生きるための道具についてのメモ

f:id:norioishiwata:20180219202744j:plain今日は、道具の使い方を学んだ。昨日、ガーランド旗づくりで、年輩の方に布をハサミで切ってもらったところ「本職は布屋だったんだ」と。そして、ぼくらが使っているハサミの切れ味が悪いと、砥石を持参で、今日ハサミを研いでくれた。

布屋だったタイラさんは教えてくれた。
「仕事の終わりに、ハサミを研いで明日の準備をしたよ。明日の朝はすぐ仕事をはじめられるように。」「むかしの道具は、ひとつひとつ職人さんが手づくりしている。だから、修理もできるんだ。道具は使う人が手入れする。これが当たり前だったんだけどな。」

近くで様子を見ていた女性の方は「わたしは、布切りバサミ大切だから、家族に触らせないわ。今では、刃物は子供に危ないから触らないって言うけど、そうじゃなくて、刃物を落としたり、切れ味を悪くするから触らせなかったのよ。いつの間にか意味が変わってしまったのよ。」

ハサミ。切るためのモノ。文房具屋さんで買う。切れ味が悪くなったら捨てる。ぼくは、そういうハサミとの付き合い方をしてきた。コラージュで紙を切ったり、それなりにハサミを使うけれど、その程度の付き合い方しかしてなかった。だから、よく妻チフミに道具の使い方が悪いと注意されてきた。

f:id:norioishiwata:20180219202844j:plain道具。スマホ、パソコン、車、ノコギリ、丸ノコ、鑿、鉋、インパクト、筆。よく使うモノはこんなところだろうか。最近ようやく鑿を研げるようになった。自分で手入れすると、道具を大切にするようになる。なぜなら、それはお店では売っていない世界でだったひとつのモノへと変身するから。宝物。

壊れたらどうする?
毎日使う道具との接し方の影響力はとても大きい。手入れする習慣がなければ、やがて壊れる。直すという考え方がなければ、カスタマーセンターに持ち込むか、捨てるか、買い換えることになる。それしか方法を知らなければ、選択の余地はない。

思考は習慣化する。つまり、モノを手入れしたり直したりする発想がなければ、健康を意識したり、身体のメンテナンスをするという考え方さえも忘れてしまう。忘れているうちに消えてしまうのが文化だ。

 

「生きるための道具」

新たなコンセプトを発見した。何でも壊れたら、買い換えるのではなく、手入れして使う。直して使う。身体をメンテナンスして、食事も必要最低限にして、身の回りにあるモノを駆使する。人に親切にする。新しいモノよりも、何度でも不死鳥のように蘇る道具を手に入れる。大切にして自分だけの宝物にする。道具としての言葉。道具としての身体。道具としての家。道具としてのシリーズのバリエーションは増え続ける。それが豊かさ。なぜなら再生するから。不死鳥の如く。

アイディアの種は、至るところに落ちている。落ち穂拾い。そして、種を言葉にして、テキストとして蒔く。やがてアイディアの芽がでる。思考の畑を耕す。カルチャーの語源は、cultivate=耕す。道具をみつければ、それは永遠に使える。

(つづく)

 

生きるための芸術
サバイバルアート
生活芸術

檻之汰鷲(おりのたわし)

http://orinotawashi.com/

 

 

過去の延長に未来があるのではなく、望む未来のために過去を編集する。

音楽と過ごした1週間だった。金曜日に渋谷でライブをやり、満員の会場で爆発した。ぼくはNOINONEというパンクバンドをやっている。けれども、死ぬほど音痴なので歌わない。言葉を発している。それはラップだという人もいる。ぼくは、激しく動きながらメッセージを伝えている。

自分なりの音楽のやり方を
20年近く続けてみつけた。
ライブの瞬間のみ存在する
音楽の価値を発見した。

f:id:norioishiwata:20180216222652j:plainぼくが好きな音楽のルーツ、ブルースは奴隷として連れて来られた黒人たちが労働するときに歌ったことに由来する。働く苦痛を和らげるために歌った。人々を癒したブルースは、やがて録音され、レコードになり、商品として流通された。それがロックンロールとなって、いまでは、売れない音楽には存在価値がないとさえ思われるようになった。メジャーデビューできなければ、CDをリリースできなければ、音楽への夢は潰えてしまうことさえある。

