いきるための芸術の記録

荒地と廃墟の楽園より

生きることを家が教えてくれた。

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愛知の長屋が火事になった。6年前に改修を手掛けた家だ。家賃を安くすれば好きなことをして生きていける、そう閃いてぼくは空き家を探した。素人のぼくに家を直させるなんて、そんな発想に付き合ってくれる人は、ほんとうに稀だと思う。ところがそんな人が現れて、愛知の長屋に暮らしながら家を改修させてくれた。予算も出してくれた。家主さんは、自分が開発したDIY工法を実践する人を探していたのだ。おかげでぼくは独学ながら家を直せるようになりいまは家賃ゼロで生活している。

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焼けた長屋は解体するしかないと思った。ぼくが改修した部屋に入居して店にしていた人も諦めた。もう終わりだと。部屋に焼け残った荷物を片付けに行くと、消火のため濡れてしまった部屋なのに、焼けた空が見える屋根なのに、それにも関わらずこの家はまだ生きていると感じた、そう話してくれた。この部屋は焼けずに残った奇跡的に。

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家は生きている。古い家は、土壁、木の柱、床板、畳、どれも自然から作られている。だから、それぞれの素材に耐用年数があって、それを「生きている」と表現するのはスピリチュアルでもオカルトでもない。とにかくあの家は「生きている」というメッセージを発しているのだ。

ぼくは生きることを家から教えてもらった。アフリカのザンビアで泥の家を建てたとき、何もできないぼくを見た現地の人が言った。

「君は家も建てられないし野菜も育てない。一体どうやって生きているんだ?」こう答えた。「ぼくは仕事をしてお金を貰って生きているんだ」と。そこにいた全員が笑ってひとりが言った。「ここだったら1カ月で死ぬよ」

ぼくは世界水準では生きていなかった。だから生きることにした。それから「生きるための芸術」がスタートした。そんな芸術は存在しない。だからこそぼくはそれを作ることができる。

生まれて死ぬまでの時間はそれぞれ違っても、1日24時間という単位は平等に与えられている。貧富も身分も人種も差別なく。

だからぼくはやりたいことをやって生きていくことにした。平等に与えられた時間という資源を駆使して。時間とお金の関係には何かしらかの方程式がある。けれども答えはひとつではない。

お金持ちになって幸せになるとは限らない。かと言って自給自足が満ち足りているとも思えない。安易に提示されている模範解答らしきものをガイドにしても何の役にも立たない。それはその人が歩いている現在地の地図を広げて見せているだけ。せっかく歩いてきた自分の道を放棄して、安易にその道に乗り換えても、結局は自分の道を歩くしかない。だったら自分の道を歩き続けることだ。

自分が生きるための環境を自分で制作する。当然ながらここに社会的なニーズはない。経済活動もない。誰からのオーダーがないところで、まず社会の歯車として教育された自分を解放する。自分を構成するパーツを分解する。自立させるために。社会と自然のあいだに自分を居場所を開拓するために。

したいことを諦めたり止める必要はない。焼けた長屋が生きようとするように。意思があればその先に道は広がっている。