いきるための芸術の記録

荒地と廃墟の楽園より

2025-02-01から1ヶ月間の記事一覧

何を身近にするかで変わる生活

生きるとは、自分の人生をつくることで、誰かのことや世の中のことを気にしたり考えたりすることじゃない、と思う。どうだろうか。SNSやYouTubeを見ることは何かを知ったような気になるけれど、それは自分に直接関係ない。身体にインストールできるものが重…

10年後の未来に木を植えた

漆の苗木を受け取りに茨城県の大子町に行った。自然から素材を採取することが、ゴーギャンの問い、どこから来て、どこへ行くのか、我々は何者なのか、に応える唯一の手段だと感じている。 ゴーギャンの時代はまさに植民地主義だった。フランスがタヒチを植民…

日常が芸術だったら芸術が日常になる。イチニチの作り方。

1日の途中でこの文章を書いている。お昼の食事前、妻が料理をしている。SNSを眺めるのは無駄な時間だ。できるだけ前へ進むことをする。一歩ずつ山を登るように。歩く。 電話が鳴った。集落の人が木を切っているから、いらないか、との連絡だった。1時間後に…

生きると死ぬの間を歩いて帰ってきた

月曜日。炭窯に火を入れた。自宅に戻ると妻が「お父さんがいよいよ危ない」と言った。妻の姉から朝から着信があったのに夕方まで気づかなかった。折り返すと、あと数時間かもしれないとの知らせだった。 父から預かっている犬のヒナコを乗せて、夕方、長野県…