いきるための芸術の記録

荒地と廃墟の楽園より

労働は商品なのか人生なのか。

マルクス「賃労働と資本」を読んだ。本に書かれた言葉は、何十年も何百年も何千年もむかしのひとの考えを教えてくれる。マルクスさんとカフェや居酒屋で話したように書き直してみた。

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働くことは、ぼくらが雇い主に売るひとつの商品なんだ。どうして売るのか。生きるためにだ。

お金を貰って働く。これも、人生の一部だよね。だって必要なものを手に入れるために時間と労働力を売るわけだから。働くことは生命活動のはずだよね。

けれど、ぼくらは生きるために働いてるはずなのに、働くことが生命活動の一部ではなくなっているんだ。むしろ生命活動を犠牲にしている。なぜなら働くことは商品になってしまった。

ぼくらの仕事の目的は、取引先でもないし、営業でもないし、成果物でもなく、作った服でもコーヒーでも家でも食べ物でもない。ぼくらはお金のためばかりに働いている。

一日のほとんどを費やすこんな仕事が人生そのものだとか、もしくはこれが君の生活だと言えるだろうか。

むしろその反対で、いまの社会では、仕事が止むところから生活が始まるんだ。つまりほんの僅かな隙間に、ベッドで食卓で酒場で、テレビやスマホの前で。

ページをめくりながら深く共感した。150年前にマルクスさんの考え方が今現在に通用するってことは、人間は社会のなかで変わらず翻弄され続けている。だから生活という残り僅かな自分の領土から、巻き返しを図っている。

破壊も創造も、自然も社会も、哲学も生活も、人間も人生も、すべて引き受けて表現できる、ぼくはそういうものを目指している。

 

 

サバイバルアート。目的とは違う成功をみつけるプロセス。それが失敗。

朝から制作の予定。最高な一日。企んでいたアルミを溶かす計画。可能な限りつくるDIYをサバイバルアートと呼んでいる。

空き缶を拾いに海へ行った。波が大きかった。いい波だった。空き缶を拾って、崖の破片を拾った。この崖は砕いて水に溶いて顔料にすると白色になる。

家に帰って炭に火をつけた。ブロアーで風を送る。一石二鳥を目論み、炭窯で焼いた陶板に模様を書いて、それを焼きながら、アルミを溶かすことにした。陶板には崖の白を使った。陶板の側に書かれるべき模様が見えたので、それを書いた。

そのむかし炭で温度を上げて鉄を溶かしたと教えてもらった。アルミの融点は660度。それぐらいなら到達するはず。送風していくと熱は赤から黄色になる。周りは白くなる。陶板も熱されて白くなる。フライパンに拾ったアルミ缶を投入する。塗料が燃える。変形する。溶ける。4つ溶かした。陶板の様子を見ると変形している。慌てて取り出した。半分溶岩のように溶けてしまった。アルミは溶けている。フライパンを掴む。用意した皮の手袋が薄くて火傷した。水で冷やした。再開。用意した陶板に流し込む。急激な熱で割れてしまった。

ここで落ち着く。ふー。火傷したな。陶板は割れたし、溶けたし。これは失敗だ。失敗。ああ、失敗なのか。心のなかで反芻しながら片付けをした。はじめて失敗した壺を割る陶芸家の姿が理解できた。

数時間後、改めて溶けたアルミ、陶板を手に取って眺めた。ひとつの陶板は、一部分がガラス質になっている。ああ、これが全体に及んでいたらすごくいい。もうひとつの陶板は右側が溶けている。文字のような模様は残っている。

これは土器から陶芸に向かうプロセスの実験。陶芸は技術が確立されている。ホームセンターに行けば釉薬が売っている、望んだ色を出せる。売っている粘土は焼成の温度が決まっている。電気窯を使えば、望んだものをカタチにしてくれる。ルールの通りやれば失敗はない。予め設計図があるものづくりを「栽培の思考」、その反対を「野生の思考」と人類学者レヴィ=ストロースは呼んだ。

太古に戻って自然からやり直してみたい。これが望み。身の回りのもので自然を利用して何がつくれるのか。野生の思考。コントロールを超えたハーモニー。マジック。自然の土を火で焼く。温度も土の性質も釉も、どれも即興的に組み合わされ、そこに現れる。

