いきるための芸術の記録

荒地と廃墟の楽園より

好きを育てて自分の世界をつくる

f:id:norioishiwata:20220308193050j:image

生きるための芸術は、炭焼きになった。今年の冬は木を運んで薪割りをして。身体を動かして生きている。集落支援員という仕事をしている。茨城県北茨城市の山間部で景観をつくるプロジェクトをしている。目の前の景色をつくること。これが表現の原点だ。誰もが目の前をつくっている。

生まれて目が見えるようになって世界が現れる。そこはすでに作られた世界。両親や親戚、生まれた場所、その時代の社会、環境、さまざまな状況に囲まれて成長していく。その過程で自分の世界を見るようになっていく。次第に自分の好みで世界を編集するようになる。好きな科目、好きな友達、好きな遊び。そうやって「好き」を育てて世界を作っていく。

けれども社会は「好き」を育てることを許さないことがある。それをして何になるのか、とその意味や価値を問う。場合によっては「好き」の新芽を摘み取ってしまう。まるで雑草のように。

朝6時に起きて、炭窯の煙を見に行った。透明になるにはあと数時間はかかりそうだった。師匠と相談して8時30分にまた合流して窯を止めることにした。

冬から春へと季節は変わりつつあって、朝でも水が凍らなくなった。窯を止めるまで時間があるので、バンドの曲に歌詞を入れた。高校生のときバンドをはじめて、30年経って未だにバンドをやっている。ぼくは自分の「好き」を奪われる前に家を出た。だから音楽はいまもぼくの生活のなかにある。もちろん一緒にやってくれる仲間がいるからでもある。音楽と友達はいまも続いている。

歌詞を書けたのでデモを録音して、メンバーにラインで送った。それからまた炭窯に行った。窯の煙は透明になっていた。師匠は来てなかったので電話をしたら「止めていい」と言った。

窯を止めて薪割りをはじめた。チェンソーや斧を使って木を割る単純作業。これが労働というやつだ。炭の出来高で給料が決まる訳でもなく、生きるための芸術を探究した先に炭窯と出会って、これをやることの意義もハッキリしていないけれど、何か原始的なこの労働に魅力を感じている。思い出せそうでなかなか思い出せないような、ぼんやりとした「これでいい」という感覚だけがある。たぶんそれは自然を利用して生きるという感覚。その時々に必要なものを獲得していく狩猟採取のやり方。

f:id:norioishiwata:20220308193107j:image

それでもいまの生活は集落支援員という仕事に保証されている。反対に保証にはならないアート制作とその活動。ここから生まれる作品を売って生きている。好き好んで、この状況を自ら作って、そのすべてをしている。

 

朝書いた詩だ。

どうして 
好きにやればいい

意味を壊せ 
それは自由
24時間 
君の自由

時間を売るな
騙されるな
24時間
君の自由

ぼくたち
それを知ってる

デタラメ
踊れ
君の自由に

それをやるのさ


好きを集めて今のライフスタイルを作った。これで終わりということはなく、つくり続けること。それが生きるということだ。毎日がスタートラインに立っている。そこから見たい世界をイメージして、そこに向かって編集し続ける。