いきるための芸術の記録

荒地と廃墟の楽園より

変化すること。

生きていると状況が変わっていく。水面下で流れていくものと、表面的に変化を起こすものがある。変化は、変わることだから不安なこともあるが、抱えているものを手放すチャンスでもある。ぼくら夫婦はそもそも何も持っていなかった。

とは言え、その変化がどういうものなのか明確にしておく必要がある。そのために書く技術が役に立つ。重要な生きるための技術だ。自分に起きていることを検証して、進むべき道を整える。

アートに従事している。アートを仕事にしている。ここでアートと呼んでいるものが何なのか、実はそれすら定かではない。答えがない。それだけ不確かなものに向かって労働しているのだから、それはカフカの小説ぐらい不条理だとも言える。つまり、関わっている誰もがアートとは何なのか、分からないまま、この事業を進めている。いや、もう少し噛み砕くと、地域でアート活動をしている。ところが地域というものが何なのか、それに対する理解すらも持っていない。おまけに地域とアートが重なっている。この曖昧なもの同士は関係あるのか。

親しくしてもらっている学芸員の方にお勧めされて、ちょうど読んでいた本が「地域アート: 美学/制度/日本」だった。あまりにも自分に関係があり過ぎて読んでいなかった。言語化したくなかったのかもしれない。ある程度読んだところで、ハッとなった。自分も分かってなければ、ほかの誰も分かっていないのだ。地域のこともアートのことも。

冷静になったし驚いた。改めて考えてみると、そもそも他のどの物事についても、誰もほとんど何も分かっていなのではないか。何かを真から理解することなど到底不可能で、むしろ、それに関わる人々がそれぞれの間で、理解を育みながら、朧げながらに、やろうとしている取り組みに立ち向かっている。奇跡的に共通認識があるだけだとしたら、腑に落ちる。言語と現象と認識、それぞれが異なる場所に存在しているにも関わらず、それらを貫く共通理解があるという幻想に支えられている。

自分が直面しているのは、この幻想が具体化されて、それぞれの認識が異なることが明らかになってしまったという状況。ここまで書いて明確になってきた。だからこの曖昧模糊とした事象を捉えて、可視化して、それが社会に与える効果や意味を価値化することが次の手段なのか。しかし、ほんらいは、可視化が暗黙のうちにできていれば価値化する必要はない、つまり、そもそも混沌したなかでバランスを保っていたものを秩序づけることによって均衡を欠いてしまった。中国の故事に、むかし混沌がいて、そいつには顔がなかった。だから可哀想だからと顔を描いたら死んでしまった、という話がある。まさにそれで、分からなさを明確にしようとしたことによって、どこまで輪郭線を描くのか、しかしこれはタイミングとして起きた、それは具体化すると、どんな実像になるのか、それを明らかにする必要が生じたんだと解釈することにした。

アートにしろ、地域にしろ、何かしらかして、お金をつくり、社会に参加して生きていくわけで、アートだとしても、本のサブタイトルにあるように制度の外に存在させるのは、超絶技巧だったりする。だからこそ分からなさの暗黙の了解次元で混沌とした、外ともなかとも分からないバランスで成立しているのが美しかった。あの仕事が幾らで、あの仕事は幾らと値段をつけることで混沌は死んでしまった。まあそれは、起きてしまったのだから仕方ない。まだ終わったわけでも決まったわけでもない。人と人との間での理解の違い、認識の違い、その機微を知るきっかけになった。そうしたものをカタチにして解決するのもアート的な技のひとつかもしれない。

決して悪い方に転がっているわけではないにしても、予想外の展開だった。もう一度、別の組み合わせで混沌に帰すのがベストな解決策かもしれない。

そしてまた朝起きて、日常が始まった。

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