いきるための芸術の記録

荒地と廃墟の楽園より

光あるうちに光の中を進め

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人間はひとりでは生きていけないと言う。ロビンソン・クルーソーは、無人島にひとり遭難した。けれどこれは空想の物語。ヘンリー・ソローの「森の生活」は2年間、森のなかでひとり自給自足した。一説によると洗濯はお母さんにしてもらっていたとか。

その手の本としては、先日偶然知った「アガーフィアの森」が傑作だった。ロシアの森の奥、町から何百キロも離れた地に、宗教的な理由で文明から離れて暮らす家族の物語。資源開発の研究者が森を探査して発見したことで世に知られる。第二次大戦も、テレビも鉄道も知らない。それでも人間は生きていた。外の世界を知りたいと旅に出て文明や便利を知ったアガーフィアは、森に帰って今までと同じ暮らしをすることを選択した。つまり環境が人間をつくり、人間は馴染みある環境に生きるということ。

環境を作りたい。生きるための。これまでは与えられた環境で生きてきたから、次は環境を創造したい。

つまり、人類の歴史という膨大な時間の中から、夜空の星や海の砂粒のような、小さな可能性の破片を拾い集めて自分の人生のなかに、そっと並べてみたいと想像する。

それは、人間と社会と自然というそれぞれが全く別の理由で存在している現象が、まるで皆既日食と月蝕が重なるような奇跡のうちに、ひとつの光となって道を照らすこと。

フランスの作家レーモン・ルーセルは、ペンが光を放ち、それが傑作であることを悟り、外へと漏れて騒ぎにならないようカーテンを閉めて執筆した。出版された作品は、傑作どころか全く話題にならなかった。ルーセルは狂ってしまった。

 

ぼくが、これから語ることは、錯覚の類いだ。それが何なのかは、これから明らかになるとして、これまでにその光は、例えば、登山家が未踏峰の山から奇跡の生還をするとき、つまり社会から離れ自然の只中に命を晒したときや、例えば、戦争の中で、食料もなければ自由もないような環境でも、逞しく生きていく人間の姿のなかに現れてきた。もちろん、ぼくは未踏峰にも行かないし戦争も体験していない。それは、沢木耕太郎の小説「凍」、水木しげるの自伝漫画「ゲゲゲの楽園」に輝いていた光の話。

 

その光こそがアートだ。誰が何と言おうと。それを既存のジャンルや表現形態やビジネスや美術館に納めてしまえば、その光は消え失せてしまう。まるで、中国の古事、渾沌の話だ。

とある国の王である渾沌は、来客を丁寧に持て成した。客人はお礼に「人には皆、七つの穴があって、それで見て聞いて食べて息をしている。渾沌には一つも穴がないので、穴をあけてあげましょう」と言い、一日に一つずつ穴を開け始めた。ところが七日目に七つ目を開けたところで渾沌は死んでしまった。

 

表現行為は、空想の世界と現実を極限まで重ねることができる。ほんとうに渾沌に穴を開けなくても、開けて死んでしまったことを描写することができる。この世界が終わっていなくても、この世界の終わった先のことを描くことができる。

だから人間という存在を描いてみたい。それは絵画としてでもあるし、それは言葉でもあるし、その発想の源から発展していく、試行錯誤の様子が記録されていて、おまけにその作品は、実際の生活として営まれている暮らしでもある。それは「人間」という存在そのものがアートになるという証明でもある。それは特別なことではなく、社会と自然の間によりよい立ち位置をみつけるパフォーマンスでもある。ヨーゼフボイスは、その表現領域を社会彫刻と呼んだのだと思う。

これをやり遂げられるのが檻之汰鷲(おりのたわし)という最大2名から成るアート・チームだと妄信している。だからこの話は、錯覚だと片付けられてしまう。むしろ、そうあって欲しい。「うんうん、分かる。ぼくもそう思っていた」では困る。レーモン・ルーセルが見た光ほどに幻であるべきだ。なぜなら、ぼくは未だ現実にはないアートの可能性について話をしているのだから。この先に光が見える。光あるうちに光の中を進め。

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