金曜日、北茨城の改修している廃墟の映像作品のため、撮影チームが来てくれた。20年来の友達、木村輝一郎。インタビューでは、今の取り組みについて話して、質問されることで、構想と妄想が暴走して、伝わらないところも発見できた。毎日妻と二人で制作しているから、どんどん自分の世界は展開していって、社会との接点が少ない環境にいるので、たまに第三者に伝えないと、客観視できなくなる。「構想の妄想が暴走」は、それはそれで素晴らしいのだけど。
生活芸術というコンセプトは、難しい。「生活の中に芸術があり、芸術は生活のなかで育まれる」ということだけれど、生活の中に芸術が溶け込んでいるとき、そこには鑑賞する姿勢が生まれない。ぼくが、いまここに芸術がある!と訴えても、どこにあるのか見つけることができない。だから、フレームが必要になる。枠。それは額であったり、作品として、陳列することだったり、簡単な言葉を添えるなど、アートのフォーマットに落とし込む必要がある。
映像作品にすることは、生活のなかに芸術を作っている過程をドキュメントするための手法でもある。インタビューは自分の言葉が反射する鏡だ。友達もまた自分を映す鏡だ。
土曜日は、朝から「そこにある芸術」と題した三田村美土里さんのワークショップがウチのギャラリーアトリエで開催された。参加者がそれぞれ、これがアートだと思うモノを持ち寄る企画。ぼくは、その問いかけに、このアトリエが作品であり、ここで起こることも作品だ、と思ったけれど、それでは三田村さんに失礼なので、地域のアイドル、すみちゃんと、すみちゃんの料理がアートだと提示した。ぼくはアートを拡張させたい。なぜなら、アートというフォームは水のように何にでも溶けて、溶かした媒体の側から語ることができる。それはアートがカタチを取り出す作業で頭からイメージを取り出すという意味では思想でもあるからだ。思考すれば、そこには新しい造形が生まれ、新しい造形に遭遇すれば、そのカタチに対して思考する。その循環のなかで逸脱して、領域を拡張していく。その過程を言葉で追いかけてドキュメントしていく。
東京吉祥寺のギャラリーOn goingの小川さんが、この展示のキュレーター兼記録として参加していた。以前だったら、ギャラリストだというだけで、気に入られたいと必死になったけれど、縁があれば何かに展開するし、ないからと言ってそれが評価されない、ということでもないので、気負わずに話して知り合いになれた。
「ギャラリー自体は赤字だけれど、それをやっていることで、いろんな仕事が生まれて運営している」という言葉が印象的だった。
北茨城のアトリエArigateeの運営も廃墟の再生も、それ自体は仕事になっていない。厳密に言えば、地域おこし協力隊としての芸術活動として助成金が支給されているけれど、これは続くものではないから、それとは別に収支を考える必要がある。
イベントはお昼過ぎに終わり、片付けをして、電車で大阪を目指した。日曜日に大阪でのトークイベントに登壇した。
北茨城での取り組みを紹介してパネルディスカッションは「地域でのチャレンジ」というお題だったので、ビジネスではない、おカネにならないことに取り組んで、地域を再生させる話しをした。
北茨城でしていることは、主にはおカネにならないけれど、その活動や体験が、トークイベントに出演するきっかけになったり、絵を描くモチーフになっている。それがおカネを生んで、ぼくは生きていくことができる。理想的な循環が見えてきた。
日曜日の夜、大阪駅周辺を散策して、たこ焼きを食べてハイボールを飲んで東京へ移動した。新幹線の中で、明日の打ち合わせ、有楽町マルイでの展示のコンセプトをまとめた。
昨年にやった展示が良かったと、有楽町マルイさんからオファーを頂いき、その間は、よしもとクリエイティブ・エージェンシーが担当してくれている。月曜日の朝、新宿のよしもとのオフィスで打ち合わせした。廃墟と自然のあいだにあるモノをアート作品として仕上げて、有楽町マルイで展示販売する。自然から廃墟から都市のど真ん中の商業施設へと横断させる試み。新たに何かを作るというよりは、切り取る作業だ。
構想メモ
廃墟で拾ってきた金具をオブジェにする。瓦礫を額装する。崩れた廃墟の屋根から空が見える様子を絵にする。廃材を利用してオブジェをつくる。柱を乱暴に切り落とし、かろうじて成り立つ動物のカタチをつくる。廃タイヤでペインティングを作る。陶芸でデタラメなカタチのオブジェをつくる。それを参加型プログラムのワークショップにする。
展示までにどこまでカタチにできるか。同時に1月の桃源郷芸術祭の準備もある。同時進行で走る。起きた出来事と感じたり考えたりしたことを書き起こし、メモする。その言葉は現実に固定されるから消えない。あとは実行するだけ。こうやって、人生を作り作品をプロダクトする。
今回の旅のお供はこの3冊。
「瓦礫の未来」磯崎新
タイトルに惹かれた。今回の展示のモチーフが瓦礫だから。
「制作へ」上妻世海
消費から参加へ、そして制作へ、このテキストは最高傑作。自分が考え及ばなかった領域へと思考を運んでくれた。
「文読む月日」トルストイ
もはやバイブル。Twitterのように短い名言が365日並ぶ。ときにトルストイの道徳に満ちた短篇小説が差し込まれる。あまりにも名著過ぎる。