天気が荒れると予報された。アトリエ周辺全体をほんとうの桃源郷にする桜の植樹イベントが行われた。3月14日、当日はまさかの雪だった。
朝8時に行くともう準備している人たちがいる。70代、80代の地域のご老人たち。まだ空はどんよりしているだけで、ギリギリ何も降らさずに耐えていた。
だから、もうやれるところからやろうと、桜の苗と杭を持って歩き出した。
桃源郷づくり計画は、地域の人たちが耕作放棄地を提供し合って、その土地に震災の復興支援で北茨城市のロータリークラブが取り寄せてくれた桜の苗を植える。ロータリークラブは苗のほかに雨情の枝垂桜なる4mの記念樹を植えた。雨情の枝垂桜は、雨情が亡くなった栃木県宇都宮市の家に咲いていて、その株分けが、ここに里帰りした。
3年前には何もなかった、ただ暮らしが営まれる過疎地が再生しようとしている。この桃源郷づくりは、ぼくが仕掛けたことでも、ぼくがやることでもない。ぼくは参加者として、地域の人たちの活動をサポートする。
9時になると、市役所の職員、地元の消防団も駆けつけてくれ、70人ほども集まった。11世帯しかない集落に。雪も降ってきて、寒さのなか、どこに桜を植えるか計画もなく、それでも地域の老人は責任を持って
「こっちだ」
と声を上げて参加者たちを導いた。
参加者たちも、苗を受け取れば、適当な場所をみつけ穴を掘って根っこを植え、土をかけ杭を打った。
いよいよ雪が酷くなって、みんなが苗を植えきってイベントは終了した。午後は、廃棄の倉庫でみんなでご飯を食べた。
この地域にいれば、コロナウィルスの問題はほとんど感じない。都市の問題や喧騒からは隔離されている。田舎暮らしは疎開とも言える。
翌日は晴れたので、桜の苗の様子を見て歩いた。雑草が伸びて分からなくならないようにリボンを結んで歩いたいたら、向こう側から、スミちゃんとカセさんが現れて
「おーい!」と呼び合った。後ろから軽トラックでタケミさんが現れた。みんな桜を心配して集まってきた。これで桃源郷づくりが始まった。
何十年後かにこの地域が美しくなる。もうすでに少しずつ美しくなっている。