失敗。失敗とは何だろうか。成功とは望んだカタチを手にすること。じゃあそもそも望んだカタチがなかったとしたら。この試み自体が目的だとしたら。

妻に「失敗だと思っていたけど、これは面白いよ。どう狙ってもできないし。アイウェイウェイ(中国のアーティスト)の作品だったら絶賛されるよ」と説明した。

妻は笑っていた。

こうしてひとつ作品になった。

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盗むなら広告。Just do it. すぐにやれ。無駄こそが豊かさ。

忘れないうちにメモしておく。海で出会った怪しい宮大工のお爺さんが電話をくれた。何の話しか分からなかったが、とりあえず大切な言葉を置いていった。

奥さんの仕事を楽にしてやれ。自分の仕事を極めなさい。身体を使って。人を使うような仕事はするな。気持ちのいいことをすれば人は集まるし、嫌なことをすれば離れていく。単純なこと。人は楽しようとする。自分が楽をしていいことはない。厳しい師匠に学べ。楽な人に学べば余計に楽しようとする。他の人が持っていない技術が最後は役に立つ。誰もが必要とするものを考えなさい。自分が親方ならみんなが楽になるように考えろ。お金を作るなりやり方を工夫するなり。

「つくる」とは何だろうか。そのすべてをアートだと考えてきた。つまり人生も料理も遊びもクリエイティブかつ創造だと。何かをつくるとき、どこからつくるのか。例えばホームセンターで材料を買ってきて作るのか、素材から作るのか。素材から作ればオリジナリティを獲得できる。ここが肝だ。モノだったら素材を買って作ることができる。料理もそうだ。しかし人生はどうだろうか。人生の材料は売っているだろうか。

つまり、できるだけモノを買わないで身の回りから作る行為は、人生をつくる技術へと発展できる。これがずっと思考し続けてきた生きるための芸術だ。もちろん、これは答えではない。経過報告のひとつ。

オリジナリティとは、そのクリエイティブが湧く源泉を持つこと。ヒントは至るところにある。しかし、アイディアを誰かのクリエイティブから引っ張ると、盗作や引用になる。

引用が悪いとかの議論をしたいのではなく、つくることの意義が、良いカタチをつくるのでもなく、売るためでもなく、他者の評価でもないとしたら。つまり、自分の人生をつくるためにあるとしたら、ヘタでも、売れなくても、評価されなくても、その技術が人生を豊かにするのであれば、やること自体に意義がある。

つくるを経験したことが普遍的な生きるための技術になる。生きるってことは生命活動。だから社会よりむしろ自然の側に属している。そのメカニズムは資本主義や商品の流通経路ではなく、自然の摂理に属している。

日曜日の夜、バンドの動画を撮影をした。メンバーが映像機材のレンタル会社で働いていてそのスタジオを使わせてもらった。まるで売れているメジャーのバンドみたいだった。

ぼくはボーカル。詩を書き、歌う。撮影されながら考えた。今は収録スタジオで撮影されている。けど歌ってものは違う場面で機能する。だからイメージだけでも何千人もいるフェスティバルのステージで、そこにいる人に伝わるように歌った。

撮影を終えて、妻と合流して板橋区から北茨城にクルマを走らせた。途中友部SAでカツカレーを食べた。

翌朝から作品づくりをした。妻とふたりでアート活動をしている。20年。これが日々の生活であり制作スタイルだ。予定がなければ作品をつくる。誰からの依頼もないとき純粋にモノづくりに没頭できる。月曜日は集中した。10点ほどの下絵を制作した。経験したことが絵になる。

翌火曜日の朝。起きると、妻が財布がない、カバンがないと言う。どこを探してもない。昨日はどこにも行ってないのに。免許がないからクルマが運転できないと言う。代わりに運転して用事を済ませつつ、最後にお財布を使った友部SAに電話するように言った。妻が電話するとまさかそこで預かってくれていた。忘れてきたのだ。日本は平和な国だ。

友部へ向かう途中、北海道のプロジェクトの打ち合わせを電話でした。札幌市内のはずれの農園と神社を改修するプロジェクト。壮大な計画だ。土地や建物を再利用するぼくたち夫婦の活動を見て声を掛けてくれた。

