いきるための芸術の記録

荒地と廃墟の楽園より

地図を書き換える2021

年末に2020年に聴いたアルバムのベスト10を選んだ。今は聴く手段がたくさんあるから、いろんな音楽を選べる時代になっている。

Mac Miller  /  Circles    

Haim  / Women In Music Pt.Ⅲ  

Common  / A Beautiful Revolution  

Fenne Lily / BREACH 

The 1975  / Notes On A Conditional Form   Derrick Hodge / COLOR OF NOIZE

Beyonce / Black is King

Beatrice Dillon  / Workaround

John Carroll Kirby  / Conflict

Cory Wong & Jon Batiste  / Meditations

もちろん、どれも素晴らしい作品なのだけれど、ほぼアメリカ、イギリスの音楽(薄々、気がついてはいたけれど)。それに気がつくと、ヘビーリスナーとしては悔しい。何かに操られているようで抵抗したくなった。そこで、2021年は「世界中の音楽を聴く」という目標が生まれた。

数日前にSNSを見ていたら、ブライアン・イーノの記事が紹介されていた。コロナ禍で、田舎に引っ越して、のんびり過ごしているらしい。友人から世界中のラジオ局が聴けるアプリ「Radio Garden」を教えてもらい、すっかり気に入った、そうだ。

それは欲しかったモノでは!と早速アプリをダウンロードしてやってみた。世界地図上に無数の印が光っていて、そこにカーソルを合わせると、そのラジオ局の番組が聴けた。アラスカに行ってみたり、ロシアに、パプアニューギニア南アフリカ、モロッコ、イビザ、イギリス、アメリカ、世界中の音楽を聴くことができた。

それでも、やっぱり、アメリカ、イギリスの音楽は、世界の端っこでも流れていた。パプア・ニューギニアで、プリンスのパープルヘイズが流れていた。ぼくは、日本の端っこで、それを聴いて感動していた。おかげで、年が明けてからは、いとも簡単に夢が叶って世界中の音楽を聴けている。これがテクノロジーの進化の恩恵だろう。

「音楽に政治を持ち込むな」というスタンスもあるらしいけれど、「音楽を聴く」という行為から社会の縮図は透けて見える。当然ながら、ここにも国境があり、奪い奪われてきた歴史が刻まれている。日本は敗戦国で、アメリカに占領された。敢えて抵抗しなければ、僕たちは、そういう文化の地図のうえに暮らすことになる。もちろん、言語的な分布図もある。しかし、それもまた争いの歴史によって作られた分断の地図だ。

つまり無意識のうちに日々選択しているモノコトが、社会を形成している。選択したモノに経済という血液が流れていく。選ばれなかったモノは、やがて忘れられていく。それも淘汰として受け入れることもできる。だとして、100人全員が選ばなかったとしても、100人のうちひとりが、それを選ばべば、未来へと繋いでいけるのだとしたら。むしろ、そのひとりをやってみたい。

いま読んでいる「楽園への道」で、ゴーギャンは言う「絵について解決すべき問題は技術ではなく環境であり、熟練ではなく想像力と命を賭けて専心すること」

まったく同意する。技術を競うのではなく、それ(作品)が何処からやってきたのか、作品が纏っている地図を問うべきだ。歴史や政治のような、時を積み重ねても、少しも改善されない部分に対して、抵抗するために、新しい地図を獲得するための杭を撃つべきだと思う。

ぼくは「生活芸術」という表現に、そういう想いを込めている。作家のその生活の中から、素材から、その選択の中から既に表現は始まっている。ぼくは日々を生きている。けれど、これは無意識に過ぎていく日常ではなく、日々選択を重ねてつくる人生という芸術作品だと考えている。

去年までは、多くの人がそうすれば、世の中がずっと良くなると考えていた。けれど、そうではなくて、これは100分の1の特殊な探究なのだから、その先端まで、なんとしてでも踏破して、むしろ、それを冒険談として語り継ぐことに役割がある。そう思うようになった。

ぼく自身、ベスト10になる存在ではない。世界の片隅を目指しているのだから。世界はどんどん同じようになっていくけれど、世界の田舎、それぞれの端っこでは、その土地に根差した自然と共にある、根っこは共通していても見えているその姿は、想像を超えるほど異なるのライフスタイルが今も営まれている、と空想している。世界中のラジオ局から流れる音楽を聴きながら、そういう世界の端っこのライフスタイルを採取の旅に出る夢を見ている。それができるような制作スタイル、作品、お金の作り方を2021年の方針にする。