Doing art is to create daily life/日々をつくる芸術について

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(日本語は下)

To create daily life. human being have pioneered their living and  create it in the nature.they cultivate land,built a house,grow plants,make foods,created life environment in the nature.

In contemporary society,it is prepared living situation so we can live without pioneering in the nature.

It is provided as product and service,If you have so much money,you can pass comfortable life. If you don't much money,you have to put up with leftovers of rich people.

In these 100 years,our lives were changed,now old times people's way of living is not have values. but is it proof that there is no value in like old times people's way of life?

Even if it does not prodeuce them as products and service,it might have another values.

Recently,camping is very popular and camping gears are good sales. that is,it is very popular to play in the nature. we can imagine that on e step ahead,not only play,we can choose to live in the nature.

If we live in the nature,we can get everything without money. there is not exist money economy in this area. in other words we can get everything by zero price.

For example to climb nobody have interesting and unknown lower mountains are more wild than to climb famous maintained mountains. In the true sense,to do camping such situation is to pass a time with nature.

For example a sea by no introducing magazine or website does not visit anybody. the sea is visited by only local people. the sea will be like luxury place like a private beach.

I would like to practice like that about daily life. For example a vacant house to not be able to sale as real estate,a land which nobody do not want to cultivate field,an environment which is not able to live without preparing,such place were leaved a lot in Japan.

But the land belong someone. He might have worried about unusable and no value asset. he have worried about it so long time then He might quit to think about it.

100 years ago to own land was success of life. To own field for growing foods was to independent. these which anybody wants were simbol as wealth. although these are lost a value and left over now. in this mean if you don't slective about conditions,you can get easier a house,a field,a land now.

I have practiced to remix my own living environment for these 5 years.

to find a vacant house as possible without spending money,to grow vegitables at Abandoned farmland. still There is still something I can do.

I would like to produce like need to live now by my hand without buying.

I named that idea "living art".

I have not  needed to worry about a house. generally  if there are a roof,floor,wall,a house can be useful as shelter. I have started to grow vegitables,potato,tomato,musterd spinach,green pepper,Macrophyll,basil. these are not easy.

I practice to cultivate field about a book "Wind, Sand and Star"(Saint-Exupéry)of begining sentence.

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The land teach us about the human more than to read 10000 books. Because human is to resist to the land. For the first time when the human fight against a hurdle,they perform one's full potential. Only natural,tools is nessesaly to conquest the hurdle for the human.

they need a plow and need a plane.

in the result,while a farmer cultivates the land,they little by little quests a natural mystic.

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my practices so many times failed but vegitables which from cultivation my field are lovely and delicious than buying them from any supermarkets. when I find overflowing love from a daily life,I feel happy.

I'm a married couple artists who make artworks with wife. our doing art might be not modern art. but to view from history of human being,I beleive to think deeply about "how to live",practice,write about it,to express as painting or statue,is true nature of art.

 


生活をつくること。人間は、自然を切り拓き生活をつくってきた。大地を開拓し、家を建て、植物を栽培し、食料をつくり、自然の中に生活圏をつくってきた。

現代の社会では、生活を作らなくても生活できる環境が用意されている。それは商品とサービスとして提供され、お金があるほど、快適な生活を送ることができる。お金がなければ、お金がある人々が欲しいと思わない条件の悪い残り物を受け入れるしかない。

この100年の間にわたしたちの生活の質は変わり、かつての人々がしてきたような暮らしは、商品やサービスとして提供するだけの価値がなくなってしまった。それは、かつての暮らしには商品価値がないということなのだろうか。

商品やサービスにならないから価値がないわけでもない。最近ではキャンプ場が大人気で、アウトドアグッズも売れまくっている。

つまり、自然の中で遊ぶことが、レジャーとして人気を集めている。その先に進んでみるなら、遊ぶだけでなく、自然と向き合って生きてみるという、スケールの大きい選択もあり得る。

もし自然のなかに暮らしてみるなら、そこにあるモノコトは、商品やサービスとして提供されない、自然そのものだから、経済圏が存在しない。つまりゼロ円で手に入れることができる。

例えば、誰も興味を持たない、名前もないような低山を登ることは、人気があって登山道が整備された山を登ることより、もっとワイルドな冒険になる。そこでキャンプをすることは、ほんとうの意味で自然と共に過ごすことになる。

例えば、雑誌にもインターネットでも紹介されない海は、地元の人以外は訪れない。そういう場所で、海遊びをすれば、まるでプライベートビーチのように贅沢な空間になる。

ぼくは、そのような試みを生活についてやろうとしている。

不動産として流通しない空き家や、整地しなければ暮らせないような環境、誰も使う人がいない畑は、現代の日本には、大量に放置されている。

とは言え、持ち主はいる。持ち主は、使えもしない価値のない資産に困っている。困り果てて見ないフリをしている。もしかしたら、もう考えることさえ、嫌になっているかもしれない。

100年前であれば、土地を持つことは、人生の成功を手に入れた証でもあった。食べ物を手に入れるための自分の畑を持つことは、独立して生きていくための一歩だった。それらは、誰もが欲する豊かさの象徴だった。けれども、それらは、いまの時代では、放置されている。つまり、今は畑も土地も家も手に入れることができる。場所さえ選ばなければ。