宮大工のお爺さんの言葉が頭のなかで響いていた。「みんなが必要とすること。それが自分の仕事」。絵を描いたりオブジェを制作したり、モノをつくることも確かにやりたいことではある。人生の中心にある。しかし、ほかにもっとぼくを必要とする仕事もあって、それはより社会的な活動で、例えば古い建物を再生することや、使われない土地を活用すること、木を伐って景観をつくること、これらは未だ名前がなく捉えどころがないけれど、確実にみんなが必要とすることで、ほかの人にはできないことだ。

経験したことが作品に反映される。NIKEならJust do it. 友達の芸術家トムは"Art is doing word."と教えてくれた。キーワードは"do"。日本語で「する」。だとしたら経験は素材であり材料になる。「どこにも売ってない」は重要なことだ。探すべきは商品以外にある。恋人も友達もどこにも売ってないのだから。

ボーダーから零れ落ちるモノたち。無名のバンドとか、放棄された家や土地、うまくない絵、謎なオブジェ、誰かの言葉、落ちてる紙切れ。ある価値観からすれば役に立たないものたち。当然ながらどこにも売ってない。何処にでもあるし輝いている。ほかの人には見つけられない光がある。

先週ライブハウスで友達と話したとき

「バンドをやってても売れないから、お金が出ていくばっかりで」と言ったら「楽しいことはどれも無駄ばっかりだよ、それができるのが豊かさなんじゃない?」と返事をくれた。

プラスよりマイナスは絶妙な漂白のタイミング。正しいは間違っている。

次のプロジェクト企画を"The kids are all right-子供たちはいつも正しい" というタイトルで提出したらディレクターさんがクライアントに修正を打診されたと報告してきた。

問題は「正しい」という言葉だ。正しいということは、その反対も想起させるとのことだった。そもそもall rightの意味をネイティブに確認したら、大丈夫とかオッケーで、正しいはcorrectで少し違うと教えてくれた。

去年から幼稚園での造形絵画教室、特別支援学校で学校行事に参加させてもらい、子供たちが作るものに優劣をつけたくない、という想いが湧いていた。ディレクターから企画の条件として、①子供たちのワークショップ②その前に大人たちのディスカッションをプランに入れて欲しいと言われ、ああ、きっと大人たちがどうやったらいい絵になるか考え子供たちにやらせる会だろうと想像した。だから、大人たちがディスカッションするのではなく、子供に還って大人がハサミでカタチを切るプログラムを想定した。大人が頑張って作ったカタチを子供たちがコラージュする。そんな企画のつもりだった。

その結果「正しい」という言葉と「大人」と「子供」の対立構造を修正したいということだった。ぼく自身もそんなつもりではなかったけれど、もらった要素と自分の想いを並べて繋げたらそうなっていた。

この「想い」が取り扱い要注意。勉強になった。大きなヒントを得た。作品に想念が込められる。それがほんとうに必要なのか。それがきっかけでカタチが生まれたとしても、それを抜くことで純粋なオブジェクトに生成できる技もあり得る。漂白する。アク抜きする。

東京に滞在したので久しぶりにライブを観に行った。友達のバンド、友達のパーティー、下北沢のライブハウス。このライブハウスという空間も、もっといろんな使い方できるよな、と考えていた。本と音楽のイベントでトークがあるとか。政治や社会について思考する音楽イベント。

ライブハウスは爆音だった。20代のDJがノイズテクノみたいなのをプレイしていた。ロックンロールが歪んで電化してた。ライブが始まる前に酔っ払ったひとがマンコ、マンコ!と叫んで入ってきた(知り合いだけど)。ライブが始まるとバンドはハードコアパンクでチンコの歌ばっかりだった。

ああ、なるほど。誰も考えたくないし、現実を突き詰めたくない。忘れるための場なのかもしれない。しかし音楽はメッセージだ。音楽と言葉が現在から未来へ踏み出せる希望でありたい。もちろんこれも「想い」だから取り扱い要注意ではある。

そんなライブハウスを出て北茨城に帰ることにした。22時に出れば日付けが変わる頃家に着く。翌朝の海が良さそうだからサーフィンのために。

翌朝しっかり起きて海に行った。海の絵を描く予定だからその下準備も兼ねて。海は少し荒れていた。写真を撮っていたら、軽トラックから声を掛けられた。話すと、宮大工のほか8つ仕事をしているという68歳。怪しい風貌ではある。職業のひとつにAV男優とか言っている。ちょうど北海道の神社改修プロジェクトで宮大工の技術が必要だったので質問したらヒントをくれた。炭焼きをやっていると話したら商売の相談に乗ってくれた。ちょうど炭を納品するためにクルマに積んでいたから実物も見せた。