しかし、音楽が必ずしも商品である必要はない。音楽は希望であり、明日を生きるチカラになる。特技もなく、不安で未来が見えなかった中学生のぼくは、ボブ・マーリーの「ノー・ウーマン・ノー・クライ」を聴いて泣いた。

everything gonna be alright
(大丈夫、すべてうまくいく)

 

ライブの帰り、涙が溢れた。
表現を受け止めて楽しんでくれる人がいることは、そこに商品価値がなくても、感動が生まれている証だった。きっとはじまりは、こうだったんだと思う。ぼくが尊敬する音楽家たちも、こうやって、立ち上がり、活動を続けたんだと思う。ボブ・ディランは「何千人のコンサートよりも50人に歌う方が気持ちが届く。」とインタビューで語っていた。


ぼくの活動のルーツは音楽にある。

価値がないモノに
価値を与えたい。
金塊を叩いて
彫刻をつくるより
路傍の石を磨いて
その美しさを讃えたい。

そもそも、ぼく自身、役に立たない人間だ。勉強もスポーツも音楽も美術も得意ではなかった。進路は、早くから見えなかった。だから、ロックに救われたんだと思う。ロックは弱者や敗者に希望を与えるアートだ。

ぼくはバンド活動をやりながら、作家を目指し文章を書いて、アート作品をつくるようになった。はじめたのは28歳。(詳しくは「生きるための芸術」を読んでくれ)。文章もアートも音楽も別々の活動だった。アート作品には、文章は必要ないと言われたこともある。「生きるための芸術」を自分で編集して、出版社に持ち込んだときも、芸術を文章で説明した本は出版できないと言われたりもした。


けれど、文章を書くことは、自分が進むべき未来を照らしてくれる。どんなアート作品をつくるべきなのか教えてくれる。ぼくにとって欠かせない生きるための技術になっている。

 

作家の先輩がメールでこう言った。
「過去があるから、未来があるんじゃないってことに気がついて」

はじめはピンと来なかった。

「過去ってのは過ぎていく出来事の連続でしかなくて、でも未来をつくるために、過去を編集しているんだ」

そう言われて理解できた。

文章を書くときには、残す価値のある言葉や想いや出来事だけが綴られる。そうやって歴史は編集されていく。まさに自分のなかにある言葉を記録し過去を編集して、その言葉たちが次の行動を決める。

誰もが自分を持っている。ほんとうは。向き合わないだけで。ぼくは、思いついたことをメモするようになってから、やりたいことがはっきり見えるようになった。このブログを書きながら気づいたことがある。

音楽も文章もアート作品も
どれも根っこはひとつで
ぼくには伝えたいことがある。
ただそれだけだ。


父から手紙が届いた。
ぼくの名前は「のりお」で、ひらがななのだけど、父が市役所に矩生という漢字で名前の届けを出したら、使えないと言われてしまったらしい。

矩は、老子の弟子、柏矩(はくく)に由来するという。柏矩のエピソードが書かれた父の手紙を読んで、自分がしていること、しようとしていることが、名前の由来に一致して驚いた。


なぜ音楽するのか
なぜアートをつくるのか
なぜ生きるのか

編集された歴史を
書き換えて
ルーツをみつけ
流されない杭になる

われわれは
どこからやってきて
どこへいくのか

everything gonna be alrightだ。
(大丈夫、すべてうまくいく)

 

(つづく)

「お前がお前を信じなくて誰がお前を信じる?」by SAFARI

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今日は音楽の話しがしたい。なぜなら、2月9日にライブをやるからだ。ぼくは、夢のない子供だった。小学一年のとき、将来何になりたいか、という作文で何も浮かばず、サラリーマンと書いたのを覚えている。

初めて体験したコンサートは、小室哲哉TMネットワーク中学生のとき。場所は忘れたけど、2階席で座って見てたけど、突然の衝動で立ち上がった!(周りは座っているけど笑) これが音楽の原体験だった。

