いきるための芸術の記録

荒地と廃墟の楽園より

戦争と表現者

「思考するとは、なによりもまず、ひとつの世界をつくることだ」

本をパラパラと捲って目に付いたコトバを覚えていた。それがどこに書いてあったのか探した。

シジフォスの彫刻を作るときカミュの「シューシフォスの神話」を読んだ。その文庫を捲っていると目に飛び込んできた文章だった。その前のページには

「芸術家にとって、問題は作る技術を超えたこの生きる技術を獲得することである。(生きるということが、経験することであると同時に省察することであるという前提のもとに)」と書いてあった。

有名な文学者カミュが言ってるから正しいとか凄いということではなく「生きる」ことを創作として扱う先輩に出会った喜びと安心。

しかし、どうして芸術のテーマが「生きること」に直結しないのか。ぼくの表現の仕方が悪いのかもしれない。

そんなとき、同じ関心に向き合う文章や表現に出会うとしたらどんなに心強いか。山道を迷ってそれが正しい道か不安なときに、前を歩く人が見えたような。いや、もっとだ。同じ気持ちで一緒に歩いてくれるパートナーに出会ったような。だとしてもう山道に分け入っている。仕方がない。何かをきっかけに興味を持つこと。それは既に深い道へと進んでいる。孤独な道だとしてもきっと理解してくれる人に出会う。きっと誰かが既に表現している。

シジフォスの神話からカミュのテキストに興味を持った。去年の夏、友達の亡くなった父親の本棚の整理を手伝っていてこの文庫をみつけた。カミュが何を伝えようとしたのか、少しだけその「世界」に触れてみよう。思考することで開拓された世界を。

カミュが生まれたのはアルジェリア。モロッコの隣、北アフリカ。フランスはこの国を植民地ではく、フランス本国の一部にしていた。が、アルジェリアは独立を目指した。その戦いは1954年から1962年まで続いた。

アルジェリア独立といえば反植民地主義フランツ・ファノンを真っ先に思い出す。カミュと同時代だったんだ。その著書「地に呪われたる者」では植民地に生まれ、被植民者として社会が黙認してきた裂け目を明らかにしている。これは叫びだ。

カミュは1956年にノーベル賞を獲っている。なるほど、アルジェリア独立戦争真っ最中。それをテーマにした創作か活動をしたのか、と調べてみた。しかしカミュは、どちらかと言えば穏健派だった。同時代の思想家サルトルは、ファノンの著作に序文を寄せるほど、植民地主義と戦っている。だからサルトルカミュを批判したらしい。

カミュは、アルジェリア独立戦争について

「母や家族を守らなければならない」とコメントしたとされている。

植民地なんて酷いことをよくしたものだ。アルジェリアの独立に賛成できないカミュノーベル賞の資格があるのか、と思うかもしれない。植民地側からその歪みを言葉にしたファノンの方がよっぽど戦ったし評価されるべきだ。

しかし、いつの時代も強いもの/弱いものに分断される。現在、ロシアはウクライナを侵攻し、イスラエルはガザを爆破して、何万人もの人が死んでいる。

2月24日の新聞記事によればウクライナ侵攻により戦死19万人。アメリカはロシアに停戦を呼びかける。ロシアは北朝鮮やイランから兵器を調達している。一方でウクライナには欧米諸国が提供している。なかでもアメリカは6兆9千億円の軍事支援を表明している。

日本政府もせっせと憲法を改正して戦争できるように努力している。何のためか。戦争が儲かるビジネスだからだろう。もう現実には手に負えないほど世界は狂っている。ぼくはそう感じる。君はどうだろうか。

村上春樹イスラエルでの受賞スピーチで、壁と卵に譬えた。投げれば弱く割れてしまう卵の側に立つと。バンクシーは、強いものと弱いものが争うとき中立なんてない。黙っていることは強いものを支持することになる、と壁に落書きしている。ボブディランは「戦争の親玉」という曲で戦争そのものを批判している。

だからぼくは小説を書こうと企んでいる。人間として間違ったやり方が水のように社会全体に染み渡っていく、この狂った時代を物語にしてみたい。