いきるための芸術の記録

荒地と廃墟の楽園より

休日から現実へ。夢からまた夢へ。

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旅から帰ってきた。20日間バリ島に滞在した。東南アジア。インドネシア。熱帯。旅とは何だろうか。人それぞれ違う。ぼくにとっての旅とは「移動」ではなく「体験」だ。

ぼくは旅するとき、観光地でもなく、それ用に開かれた建物ではなく、民家の中に入ってそこに暮らす人々の生活を覗いてみたいと思う。どんな家に暮らし、何を食べて、何を喜びとしているのか。

生活に於ける価値観は、国が違えば少しばかりの違いが重なって、結果、とても違う文化風俗として目の前に現れることがある。

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バリ島は、年中暑いから、着る物なんて、なんでもいい。Tシャツに短パンがあればいい。寒いときでも18度とか。年間を通して暖かいから、お米を年に二回収獲できる。最大は3回という話もある。冬がないから、フルーツが一年中実っている。つまり、寒さで死ぬこともないし、食べ物が枯渇することもない。

 

またヒンズー教が生活を豊かにしている。バリ島に滞在して「豊かさ」を見せられた。ヒンズー教には「知足」という教えがある。バリ島に17年暮らすツトムはこう話してくれた。

「バリ島の人の贅沢ってのは、ブタの丸焼きを食べることなんだよ。お祭りなんかのときね。で、たくさんお金が入ったら、日本みたいに贅沢はエスカレートしなくて、ブタの丸焼きが増えるだけなんだ。ブタの丸焼きなんて、何個も食べれないから、周りにシェアするようになる。そうすると、親族や村人から貧しい人がいなくなる」

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ツトムの奥さんのプトゥちゃんの実家に招待してくれ、チフミとぼくは、その豊かさを体験しながら、アート制作をした。

 

バリ島のツトムのゲストハウスの庭で粘土をみつけた。これは次にやりたいことだった。生まれて初めて自然から粘土を発見した。焚き火をして焼いてみた。土器ができた。

日本でもこの作業をしたい。火と水と土のアート。

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バリ島はサーフトリップでもあった。サーフィンというカルチャーを体験して波の絵を描いた。バリ島に招待してくれたツトムは、ぼくらの制作を見てこう言った。

「こんなに丁寧に時間をかけて作品を作ってると思わなかったよ。素晴らしいね。ノリオたちは、作品をつくることに集中できるように今回は俺が作品を売る」

ツトムが作品を販売してくれることになった。2mの絵が2枚。価格はそれぞれ30万円。波の絵とバナナの絵。プリント版も試験的に制作してみることになった。3万円で販売する。プリントは、まず檻之汰鷲のアートを体験してもらうためのツール。部屋にアートを飾る。その効果、豊かさを体験してもらう。日本に帰ってきて、シルクのスカーフにプリントできないか調べている。旅は終わらない。旅で見た夢を持ち続けて現実を作っていく。

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バリ島では、食べたフルーツの種を芽出しした。芽が出たマンゴーの種を大地に植えてきた。7年後に実る。マンゴーを栽培することは、ザンビアを旅したときの夢だった。日本でマンゴーを育てたいと思っていた。けれど、バリ島でマンゴーを収穫できれば、それでも夢は叶ったことになる。夢は叶うとき少しだけ姿を変える。うっかりすると、それが夢だったことを忘れてしまうほどに。

 

バリ島の旅は、高校の同級生ツトムが、30年の時を経て、ぼくたち夫婦を応援してくれる素晴らしいギフトだった。いま30万円のバナナの絵の購入を検討する人も現れている。それだけの価値を認めてくれる人がいる、それだけでぼくは、この道を歩いてきたことが認められたようだし、この道の先に希望が見える。そう勘違いさせてくれる兆しがあれば、ぼくは歩いていける。旅で得た興奮をそのまま日本で爆発させよう。静かに。Quiet explosion.生活のアートは、日常をアートに変える。それはとても穏やかなアート。日常を忘れるための休みや旅ではなくて、日々をつくるための休みや旅であれば、休日も平日も仕事も遊びもなく、生きている瞬間すべてがアートに変わる。

すべての人の豊かさのために

生きるための芸術

生活芸術を。

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