いきるための芸術の記録

荒地と廃墟の楽園より

ライフスタイルが絵を描く

朝起きてサーフィンに行こうか考えた。考えても波の様子は分からないので、朝食のパンを買いに行くついでに波を見てきた。曇り空でもうウェットスーツなしでは入れなさそうだし波も少し弱い。

ぼくは家から海までクルマで10分くらいなので気軽に様子を見に行ける。けど、サーファーは、どうやって波の有る無しを判断してるのだろうと、ネットを検索してみた。

どうやら波は低気圧の位置が関係しているらしい。Surftideというアプリは天気図と風向き、波の高さを教えてくれる。毎日これを見て、波の様子を観察している。今日も答え合わせのつもりで海を見てきた。思ったより波はなかった。
現代では、便利な道具があるけれど、かつての人々は自然を読んでいた。魚を獲るのも、野菜を育てるのも、土や気候や海と対話しながら仕事をしていた。

図書館に行って本を借りた。本棚を眺めていると手が伸びる。急に炭鉱に興味が湧いた。なぜなら、今活動している北茨城の関本町には、常磐炭田があって、採掘されていた。今では面影もないけれど、ここにはたくさんの人が暮らして町になっていた。ぼくはその炭鉱がなくなって、人も少なくなった町に移住してきたわけだ。今も残る神の山住宅はその名残。

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「炭鉱に生きる 地の底の人生記録 山本作兵衛

明治25年に生まれ、7歳から炭鉱に入り、以来50年以上、炭鉱で働いてきた山本さんが抜群な記憶で、鮮明にその景色を絵に残している。人間の労力が動力だった時代、働くことはキツかった。扱いもキツかった。まるで人間ではないような扱いをされることもあった。石炭を必要としているのは人間なのに。人間が社会を作っているのになぜ人間は苦しまなければならないのか。「炭鉱で働くことはまるで奴隷」だと描いている。

キツい労働環境にある仕事は、どれも人間が生きる上で欠かせない。石炭がなければ、戦前・戦後は、何ものも発展しなかった。農業や漁業や林業の一次産業もそうだ。この仕事がなくなったら人間は生きていけなくなる。

ぼくは東京で生まれ育っているから、自然から離れた環境で過ごしていた。だから、自然のある場所に暮らしたいと思った。何ができるのか。分からないけれど何か表現したいと思う。文章を書くことは、そのひとつ。

昨日からようやく絵を描きはじめた。12月の個展に向けて。いつもサーフィンをしている長浜海岸の絵だ。なんてことのない景色。特徴のない絵。そんな絵が理由を探すまでもなく美しくて目が離せない。そんな絵になったらいいな、と思って、今日は波乗りはやめて、絵の続きを描くことにした。アトリエに向かう途中、神の山住宅を見てきた。その奥は行き止まりになっていて、けれども道は続いていた。どこに向かっているのだろうか。ぼくは小さな古い道をみつけるとその先へ進んでみたくなる。今自分がしていることが、そんな道なんだと思う。その道は、日々の過ごし方が、絵に影響を与えるという制作方法。そんなものがあるのか分からないけれど極めて単純な話「ライフスタイルが絵を描く」そんな絵を見てみたい。ぼくはこの先、そういう絵が生まれると信じている。

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