神様がいるとかいないとかの議論は別にして、こんな具合にタイミングが重なることがある。「流れ」と呼んでいる。お爺さんは「あんたついてるな」と言った。あとぼくが返事を「はい、はい、はい」と連続して返すので、返事は一回だ。相手に失礼だろ、と注意された。急かされるらしい。はい。はい。確かによくない。

本や昔話で描写される神様は少なくとも金持ちや成功者の姿をしていない。生きるためのヒントやアイディアも、ヒントやアイディアの姿をして現れない。遭遇した出来事を読み解くこと。裏返したり、向きを変えたり。で、それが自分の糧になる。

図書館で借りたマルクスの本を読んだ。はじめて読んだ。マルクス資本論、そのタイトルだけはよく知っているけど。でも中身は知らなかった。解説によれば、つまり資本主義社会の仕組みを明らかにしたのがマルクスだった。まだカタチがなかったものを整理して言葉にした。その作業は困難を極め、数十年を費やした。生活にも困った。歴史的名著とされる「資本論」も第一巻は書き上げたものの、その続きは途中のまま死んでしまった。現在知られるところの資本論エンゲルスが引き継いで仕上げた。マルクスが執筆に集中できたのは30代から40代だったらしい。

ひとつひとつが過程で、一日は一生の過程で、完成や終わりはなくていい。想いは必要だけど、それは流れていく。立ち上がったことが既にカタチで、それに付随することは剥がれ落ちても構わない。正しさは反対側からすれば不正になる。意味を削ぎ落とされて、それでも立っているようなシンプルさに真がある。それは芯でもある。一気貫通している何が残ればいい。

誰が作ってるのか、壁画、カタチ、プロジェクト。

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朝起きて外に出るといろんな鳥が鳴いていた。まだ山鳩くらいしか聞き分けられない。昨日まで都内にいたから、音の違いがはっきり分かる。

分かると分からない。極の端と端にあるもの。北と南。上手いと下手。都市と田舎。金持ちと貧乏。成功と失敗。社会と自然。晴れと雨。大人と子供。

頭の切り替えにこれを書いている。文章は誰かに伝える目的よりも、思考の整理とか、現在地を確認するために書いている。そのやり方が結果的に何かを伝えたらいいとは思う。それよりもっと手前、今の目の前を咀嚼するために書いている。

いまは午後4時。雨が降っている。見える山に霧がかかって美しい。空はグレーに見える。東京に住んでいたときは雨が鬱陶しく感じた。今は仕事が休みになる。仕事というか、外でやらなきゃいけないことが停止して、内でやらなきゃいけないことが動き出す。外と内。動と止。

昨日まで中野区のZEROホールの外壁に絵を描くプロジェクトだった。中野Mural Artプロジェクトのディレクターが声を掛けてくれた。区のプロジェクトだから市民参加型にしたい。けれども絵を描く作家だと難しくて、と理由を教えてくれた。つまり絵を描く作家は絵を描きたい。しかもベストな。だとしたら市民の参加なんて必要ない。しかし我々夫婦は絵描きではない。

壁はタイル張りで絵を描くのが難かしそうだった。だから、タイルひとつひとつ色を塗って、ミニマルなカラーバーを壁に描いたら綺麗そうだな、じゃあ、街行く人に声を掛けて中野色を聞いてみよう。サンプル12色から選んでもらう。はじめはアンケート用紙に投票してもらう計画だった。壁に絵を描きはじめると、街ゆく人が見ていく、そんな人に妻チフミが声を掛けてヒアリングして、150人ほどの色を集めた。

壁画は、Mural Artチームが手際よく作業していく。ディレクターの大黒氏、相方のパチャ、デザイナーのモモちゃん、バイトの学生、クマ、ヒーロ、ノア、動画撮影の、が手掛けている。バイトの学生三人は中野の専門学校でアーティストになる勉強をしているらしい。そんな学科があるとは。

アンケートを取るのに目立った方がいいとオブジェ屋台を制作した。

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ぼくたち檻之汰鷲が何かを制作しているというよりは、与えられた諸条件によって導き出された最適解がカタチになって表れる。コラージュの方程式があるのかもしれない。自然発生の技術。

