いきるための芸術の記録

荒地と廃墟の楽園より

「桃源郷へ」個展

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いわき市のギャラリーで個展が先週末から始まった。アートで生きていく。これがこの10年の目標だった。それをするために生活そのものを作ってきた。なぜなら、作品はその人間を表現する。何を食べて何を見て何を考えて、その日々の所作が作品に反映される。

コロナウィルスは収まることなく、展示をやってもぜひ来てください、と大声でアナウンスする気持ちにもなれなかった。SNSで宣伝して、代わりにWEBSHOPで作品を観て買えるようにした。

そして北茨城市に暮らして現在に至るまでを書いた本も先行で販売をはじめた。

やっと望んでいたサイクルがスタートした。日々作品を作って暮らす。その生き方を本にして記録する。

展示では、大成功というほど売れてはいないけれど、この状況下では充分続けていこうという気持ちになるぐらいは売れてくれた。不思議と今回はむかしの作品が売れている。

一昨日、展示に来てくれ、新しい本を買ってくれて、また翌日に来てくれて、別の2冊の本を購入して絵を予約して、たくさん話しをしてくれた。

展示をするのは、自分という表現を伝えるためだ。作品が「売れた/売れない」は、絶対の評価ではない。いつも揺らぐけれども、もちろん売れたらいいけれど、売るために売れ筋の作品を揃えるということはしたくない。なぜなら作品はそれぞれが意味を持って生まれている。

ぼくの表現は音楽が原点にある。メッセージだ。もっと言えば、ものがりを創造している。何才からなのか覚えてもいないけれど、いつも粘土で遊んでいた。捏ねてはカタチをつくりものがたりと共に破壊と創造を繰り返した。

ぼくの表現は、偶然が重なって必然的に生まれる。井戸を掘って粘土が出た。どうやって焼くか決めていなかったけれど、カタチを作った。炭焼きをやることになって、炭窯のなかで、そのカタチを焼いた。結果、陶芸作品と呼ぶには未熟なそれでも土器程度には焼き締まった作品が生まれた。

昨年、水が沸いている休耕田をみつけて、蓮を植えた。昨年は失敗して今年も植えた。景色を作って、それを絵にするのを楽しみにしていた。展示の2週間前に蓮は花を咲かせた。

それぞれの作品をSNSにアップしていたら、友達が炭窯で焼いたカタチは、パドマーサナのポーズだと教えてくれた。ヨガの蓮のポーズだった。

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そうやって作品は自らものがたりを編み出していく。ぼくは、それを彫り出している。現実を作り出し、その現実を作品化する。その意味では強烈に現実的な表現をしている。シュールレアリズムの真逆の。けれども社会自体がSFを超えた速度で崩壊してくように見える。だからこそ、空想の世界を開拓するのではなく、現実の世界を現実社会とは別の、つまりオルタナティブな世界をつくっている。

次のタームは、景観作りと絵画と土器。この二つを探究していくだろう。現実と平面と立体。それに加えて英語の勉強を再開しよう。世界中の端っこと連携して、生きるための芸術を探究したい。展示は終わりの始まりで、始めたことが終わるときだ。「Befor After the end」これもぼくを貫くテーマだ。

そして等身大の馬を作ったけれど、それが何なのかまだ分かっていない。きっとこの馬のたちも新しいものがたりを語ってくれるだろう。

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WEBSHOP覗いていってください。

https://artsales.theshop.jp/

展示は9月12日まで

ギャラリーいわき

http://gallery-iwaki.moo.jp