星が見えるだろうか。海は見えるだろうか。森はあるだろうか。

f:id:norioishiwata:20180122003634j:plain炭を焼いた。この1年くらい炭を焼いてみたいと思っていた。まず、炭焼き小屋が魅力的。粗末な屋根に土でつくられた窯。木をどうやって炭にするのかも知りたかった。

師匠に誘われて田んぼに木を切りに行った。田んぼが日陰になるので、切ってくれと頼まれたらしい。もう木を切れる人も少なくなっている。この自然が豊かな日本、これからどうなっていくのか。興味が湧いて止まらない。言葉より行動を。

f:id:norioishiwata:20180122003847j:plain木はチェンソーで切る。師匠は田んぼに倒れないように念入りに準備したけれど、結局田んぼに倒れてしまった。師匠は「自然はコントロールできないな。まるで人生だよ」と笑った。倒れた衝撃で折れて散った枝が、今年のお米の収穫に影響しては申し訳ないと思って、枝をできるだけ拾うことにした。そう思いながら作業した。

倒した木を運ぶのも骨の折れる作業だった。太い木は楔を打ち込んで割る。何回か割って運べるほどの重さにする。ここまでで1日の作業。それから数日後に、師匠から炭を焼く準備ができた、と連絡があった。

炭焼き窯には、前回焼いた炭が入っているので、それを取り出すことから作業がスタートした。かつて人々は、山の中に炭焼き小屋を建てながら、炭をつくって移動したらしい。木は、そのままでは重くて運べないけど、炭にすれば軽くなり、しかも燃焼効率もよく、煙も出ないから使い勝手がいい。かつて、炭焼きは山に暮らす人々の仕事のひとつだった。

f:id:norioishiwata:20180122004052j:plain一本の木を切り倒し、その木のあらゆる部位が、炭焼きの材になる。自然には、無駄も優劣もない。すべてが役目を持って生きている。枝の真っ直ぐな箇所は10cmほどに切られて、窯の地面に並べられる。敷き詰めた枝の隙間が空気の通り道になる。2日目は、窯に入るサイズに切られた材を、窯のなかに並べる作業をした。

その翌日。3日目は、いよいよ火を入れ。ぼくたちが参加した以外にも師匠は準備しているから、炭焼きとしては、全行程で10日ほどかかる。

師匠は、ぼくたちに、そのやり方を伝承するように、作業をしてくれる。けれども、肝心なところは、目に見えなくて、つまり、常に変わり続ける自然によるところで、それは師匠が積み重ねてきた経験によって判断されていた。

例えば、窯の入り口でつけた火がどうすれば、窯のなかに火が回ったと判断できるのか。それは時間では測れない。窯の中から黄色い煙が出てきたら、窯の入り口を塞ぐタイミングだと教えてくれた。

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f:id:norioishiwata:20180122004449j:plain窯を塞ぐのは、石と土。アフリカのザンビアで家づくりしたのとまったく同じ方法だった。歴史をずっと遡ると、生きるための技術は、人類に共通する原始に到達する。ぼくは、その到達点をいつも探している。なぜなら、そこにあるのは、分け隔てなく自然が与えてくれる、厳しくも愛に溢れた技術だから。望めば、誰もがその技術を使うことができる。

この日はお昼過ぎに作業が完了した。さらに4日後くらいに煙が紫色になったら、炭ができあがる、と教えてくれた。

てっきり師匠は、その前の世代から受け継いだノウハウで、炭焼きをやっているのかと思っていたけど、2011年から始めたそうだ。試行錯誤の連続で、いくつも失敗してやり方をみつけたそうだ。

師匠は教えてくれた。
「諦めないことだ。友達が半身不随になって、病院は回復しないと宣言したけど、彼は根性で歩けるようになったよ。可能か不可能かは本人次第。」


その日は早く終わったので、天体観測所を自力でつくった人に会いに行こう、と師匠が誘ってくれた。そのひとは、炭焼き小屋のすぐ上に住んでいて、まるで仙人だった。手塚治虫火の鳥に出てくる不老不死のマサトのようなそのひとは、開口一番こう言った。

「わたしは地球人です。日本という小さな世界で生きていない。9ヶ月で世界を一周するんです。」(つづく)