3月23,24日に参加型でタイルに色を塗ってもらい壁画は完成する。と言っても、タイルがあれば参加者がいれば永遠に続く。そうなってくれたら尚面白い。街のなかで色が生成され増殖していく。

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アートは予定も仕事もない空白から生まれる。

20年前に表現者になると決めて、その10年後に会社を辞めてアーティストとして独立した。いまは職業を芸術家と名乗っている。有名でもないし、周りから見たら成功もしていない。けれどもそれを仕事にして生きている。

どんな職業でも幅がある。ものすごく稼ぐ人もいれば、普通の人もいる。場合によっては廃業してしまうこともある。職業のひとつだとすれば芸術家もさまざだ。

芸術をして生きることを目指している。つまり死ぬまで続くように。収入は年齢にしたら少ないと思う。しかしこのやり方を気に入っている。仕事とは英語でwork。作品という意味もある。

ゴーギャンは、何処から来て何処へ行くのか、我々は何者か、との問いを投げた。ぼくたちに。だからその問いから仕事を眺めてみたい。その仕事は何処から来て何処へ行くのか。何の仕事なのか。目を逸らさないこと。見えないものを見えるようにすることも芸術家の仕事だ。

例えば、今は都内での壁画プロジェクトの準備をしている。行政のプロジェクトだから予算は税金だ。その地域に暮らす人たちがペイントに参加する。その壁が日常を飾る。ぼくたちが絵を描くのではなく、その街に暮らす人が描くパブリック・アートの仕事。

例えば、幼稚園の絵画造形教室の先生をしている。幼稚園の運営計画から子供たちに絵画を教えようとなった。で、その担当先生が辞めてしまったので、代わりに声を掛けてくれた。子供たちの創造力を豊かにするために。子供たちの未来に向かっている教育という仕事。

例えば、知り合いの飲食店の看板オブジェをの修理。北海道の開拓プロジェクトのオーナーが経営するお店の看板。作った造形屋がもうなくなって、ぼくらに依頼が来た。これまでの技術が活かされた。廃棄するより直して使うという選択。立体造形の仕事。

明日は炭焼き。暮らしている地域の景観をつくる仕事の一環。周りの木を切って炭にする。炭にしなければ木は廃棄物になって有料で処分される。処分する代わりに炭すれば、それがお金になる。炭焼きに関わる人に少しだけ給料が発生する。作った炭は道の駅で鮎の塩焼きに使われる。地域をつくる仕事。

芸術と社会の間に仕事が生まれる。一方で作品は依頼や予定のない時間から生まれると考えている。同じworkでもそれぞれ違う。仕事と制作と分類しよう。

社会から離れ、誰からも頼まれる仕事もないときそれでも何かをつくる、これが制作。6月に個展の予定がある。このために仕事や予定のない時間が欲しい。

日本画の先輩は、絵を描くだけで生きている。彼はこう言った。「いろいろやると絵を描く時間が減るんだよね。まあほかはできないってのもあるけどな。絵に専念して、それが売れなきゃ死ぬ、かどうか、そういう生き方が痺れるんだ。たまらないね」

制作、仕事、お金、生きる、自然、社会。現在のところ、このバランスのなかで泳いでいる。仕事を依頼してくれる人にたまらなく感謝している。だってそれが夢だったのだから。その仕事がなかったらできない経験、そこからしか生まれない作品がある。しかしまだまだ。仕事を並べて喜んでいるようじゃ、とも思った。とは言え、正解はないし、生き方そのものを作っているのだから、気持ちに嘘なく表現できているなら、その道を進んでみたい。

夢は計画。10年前と10年後。

慌しくなると忘れてしまう。何をしていたのか、何をしようとしていたのか。大切なことは自分の側にある。社会はさも働いてお金を稼ぐことが重要だと説得してくる。会社や組織に所属すること、地位や肩書き。もちろんお金は大切だし仕事も必要だ。しかしそれらは自分が生きていくために必要なことであって、仕事やお金のために生きているわけじゃない。生きる道は社会のレールではなく自分の側にある。自分の道を歩く途中で社会を通過する。社会が並行した道だったとしても必ず戻るのは自分の側だ。退職すれば自分の人生が待っている。

