いきるための芸術の記録

荒地と廃墟の楽園より

夏が来て海に飛び込みたい。毎日、海で遊びたい。

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夏が来た。夏が好き過ぎて、何も手につかない。むしろ、好きなことに没頭できるライフスタイルを送りたくて、これまでYES/NOを選択してきた。例えば、時間を売り渡すような働き方はNO。毎日遊んでるように働くのはYES。それだったら休日もいらない。夏が来たら、子供のように海と戯れたい。太陽の陽射しを浴びて暑くなったら、海に飛び込みたい。

朝が待ち遠しくて夜の10時には寝ている。朝5時には起きる。波情報のアプリをチェックして、南風だったらサーフボードをクルマに乗せて海に行く。ところが今日は、波がなかった。ほとんど。静かな海だった。眺めていると、水面に反射した光が星のように輝いている。ランダムに輝きながら空と海の水平線の果てまでピカピしている。

夏の海を存分に楽しむためにカヌーを作った。けれど北茨城の海は太平洋からの波が直接届くので荒くてカヌーに乗れる日が少ないから、サーフィンを始めたのが去年。つまり、今日は最高のカヌー日和だった。海は美しく、そこにいるだけで感動だった。

家に戻って妻のチフミに「波がなくて海が綺麗だからカヌー乗るよ。」と声を掛けて、カヌーをクルマに積んで、長浜海岸に戻った。10分ほどの距離。クルマからカヌーを下ろして、担いでいつもの船出するポイントに向かった。ところが、船出するポイントが、どういう理由なのかテトラポットと石で塞がれている。どうやっても、カヌーを担いで海にアプローチできなくなってしまった。

海と遊びたいだけなのに。海に近づくことができない。船出するポイントが塞がれたのには何か理由があってのことだろうけど、こうやって人間は自然から離れていく。例えば「危ない」という理由で。いつだって自然は危ない。その不安定な状況を好転させて、自然環境を利用して人間は生きてきた。カヌーは海の上を生活圏に変えてきた舟という文化を体験できる遊びなのに。

北茨城にもかつてはたくさんの海岸があった。東日本大震災を経て海はカタチを変え、自然を恐れた人間は、海の猛威を防ぐための壁を作った。高い壁を。壁は人間の日常から海を切り離す。カヌーのポイントがなくなったのは、ひとつの小さな変化に過ぎないけれど、すぐ近くにある海は、そうやって遠い存在になっていく。

仕事をしないと生きていけない。お金を得るために。お金がないと生きていけない社会構造になっている。だから働かなければならない。けれども人間の歴史のかなりの長い時期は、自然から生きていくための糧を得ていた。むしろある程度、自給しなければ生きていけなかった。

ぼくは自分のライフスタイルを作りたいと考えて、アート活動をしてきた。それは自然と向き合う活動でもある。海と遊ぶのも自然と人間の境界線を再定義する目的もある。

自分の人生だ。何も我慢する必要もないし、できないと諦める必要もない。ライフスタイルを作るために、いろんな国の人々の生き方や昔の人の暮らしを参考にしてきた。その多くは、自然の恵みを最大限に引き出すようなやり方だ。

夏が来て、海が綺麗だから毎日海に入りたい、なんてバカな考えかもしれない。けれども、全身で海を堪能することに感動がある。何より自由がある。

繊細で複雑な時代だから、いろんなことが試せるし答えになる。直感でやってみるしかなくて、その代わりに全力で楽しめば、貨幣経済とは別の価値を発見できる。

ぼくは、アートを仕事にしているから絵を描かないと不安になる。自分で生活芸術というコンセプトをつくり、生活をつくることが芸術だと言い続けているけど、もちろんそれを信じているけれど、まだ社会にはそんなジャンルも思想もない訳だから、ぼくの空想に過ぎないのも事実だ。その未だ存在しない空想のジャンルを行動し創造に変えることこそが、アートで、アートが誕生する瞬間は、日々の生活の中にある。何をきっかけに生まれるか分からない。とにかく生まれる瞬間をキャッチするために頭と心をオープンにしておく。

アートは、美術館やギャラリーにもあるけれど、そこではアートは生まれない。生活の中でアートは生まれ、美術館やギャラリーで鑑賞される。だから、野性のままのアートは、作家の日常の中にある。もちろん、それを目撃できる機会は希少だから美術館やギャラリーという施設が機能する。美術館やギャラリーを否定も批判もしないけれど、アートは作家の日常から生まれることは事実だ。

だから、絵を描いている/描いていない、そんなことを気にしてしまうなら、海に飛び込んだ方がいい。海中の景色を堪能すればいい。その経験からアートが生まれる。夏の間は、こんな感じ。つまり、潜っていたい。春も秋も冬も好きだから大丈夫。過ごし方がそれぞれ違う。

自分の人生を、自分のアートを作ろうと思う。もっともっと理想の景色を求めて日々を積み重ねようと思う。いまいる場所を確認するためにもこうして文章を書きながら。

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