いきるための芸術の記録

荒地と廃墟の楽園より

死んでも輝き続ける星たちの下で

何のために文章を書くのか。ぼくの場合は自分を知るために書いている。現在地を記して俯瞰する。してきたことが点在して、それらが星座のように繋がって何を作るべきか道を照らしくれる。

友達が井戸を掘ってくれたとき、粘土が出てきた。自然のもので作品をつくりたくて、何年間か粘土を探していた。けれどもどれが粘土なのか分からなかった。井戸から出てきた粘土をみつけたとき、それは見分ける技術もいらないほど粘土そのものだった。

炭焼きをするようになって、土に水を混ぜて窯を作って、何度も失敗したおかげで土に水を混ぜて焼けば固まることが分かった。井戸から出てきた粘土でカタチを作って炭窯で一週間焼いてみた。窯からは真っ黒い土器が出てきた。

技術はこうして偶然生まれた。どんな技術もはじまりは偶然だ。この魔法を起こすのがコラージュというテクニックで、ぼくは紙を切って貼るようにこれまで様々な技術を生み出してきた。こうした出来事は自分で記録しなければ日々の泡となって消えてしまう。競争のなかで底辺へと追いやられてしまう。

しかし自分の大切なものは自分にしか見えない。粘土と巡り会ってみれば、それが迷いもなく粘土であるように、自分にとって大切なものは自分にしかみつけられない。

ものすごく単純なことでよいと思っている。表現するということがこれ以上ない単純さに還元されていく。それが追い求めている生きるための芸術だ。

 

岐阜県中津川市に暮らしていたとき、熊谷守一という画家を知った。売るための絵を描けない画家は50歳を過ぎて「ヘタも絵のうち」で知られる画風に到達した。晩年は豊島区の自宅の敷地の庭にあるものを絵にした。

クマガイモリカズは、ぼくに表現することへの勇気を与えてくれた。してきたことが点在してそれらが繋がって技術になったように、何人かの表現者たちに遭遇して、その影響のおかげで、ぼくは自分を表現できるようになった。

宮沢賢治もぼくの座標のひとりだ。生涯に世の中に出版されたのは、自費出版した「春と修羅」と「注文の多い料理店」だけで、どちらもそれほど売れなかった。生前に注目していた人によって死後、全集などが出版され世に知られることとなった。

ぼくが27歳のとき。前の晩、一緒に遊んでいた親友が、翌朝亡くなったと電話を受けて、声を出して泣き崩れた。何かにすがる気持ちで「春と修羅」を読んだ。そこにはコトバが暗号になって生と死を超えた銀河、宇宙へ意識が到達するようだった。友達の死はぼくの身体の一部になった。そのとき、宮沢賢治に途方もなく巨大な表現というものを体験させてもらった。今でも宮沢賢治の農民芸術概論は、理想の芸術論として大事に読み返している。

もう少し書けそうな気がしてきた。ぼくを作ってくれた表現者たちについて。

10代から20代は音楽を聴き漁る日々で、とにかく知らない未知の音楽を追求していた。楽器は弾けないので、音源を集めていた。その先にジョン・ケージの「4分33秒」を知った。これは無音を楽譜に記して無音を音楽にしてしまったという歴史的事件。どうしてそんなことになってしまったのか、インタビューを読んでいるうちに二つの引用先を知った。ひとつは禅。鈴木大拙という日本人が英訳して海外に紹介したこと。もうひとつはマルセル・デュシャン。便器を逆さまにしてサインして展覧会に出品したという事件。

鈴木大拙と遭遇したおかげで、日本を土台とした思想を吸収するようになった。その先に井筒俊彦がある。いま読んでいる詩人の山尾三省がいる。

マルセル・デュシャンの便器、ジョンケージの無音の発想も、今自分がしている生活芸術というコンセプトへと繋がっている。その過程には、ヨーゼフボイスの社会彫刻も経由している。さらにマルセル・デュシャンの先を探ってレーモン・ルーセルという作家を知った。二つの似た文章から物語を生み出すという驚異的な想像力を発揮する創作方法に触れた。おかげでぼくは小説を書いた。

 

それらバラバラの星座を繋ぎ合わせるテクニックがコラージュだった。系譜を並べれば、ボアダムス山塚アイの影響からはじまり、大竹伸朗、マックスエルンスト、ラメルジーへ繋がる。特にマックスエルンストが後期に創り出した架空文字は、創作活動をはじめるきっかけにもなった。架空の文字を作ることからぼくの表現活動はスタートしている。

アートへの入り口は音楽だった。レコードジャケット。ベルベットアンダーグラウンドのアンディー・ウォーホールピンクフロイドヒプノシスファンカデリックのペドロ・ベル、クラスのジー・ヴォーシェから、アートを教えてもらった。

そしてラメルジーオールドスクールヒップホップの伝説的なアーティスト。バスキアとのコラボでも知られている。ラメルジーのゴシックフューチャリズム、衣装をコラージュしてキャラクターを創造するストーリーテリング。その深淵なる哲学。檻之汰鷲は、ラメルジーの影響で誕生している。

ぼくは、彼ら星座の光に見守られて、自分が妻と切り拓いた大地に創作活動をしている。自分がしていることが、どこからやってきたのか再確認して、現在地を把握して、更なる冒険へと進む。そのために今日この文章を書いたんだと思う。