高校生のとき、地元の友達に誘われて、先輩たちとクラブに行った。芝浦のGOLD。分けもわからず、隅のほうにいたけど、深夜2時くらいになって、フロアに出て踊った。カッコいいとか悪いとかなくて、みんな勝手に踊りを楽しんでいるんだ、と知った。

高校生の文化祭で、教室をライブハウスにして、ベースを友達から貰って、ついにバンドをやった。

16歳になった頃には、夢を持つようになった。音楽に携わって生きていきたいと思うようになった。それからいろんなライブハウスやクラブに遊びに行き、友達や先輩と出会い、その繋がりで、音楽を仕事にできるようになった。

10代から20代は、自分の夢ややりたいことを理解してもらえなかったし、叶えられるような場所もなかった。けれども、好きで仕方がないし、それ以外には考えられないから、ずっと音楽の傍にいた。想いは伝わる。願いはいつか叶う。

結局、高校の学園祭でやった音楽イベントが自分の仕事になって、バンドもCDをリリースして売っているわけじゃないけど続けてきた。28歳のとき、自分が交通事故に遇い、それとは別に親友のバンドのメンバーが死んだ。

ぼくには、伝えたいことがあった。けれども勇気がなかった。交通事故と親友の死をきっかけに「やりたいことをやりたい」その気持ちが、心の底から沸き上がってきた。

ぼくは、文章も書きたいし、絵も描きたかった。でも才能がないと諦めていた。いや、何もしていないうちから、才能がないと決めつけられていた。

ぼくの好きなパンクバンドSAFARIはこう歌う
お前がお前を信じなくて誰がお前を信じる?」


ぼくは、誰に頼まれることも評価もなく、バンドを続けて、文章を書き続けて、絵を描き続けた。それが売れるとかおカネになるとか、それよりも、表現したくて伝えたくて。

ほんとうは
誰もが可能性の塊なんだ。

ぼくのバンドは、ポップスじゃない。ぼくは、聴いたことないような音楽がつくりたかった。大好きな音楽を全部詰め込んだような。パンクロックでハードコアで、ヒップホップでダンスミュージックで、実験的なクラウトロックのようで、真っ直ぐな日本語の歌を。

今回のライブは、16年前に亡くなったメンバーの子供が、16歳になって、音楽好きになっていて、ぼくたちのバンドに参加する。そんな奇跡が起きた。普通じゃない音楽なのに、その子は、このバンドにぴったりのギターを奏でる。ちょうどぼくが、コンサートで、立ち上がったり、夜こっそりクラブに行った年頃の彼が。

大丈夫。ダメだとか、
できないという大人はたくさんいるけれど
それは、やったことがないからそう言うだけだ。
何歳になったって夢は叶えられる。
70歳から星の観測をはじめたひとだっている。

この地球という惑星のうえで
繰り広げられる回転と偶然のマジック。
種も仕掛けもない、ほんとうの魔法。
ぼくは、そういう偶然に巡り合うとき感動する。

 

クラブで踊って何が悪い。アンダーグラウンドは、ルールが曖昧だからこそ、いろんな実験や挑戦が繰り広げられている場所で、そこから文化が誕生する。いつだってカルチャーは、マイノリティーがつくる。それをマジョリティがビジネスにする。

浮気や不倫なんてどうでもいい。それより酷い状況が社会に蔓延しているじゃないか。そもそも、テレビやネットでのネガティブなニュースもどうでもいい。目の前にいる君やこれから出会う誰かと過ごす時間の方が重要だ。

世の中には、つまらないニュースばっかり溢れているけど、楽しい場所もある。よいニュースもある。

もし音楽に興味があるなら、2月9日の渋谷LUSHに遊びに来てほしい。驚くほど、最高の雰囲気のなか、素晴らしいバンドたちが、夢を叶えて音楽を演奏している。それを聴いているひとたちもまた、たくさんの夢を抱えて輝いている。

2018.2.9.Fri FALSETTOS 1st Album Release Party
@Shibuya LUSH
LIVE
NINJAS
NOINONE
Tropical Death
in the sun
sing on the pole
FALSETTOS
●OPEN 18:00 / START 18:30
●ADV 2000 / DOOR 2500 (+1D)

