いきるための芸術の記録

荒地と廃墟の楽園より

過去の延長に未来があるのではなく、望む未来のために過去を編集する。

音楽と過ごした1週間だった。金曜日に渋谷でライブをやり、満員の会場で爆発した。ぼくはNOINONEというパンクバンドをやっている。けれども、死ぬほど音痴なので歌わない。言葉を発している。それはラップだという人もいる。ぼくは、激しく動きながらメッセージを伝えている。

自分なりの音楽のやり方を
20年近く続けてみつけた。
ライブの瞬間のみ存在する
音楽の価値を発見した。

f:id:norioishiwata:20180216222652j:plainぼくが好きな音楽のルーツ、ブルースは奴隷として連れて来られた黒人たちが労働するときに歌ったことに由来する。働く苦痛を和らげるために歌った。人々を癒したブルースは、やがて録音され、レコードになり、商品として流通された。それがロックンロールとなって、いまでは、売れない音楽には存在価値がないとさえ思われるようになった。メジャーデビューできなければ、CDをリリースできなければ、音楽への夢は潰えてしまうことさえある。

しかし、音楽が必ずしも商品である必要はない。音楽は希望であり、明日を生きるチカラになる。特技もなく、不安で未来が見えなかった中学生のぼくは、ボブ・マーリーの「ノー・ウーマン・ノー・クライ」を聴いて泣いた。

everything gonna be alright
(大丈夫、すべてうまくいく)

 

ライブの帰り、涙が溢れた。
表現を受け止めて楽しんでくれる人がいることは、そこに商品価値がなくても、感動が生まれている証だった。きっとはじまりは、こうだったんだと思う。ぼくが尊敬する音楽家たちも、こうやって、立ち上がり、活動を続けたんだと思う。ボブ・ディランは「何千人のコンサートよりも50人に歌う方が気持ちが届く。」とインタビューで語っていた。


ぼくの活動のルーツは音楽にある。

価値がないモノに
価値を与えたい。
金塊を叩いて
彫刻をつくるより
路傍の石を磨いて
その美しさを讃えたい。

そもそも、ぼく自身、役に立たない人間だ。勉強もスポーツも音楽も美術も得意ではなかった。進路は、早くから見えなかった。だから、ロックに救われたんだと思う。ロックは弱者や敗者に希望を与えるアートだ。

ぼくはバンド活動をやりながら、作家を目指し文章を書いて、アート作品をつくるようになった。はじめたのは28歳。(詳しくは「生きるための芸術」を読んでくれ)。文章もアートも音楽も別々の活動だった。アート作品には、文章は必要ないと言われたこともある。「生きるための芸術」を自分で編集して、出版社に持ち込んだときも、芸術を文章で説明した本は出版できないと言われたりもした。


けれど、文章を書くことは、自分が進むべき未来を照らしてくれる。どんなアート作品をつくるべきなのか教えてくれる。ぼくにとって欠かせない生きるための技術になっている。

 

作家の先輩がメールでこう言った。
「過去があるから、未来があるんじゃないってことに気がついて」

はじめはピンと来なかった。

「過去ってのは過ぎていく出来事の連続でしかなくて、でも未来をつくるために、過去を編集しているんだ」

そう言われて理解できた。

文章を書くときには、残す価値のある言葉や想いや出来事だけが綴られる。そうやって歴史は編集されていく。まさに自分のなかにある言葉を記録し過去を編集して、その言葉たちが次の行動を決める。

誰もが自分を持っている。ほんとうは。向き合わないだけで。ぼくは、思いついたことをメモするようになってから、やりたいことがはっきり見えるようになった。このブログを書きながら気づいたことがある。

音楽も文章もアート作品も
どれも根っこはひとつで
ぼくには伝えたいことがある。
ただそれだけだ。


父から手紙が届いた。
ぼくの名前は「のりお」で、ひらがななのだけど、父が市役所に矩生という漢字で名前の届けを出したら、使えないと言われてしまったらしい。

矩は、老子の弟子、柏矩(はくく)に由来するという。柏矩のエピソードが書かれた父の手紙を読んで、自分がしていること、しようとしていることが、名前の由来に一致して驚いた。


なぜ音楽するのか
なぜアートをつくるのか
なぜ生きるのか

編集された歴史を
書き換えて
ルーツをみつけ
流されない杭になる

われわれは
どこからやってきて
どこへいくのか

everything gonna be alrightだ。
(大丈夫、すべてうまくいく)

 

(つづく)