタチになり得る。ほかにあり得ないカタチで。何かを表現するとき、ぼくは未だ見たことのないものに遭遇したい。それらはどこにあるのか。成功の以下や未満にある。

週末は高円寺で小学生にパピエマシェの講座をやった。かなり難しかったと思う。泣き出した子もいた。可愛かった。それでも皆んな動物を作った。痩せたシロクマ、顔のないチーター、とろけたウサギ、潰れたレッサーパンダ。似てないけれど、それらはどれもその動物を表している。その差異に心が動く。子どもたちは疲れたと言いながら達成した。素晴らしい造形を魅せてくれた。

素晴らしさとは成績の良し悪しではない。懸命に作った子はワニの足が取れて泣いてしまった。どうして、どうして、もう嫌だ、と泣いた。よしきにあしきに至るところに感動が溢れた。泣き笑い喜び感謝。

みんなうまれ、いきている。ぼくも。紆余曲折もうすぐ50年経つ。古い側の人間になってしまう。かもしれない。新しくはない。ぼくは失敗している。学習しないから。系統的に学ばないから。でも学んでいる。経験から学んで失敗し続けている。

やっと風邪も回復しつつあって、これを書いている。こんなときだからこそ日記だ。病んだ身体はゼロになって新しいコトバを吐き出す。

系統的な学習による技術とは違う技術について教えてくれたのはレヴィストロース。ブリコラージュ。改めて「野生の思考」を読んでいる。

土器、織布、農耕、動物の家畜化という文明を作る重要な諸技術を人類がものにしたのは新石器時代である。

そんな遥か昔に現代に生きる我々の原点がある。それから今に至るまで創意工夫がされてきた。何のために? 生きるために。ところがその目的を忘れて経済を成長させるために創意工夫がされている。土や火や木は何処へ?それらを使うという原点を経験することで人間は自然について副次的に学習する。現代社会には受け継がれなかったエラーを追体験もできる。ぼくが求めているのは成功ではなく失敗。歴史に受け継がれなかったカタチ。答えがひとつに対して何万とありうる可能性。それをオブジェクト化し作品として提示できればぼくの目的は達成される。歴史を転覆する。技術の伝統をひっくり返す。技術におけるヒエラルキーをぶっ壊す。パンクが好きだ。大袈裟に書いた。けれど事実人類は行き過ぎている。幸せな地点を通過して、まだ特急に乗ってその先を急いでいる。ぼくは各駅停車の旅の楽しさを伝えている。

時間とは誰のものか。自分以外の誰のものでもない。盗まれるな売るな。そして自分に投資せよ。

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何をしているのか。しなければならないのか。もしくはしないべきなのか。時間は過ぎるのか。流れるのか。進むのか。

流れているとして、例えば海に行くか、行かないか選択肢がある。朝起きて、会社に行けばお金が貰える。しかし休んで海に行ってしまった。一日ぐらいどうってことはない。常に答えはひとつではない。動いている。揺らいでいる。

今朝は海にいった。サーフィンをやるために。ぼくは会社には行かない。そういう生き方を選んだ。11月も半ば。まさか海に入るなんてと考えてしまう季節。しかし海がある街に暮らすことを選んだから、道具が揃っていれば海に入れてしまう快楽。

「サーフィンが上手くならないんです」上手い人に質問した。返事は「だって毎日海に行ってないでしょ?」だった。だから毎日ではないにしろ海に行くことにした。考えた。ベストコンディションの波で練習すれば上達するはず。

サーフィンをやる理由。海が好きだ。健康のため。何かを上達することは他のことにも共通するから。スポーツ。

昨日の夜Netflixで映画を観た。英語字幕だけで。それでも8割くらい理解できるようになった。フランスの映画で移民がペテン師で金持ちを騙している。

週末は高円寺で小学生を対象にしたワークショップをやった。ペーパーマシェで動物を作った。子供たちに伝えたいことがあっても聞いてもらえなかったりする。だから映像を作った。廃墟を改修する映像2分。耕作放棄地を耕して種を蒔き花を咲かせる映像2分。薪を作って薪風呂を焚く映像2分。場面を撮影しておけば編集出来ることが分かった。

楽家Moochyに提供したコラージュが表紙にデザインされてアルバムが完成した。音楽作品の表紙。どれだけそれに影響を受けてきたか。どれだけ集めたか。個人的にはCRASSのギーバウチャーもしくはFunkadelicのペドロベル、それらのフィーリングを新たに未来へ。2038年というキーワードだった。15年後にこのコラージュと音がどう響くのか楽しみでもある。

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今年、北茨城市の特別支援学校に地域で活動する芸術家として招待してもらった。4回ほど学校行事に参加させてもらった。昨日は子供たちの美術展に混じらせてもらい、馬とコラージュを並べた。今日は子供たちの美術の授業に参加してアドバイスやコメントをした。10年前、ぼくは芸術家ではなかった。芸術家になるために独立して、いまそうなっている。

1日や2日でやれることなんてないから、コツコツ隙をみつけて積み重ねていく。まるで脱走するように。それが年単位になってくると、社会に抜け道みたいなのが現れて積み上げたことが足場になって抜け出せる。何から抜け出せるのかは、積み上げだものよって違う。

いま仕事になっていることのほとんどは、誰にも頼まれなかった。存在しないから誰も依頼できなかった。存在しないから自分で勝手にはじめた。

会社を辞めて、収入がないからアルバイトをした。時間が欲しいから早朝6時から9時の清掃の仕事をした。大手企業のオフィス。まだ社員が出社する前に清掃する。8時30分になると社員が出社してくる。その9割の人が清掃員が存在しないように振る舞う。生きている世界が違うのだ。ごく稀に丁寧に声を掛けてくれる人もいる。その人には見えるのだ。清掃員の仕事が。

いま戦争が起きている。イスラエルがガザを爆撃している。いや戦争はずっとどこかで起きているんだよ、と言う人もいる。いま生きている場所から何が見えるのか、何が言えるのか、何を伝えられるのか。

ぼくが尊敬する表現者たちは、その困難に立ち向かった。その複雑さをカタチにして教えてくれた。だからぼくも表現し続ける。表現でしか伝えられないことがある。

夜「人はどうして戦争をするのか」アインシュタインフロイトに手紙を送り、そにフロイトが答える短い本を読んだ。

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時間は流れているのだと思う。過ぎるとしたら取り戻せない。しかし時間は戻らないとしてもやり直せる。時間は進んではいない。なぜならぼくたちは1分1秒すべての人が最前線に立っている。そこからはじめる一歩はすべて新しい。誰も置いていかれない。

流れていく時間のなかでもっともフレッシュなことは誰にも頼まれないこと。自分が望んで行動すること。それが君の数年後をプッシュしてくれる。過去の君が未来の君をサポートする。