カミサマは怒っているのではなかった

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神さまの怒りで、家のなかに水が吹き出したのだろうか。自然に囲まれて暮らしていると、そんな不思議なことが起きる。今日、古民家の改修作業をしていると、師匠が「庭のヘノコ石を運ぶっぺ。」と3人の仲間たちと現れた。

このARIGATEEには、たくさんの石がコレクションされていて、男性器と女性器のカタチの石は、ちょっとした名物だった。それは、ヘノコ石とか陰陽石(いんようせき)と呼ばれていて、ヘノコは、男性器のことで、陰陽石は、夫婦岩のことで、古くは子宝や安産祈祷の神として崇められていた。師匠は、先祖からのモノだから、大切にするため神社に奉納することにしていた。なんでも神社にもヘノコ石があるらしい。神聖な石なので御神酒と塩で清めて、なかなかの重さなので、大人5人で、知恵とチカラを出し合って石をトラックの荷台に乗せた。御神酒は飲んだらいい、と置いていってくれた。

師匠たちが、石を運んでいったので酒を飲もうかと、部屋に戻ると、聞いたことのない音がする。シャーーー。なに?なに? よく見ると、台所から水が吹き出している。外国人ではないけど、オーマイゴッド!!慌てて、駆け寄ると、蛇口が破裂している。手で塞ぎながら「チフミーー!」と叫んだ。

「何ー?」と現れた嫁も状況をみて、驚いたものの、すぐにタオルをたくさん用意して蛇口に巻いた。天才的な迅速な対応にもかかわらず、それでも水は止まらない。漬け物樽を蛇口の下に置いて、溢れる水をなんとか溜めて家が濡れるのを防いだが、それでもすぐ溢れてくる。

「水の元栓を閉めるんだ!」と叫ぶもどこにあるのか分からない。パニックだ。せっかく改修した家が水浸しになってしまう。「これは、カミサマの怒りかもしれない!」ぼくがそう言うと「そんなこと言わないで!」と嫁チフミに怒られる。

水を止めたい。チフミが師匠に電話した。ぼくは、柄杓をみつけて、樽の水をバケツに移す。溜まったら外に捨てる。この繰り返しで、浸水は防げるようになった。頼みの師匠は、電話に出なかったので、ぼくが、水の元栓を探したが、まったく見当たらない。どうしよう、どうすればいいんだ、と焦っているうちに師匠からの折り返しの電話で「井戸の電源を落としてみろ」

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そうして、水は治った。ARIGATEEの生活水は、井戸から汲み上げていて、ここ数日の寒さで、凍って出なくなっていた。蛇口の水が凍って膨張して、亀裂をつくり、氷が解けて水が吹き出したようだった。井戸だから、水道局に問い合わせる訳にもいかず、自然と共に生きるなら、あらゆるトラブルは自己責任になることを学んだ。

 

しかし、水が吹き出すタイミングに驚かされた。なにせ100年以上同じ場所にあった石を動かしたら、水が吹き出したような話だ。事件の最中は、カミサマの怒りとも思ったけれども、事態が終息してみれば、逆に良かったとも思えてきた。

 

例えば、数日不在にしているときに水が吹き出していたら、もっと事態は最悪なことになっていた。それに、凍っていた井戸水を解かしてくれたと解釈することもできる

 

「女性器のカタチをした石を動かすと、水を出してくれる。」

そう言い伝えよう。

 

なにせ、水がなければ、人間は生きていけない。実際、水が出なくて困っていた。だから、この事件の数時間後には、ぼくたちがいるときに水のトラブルが起きてくれたことへ、また水の恵みに対して、感謝する気持ちになった。

そんなトラブルも乗り越えてみれば、愛おしいばかりの、毎日コツコツと改修している北茨城の古民家ギャラリーARIGATEEは、かなり面白い空間に仕上がってきた。この場所が、いろんな人に利用され、愛され成長することを願う。

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見えない星を求めて。現代の仙人に会った話

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仙人に会った。きっと、こんな体験をした昔の人は、そう呼んだのだと思う。仙人は炭焼き小屋の上に住んでいた。誰も行かない、小高い空に近い場所に家を建て、自作の天体望遠鏡で、超新星を観測していた。