週末は愛知県津島市トークイベントに参加した。津島市は10年前に空き家改修のために暮らし場所。津島市には津島神社があって、かつてそこを中心に栄えた過去がある。津島駅から津島神社まで天王通りと名付けられた商店街がある。が、今はほとんどシャッターが閉まっている。

津島市は当時も今も同じ課題を抱えていて、それらは少し改善されているし、前に進んでいる感じがした。同じ頃に津島市の活性化に取り組んだ仲間はずっと続けている。やっと商店街の会長ができるだけシャッターが開くように取り組もうと声を上げたらしい。10年だ。

おかげでぼくは津島に呼んでもらった。10年前は誰もこの地に知り合いがいなかった。誰にも頼まれていないから仕事でもなかった。ぼくは生きていくために空き家を直す技術が欲しかった。家を直せれば古い安い家に暮らせる。家賃や家のことで悩む必要がなくなる。社会のニーズよりも先に自分の想いをカタチにしたその先に未来があった。それは仕事になって返ってきた。

10年前を振り返って話した。久しぶりに。ぼくはできるだけ前を見て生きている。今から先へ。過去の成果にしがみつくよりもいつもゼロからの今日。

振り返ってみると、そこに道があった。本を書いて残してきた。おかげで、次の10年を想像できた。津島の帰りの高速で妻とこの先の未来について話した。いま可能性が浮上しているアイルランドでの展示を計画したい。可能性と言っても5%ぐらい。でもそれはずっと遠くだとしても輝いている。夢が星のように輝いて見える。

忙しいとか言いながら、合間にNetflixを観た。「君の名前で僕を呼んで」恋愛映画だと思っていた。80年代のイタリアの景色が美しかった。途中から同性愛の映画だと分かった。その伏線に海底から彫刻を発掘する場面があって、ギリシャ彫刻の美しさを語っている。つまり男の美しさを古典的な芸術から明らかにしていた。なるほど男も美しい。ぼくは男も好きだ。友達として。人として魅力を感じる。だから少しだけ理解できた。しかしなぜ、ギリシャ彫刻はあそこまで肉体美に拘ったのか。

調べてみると、人間としての見た目も重要視されていた。オリンピックは現代に受け継がれている。まあ中身はほとんど金儲けのツールだけれど。身体の能力を競うこと、身体を鍛えること、それを鑑賞するためオリンピックは裸だった。ギリシャ彫刻の幾つかを思い出す。考えたこともなかった。なぜ裸の像なのか。それは人間の美しさを表していた。

ミシェル・フーコーが明らかにしたギリシャ哲学のパレーシアにハマっている。フーコーは自己のテクノロジーと名付けている。つまり精神面で自己を高める技術。高めるとは真理に近づくこと。真理とはいかに人としてよく生きるか。ぼくが探究する、生きるための芸術はここに合流した。ギリシャ哲学へ。なんと美しいのか。内面と外面が磨かれた人間。

ギリシャに行きたくなった。アイルランドで海外で展示をするフォーマットをつくり、その技術でギリシャを目指す。そこまで到達すれば、同じように海外で展示できるだろう。それに必要なのは、どのように作品を運搬するのか。できるだけDIYなやり方をつくるべきだ。売り上げや予算は限られている。当然ながら英語。もうこれは筋トレのレベルで頑張って継続するしかない。

10年前、ぼくは夢を見た。同じではないにせよ、想像以上に実現している。競争しなければ夢は叶う。競争は社会に仕掛けられている。だから逆に水のように高いところから低いところへと設定すればいい。戦略だ。欲しいものをその夢ひとつに絞れ。その夢が遊びであり仕事であり友達であり人生だ。無駄な支出を減らせばやりたいことに時間を割ける。いまは芸術家として妻と毎日制作の日々を送っている。作品をつくる、生き方をつくる、これは夢を育むために、日々の生活のなかで土と水のような働きをしている。夢の種を撒いて、育てる。収穫するのが、どこかの組織なのか、会社なのか、自分が生きてるその現実なのか。

16世紀フランスの小説「カンディード」は「自分の畑を耕しなさい」と締め括る。その教えに倣って、ずっと自分の畑を耕している。何百年経っても人間は変わらない。忘れているだけ。だからギリシャが面白い。こういうことを英語で書けるようになりたい。それも夢だ。