ずっと遠くの未だに発見されていない星をみつけるために、大学や研究機関が何億円も出資してつくる装置を自作してしまった。何百万円で。仙人が北茨城のこの山に引っ越してきたのが70歳。それから12年、仙人は星を探してきた。

「星をみることは宇宙に行くこと。だから、地球を見ることにもなる。この部屋は、ヨーロッパからアフリカ、アジアに別れている。世界を見渡しながら生きている。わたしは日本という単位では生きていない。」

仙人の家は北茨城産の木材で建てられた自作のログハウスだった。ドアには、素敵なステンドグラスが嵌めてある。

仙人は、この2年ほどで自分史を完成さたらしい。まだ膨らませることができるけれど、とりあえず5000枚。それを国会図書館に収める。自分が生きた記録を後世に残すために。100年後でも200年後にも発掘されればこの時代を読み解く鍵になる。

仙人は言った。

「歴史は、勝者の記録。名もない庶民の生活は、歴史に残らない。だから、わたしは記録を残したい。」

仙人は、自作の天体望遠鏡をみせてくれ、こう教えてくれた。

「夜、空を見上げれば星がみえるだろ? その星のひとつひとつは、恒星で、つまり太陽と同じで、その周りには地球のような惑星が存在する可能性があるんだよ。そう、宇宙人なんて夢でも空想でもない。けれど、もう時間がない。大切なことは、継続することだ。エネルギーを費やし過ぎて、続かなかったら、やらないに等しい。だから、自分のペースで続けることが大切だ。」

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「わたしという存在は、数分で構成している分子が新しくなっているし、わたしたちは、話しをしながら、分子を交換しているんだ。いまもぼくの身体を宇宙線が貫いている。この見えない線が、細胞のどこかに衝突する。そういう可能性もある。その衝撃が、突然変異を起こす。その繰り返しで、人間は進化したんじゃないだろうかと思うんだ。けれども肉体は老いていく。だから、畑仕事をして健康を保っているよ。」

宇宙からDNA、孔子から禅、細胞の話から不老不死、イスラム教とキリスト教の攻防、スペインとモロッコ、日本とアメリカ、そして、社会へ庶民がどう参加するべきなのか。82年分の博識が披露され、ティータイムは終わった。まるで手塚治虫火の鳥に出てくるマサトのようだった。なぜ、星を観測する場所が北茨城だったのか尋ねると「岡山県に次いで日本で晴れの日が多い場所なんだよ。」と教えてくれた。北茨城の空が、夕焼けがいつも美しいのは、そういう理由だったんだ。生きている場所が悪いとか、魅力があるない、とかではなく、目の前にあること、起きていることを感じる心があるか。何をみて、何を聞いて、何を考えるか。82歳のとき、ぼくは何をしているのだろうか。人生がそれだけ続くなら、いまから何を始めても遅くない。

昼と夜が逆転する星を観測する生活が厳しくなってきた仙人は、手伝いと話し相手を必要としているようなので、春になったら仙人の天体望遠鏡で、宇宙を覗いてみようと思う。

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星が見えるだろうか。海は見えるだろうか。森はあるだろうか。

f:id:norioishiwata:20180122003634j:plain炭を焼いた。この1年くらい炭を焼いてみたいと思っていた。まず、炭焼き小屋が魅力的。粗末な屋根に土でつくられた窯。木をどうやって炭にするのかも知りたかった。

師匠に誘われて田んぼに木を切りに行った。田んぼが日陰になるので、切ってくれと頼まれたらしい。もう木を切れる人も少なくなっている。この自然が豊かな日本、これからどうなっていくのか。興味が湧いて止まらない。言葉より行動を。

f:id:norioishiwata:20180122003847j:plain木はチェンソーで切る。師匠は田んぼに倒れないように念入りに準備したけれど、結局田んぼに倒れてしまった。師匠は「自然はコントロールできないな。まるで人生だよ」と笑った。倒れた衝撃で折れて散った枝が、今年のお米の収穫に影響しては申し訳ないと思って、枝をできるだけ拾うことにした。そう思いながら作業した。

倒した木を運ぶのも骨の折れる作業だった。太い木は楔を打ち込んで割る。何回か割って運べるほどの重さにする。ここまでで1日の作業。それから数日後に、師匠から炭を焼く準備ができた、と連絡があった。

炭焼き窯には、前回焼いた炭が入っているので、それを取り出すことから作業がスタートした。かつて人々は、山の中に炭焼き小屋を建てながら、炭をつくって移動したらしい。木は、そのままでは重くて運べないけど、炭にすれば軽くなり、しかも燃焼効率もよく、煙も出ないから使い勝手がいい。かつて、炭焼きは山に暮らす人々の仕事のひとつだった。

f:id:norioishiwata:20180122004052j:plain一本の木を切り倒し、その木のあらゆる部位が、炭焼きの材になる。自然には、無駄も優劣もない。すべてが役目を持って生きている。枝の真っ直ぐな箇所は10cmほどに切られて、窯の地面に並べられる。敷き詰めた枝の隙間が空気の通り道になる。2日目は、窯に入るサイズに切られた材を、窯のなかに並べる作業をした。

その翌日。3日目は、いよいよ火を入れ。ぼくたちが参加した以外にも師匠は準備しているから、炭焼きとしては、全行程で10日ほどかかる。

師匠は、ぼくたちに、そのやり方を伝承するように、作業をしてくれる。けれども、肝心なところは、目に見えなくて、つまり、常に変わり続ける自然によるところで、それは師匠が積み重ねてきた経験によって判断されていた。

例えば、窯の入り口でつけた火がどうすれば、窯のなかに火が回ったと判断できるのか。それは時間では測れない。窯の中から黄色い煙が出てきたら、窯の入り口を塞ぐタイミングだと教えてくれた。

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f:id:norioishiwata:20180122004449j:plain窯を塞ぐのは、石と土。アフリカのザンビアで家づくりしたのとまったく同じ方法だった。歴史をずっと遡ると、生きるための技術は、人類に共通する原始に到達する。ぼくは、その到達点をいつも探している。なぜなら、そこにあるのは、分け隔てなく自然が与えてくれる、厳しくも愛に溢れた技術だから。望めば、誰もがその技術を使うことができる。

この日はお昼過ぎに作業が完了した。さらに4日後くらいに煙が紫色になったら、炭ができあがる、と教えてくれた。

てっきり師匠は、その前の世代から受け継いだノウハウで、炭焼きをやっているのかと思っていたけど、2011年から始めたそうだ。試行錯誤の連続で、いくつも失敗してやり方をみつけたそうだ。

師匠は教えてくれた。
「諦めないことだ。友達が半身不随になって、病院は回復しないと宣言したけど、彼は根性で歩けるようになったよ。可能か不可能かは本人次第。」


その日は早く終わったので、天体観測所を自力でつくった人に会いに行こう、と師匠が誘ってくれた。そのひとは、炭焼き小屋のすぐ上に住んでいて、まるで仙人だった。手塚治虫火の鳥に出てくる不老不死のマサトのようなそのひとは、開口一番こう言った。

「わたしは地球人です。日本という小さな世界で生きていない。9ヶ月で世界を一周するんです。」(つづく)

 

ハンバーガーを求めて森を彷徨う

f:id:norioishiwata:20180116231319j:plain東京へ行ったときのこと。考える。何がしたいのか。今日はバンドのリハーサルで東京に来た。ついでに髪の毛を切るために、原宿の美容室calmに来た。原宿駅を降りて、緩んだメガネを直そうとzoffに寄った。広告が目に付いた。"boston"。そうだバルセロナの友達から春にボストンのアートイベントに誘われていたんだ。手に取って掛けてみると、具合がよいから買うことにした。モノは突然壊れる。メガネは2つ持っていた方がいい。

ハンバーガーが食べたいと思って街を歩いたけれど、原宿にはハンバーガーショップが見当たらない。あるけれど、ひとつ1000円もする。ポテトも食べたいし、コーヒーも飲みたいし、全部注文したら2000円近くなるランチ。それって、どうなんだろう。街を歩けば欲しいモノが並んでいる。みんなが欲しくなるように仕組まれている。街を歩けば、広告の森に迷い込む。ぼくらは、欲しいモノを買うために働くのだろうか。

よくよく考えて「やっぱりこれだ!」ということなら、きっとそれは必要なんだと思う。服でもCDでもゲームでも靴でも娯楽や情報だとしても。モノを買う行為は、生産者を支える。世の中は循環している。

ぼくが原宿で髪の毛を切るのは、長年お世話になったお店があるから。zoffでメガネを買うのは、以前、代理店業をやらしてもらった縁があるから。もしも、自分と繋がりのあるところにお金を払って生きていくことができれば、世の中もっと楽しくなると思う。つまり、毎日顔合わせ、挨拶するもの同士で、経済活動できれば、顔の見える範囲のひとたちがハッピーになるだろう。

だから、循環という意味では、ぼくがファストフードでハンバーガーを食べるのは、身の回りをひとをハッピーにしていない。またぼくは、どんな材料で、誰がどのようにつくっているのか、そのハンバーガーがつくられるまでに犠牲になっている人はいないだろうか、心配になる。関わる人みんながハッピーだろうか。そんな風に考えてみるのも経済活動だ。おカネを増やすばかりが経済ではない。

f:id:norioishiwata:20180116231928j:plainぼくは北茨城に暮らしている。ここは山や森や海や田んぼ、畑が広がっている。そんな環境で、ぼくは作品をつくるという欲求を満たそうと、素材やアイデアをその環境の中に探している。街でハンバーガーを探すのと、同じ行動なのだけれど、2つの点で大きく異なる。

街にあるものは、ほとんどが商品か広告なので無断で、使用したり持ち出せば犯罪になる。イメージひとつにも著作権がある。自然は、無償で与えてくれる。(もちろん所有者はいるので取り放題ではない)自然は、とてもシンプルで、例えば、木は、そこに自然(じねん)している。そのことで犠牲になる人はいない。いや木が存在することで犠牲になる人もいるのか? むしろ、人間が自然に興味を持たなくなり、木が生存できない環境にしてしまえば、人類全体も存在しなくなる。ハンバーガーと森の木。ぼくたちが生きるためにどちらが必要なんだろうか。

英語の"nature"という言葉が輸入されるまで、日本には、いまの自然(しぜん)という概念はなかった。その前は、それぞれが、そこに自ら在る、自然(じねん)という概念だった。たぶん、人間と自然に区別がなかったのだと思う。人間も自然の一部だったのだ。なぜなら、木のように、自らそこに在る存在だった。

ぼくは「生きること」と「芸術」を直結させたい。いろいろやってきたけど、どうやら、これが好きらしい。つまり、ぼくにとって「人生」こそが、面白くワクワクして興奮が止まらない対象だと分かってきた。人間が生きるという訳の分からない現象を愛しているんだと思う。もし、芸術が生きることと無関係なら、人類にとっての想像と創造は何だったのか。「生きる」はなかなか、それ自体が目的にならず、さまざまなところに、付随してしまう。国家や家族や宗教、労働や会社やおカネ。それらすべては、人間が生きるために便宜上発明された制度のはずだ。恐らくすべては支配管理のためにつくられた。国家は国民を幸せにするためには機能していない。国家を運営するために機能している。経済は、人を幸せにするためには循環していない。経済というバケモノを肥大化させるシステムだ。ぼくたちは、いとも簡単にモノに隷属してしまう。インターネットが発達すれば、インターネットを利用して快適に生きるのではなく、インターネットに働かされてしまう。人は、うっかりすると経済のために、家のために、国家のために、信仰のために、生きてしまう。けれども、それが人間なのかもしれない。何かのために生きる動物なのかもしれない。だとするなら、何のために生きるのか、よくよく考えて、答えを出しみたい。もちろん、答えなんてないから、この道をぐるぐる回って生きるんだと思う。

ハンバーガーを食べなかったぼくは、小さな喫茶店でパスタを食べて、食後のコーヒーを飲みながら、こんなことを考えた。

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生活芸術家
コラージュアーティスト
檻之汰鷲(おりのたわし)

http://orinotawashi.com/