この5年間、ぼくが取り組んできたのが「生活をつくる」ことだ。できるだけお金を掛けないで、住む場所をみつける、空いている土地で野菜をつくる、まだやりたいことはある。生活に必要なものを自分の手で作り出したい。その理想を「生活芸術」と呼んでいる。

家については、空き家を改修できるようになったので、もう不安はなくなった。家は、屋根と壁と床があれば、それで何とかなる。昨年からは、野菜を作るようになった。これが難しい。ジャガイモ、ナス、トマト、小松菜、ピーマン、ししとう、大葉、バジルを作っている。

ぼくは、畑をやりながら、サン=テグジュペリの「人間の大地」の冒頭に書いてあることを実践している。

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ぼくら人間について、大地が、万巻の書よりも多くを教える。理由は、大地が人間に抵抗するがためだ。人間というのは、障害物に対して戦う場合に、はじめて実力を発揮するものなのだ。もっとも障害物を征服するには、人間に、道具が必要だ。人間には、鉋が必要だったり、鋤が必要だったりする。農夫は、耕作しているあいだに、いつかすこしずつ自然の神秘を探っている結果になる。

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ぼくの実践は、失敗ばかりだけれど、自分が耕した土地から採れた野菜は、どんなお店で買った野菜より美味しいし愛おしい。生活の中で、愛する気持ちが湧いてくる瞬間に、ぼくは幸せを感じる。

ぼくは芸術家だ。妻と一緒に作品をつくる夫婦の芸術家。していることは、現代での芸術ではないかもしれないけれど、人類の歴史から眺めて見れば「生きること」について深く考え、実践し、そのことについて文章を書き、絵画や立体や、さまざまな手法で表現し、伝えていくことこそが、芸術の本質だと信じている。

Across the boader/観客であることを止めるために。SNSを覗きたくなったら、英文を書くことにした。国境を越えて生きるために。

(日本文は下)

"I'm Japanese" .It's concept produce nationalism. they wanna be spokesman of nation. they do not afraid conflict. rather they would like to separate between us and them and discriminate.

This phenomenon prove that a nation crafty suppress and dominate people. To insist that people are excellent and examplary censor by themselves.

It's a result that spectator was produced by control of social system. Naturally people were not spectator. They live each own life by themselves. In that mean people were main charactor in thier life. The spectator cause sometimes irresponsible violence.

For example fanatic spectators watching football attack enemy team. sometimes it expand to spectators fight enemy team's fan. Although in the case of football is just sports, but If it is between nation conflict,it might expand to war.

Develop of SNS produce so many spectators. it cause anonymous violent.

It is very horrible situation. people don't help each other,rather they create enemy hate and attack. It is not sports or game.

Unfortunately Japanese social structure create this situation. Especially government launch a policy like a hate feeling to neighbor countries.

like this,It is phenomenon that people speak for a nation, and they create enemy by themselves are incited by government, people react like hystelic about hypothetical enemy. this is very dengerous situation.

"I'm a Japanese" . this is not related with feeling to attack neighbors. I think such feeling is no exist as individuals. why do we have to hate neighbors?

National border is just temporary line. Nobody want war, but dominating and controlling anonymous feeling is transforming by authority.

Important point is that nation is just address and aggregation of individuals  have expanded to no more than family, local, town, city, prefecture or state and nation. If we were only a part of nation, we can't go over the line and can't see next peaceful world.

we should realize If we identify personality by nationality or have disgust, it is very dangerous behavior. human being have repeated this error. So please stop classify personality by nationality.

Here is terrible documentary. offf course such human error is not only this in our history. Already Japanese people might be going to step on here.

https://youtu.be/SVnOGsJY5RQ

 

訳)
日本人であるという考え方が、国家を代弁する国民を生み出している。

彼らは、国家の代弁者として、国益や国境を強調する。近隣国との衝突も辞さない。むしろ、積極的に区別し、ときには差別さえする。

それは国家が国民を極度に抑えつけコントロールしている現れである。模範的かつ優秀な国民であることを主張するために自ら検閲する。

それは、観客的な視点が固定してしまった結果でもある。本来、観客などいなかった。人は、そのそれぞれの人生を生きているだけだった。その意味で、すべての人が主役だった。

観客は時に無責任な暴力を引き起こす。例えば、サッカーを観戦する熱狂的なファンは、敵チームを攻撃する。時には敵チームのファンとの争いにさえ発展する。サッカーであればスポーツだけれども、これが国家間の衝突であれば、戦争へと拡大する可能性もある。

SNSの発達は、たくさんの観客を作り出し、それが無責任な感情として爆発させてしまう。それはとても恐ろしいこと。国民同士が助け合うのではなく、敵を作り出し、憎み、攻撃する。これはスポーツでもゲームでもない。

残念ながら、日本の社会構造がこれを生み出している。特に政府は、近隣国への憎しみを増長させるような政策を打ち出している。

このように国家を代弁する国民が表出する現象、国民が自ら、率先して国家を代弁して、敵をつくることが、あたかも国民が望んでいるかのように誘導され、国民がヒステリックにアレルギーのように反応してしまうことは、ほんとうに危険な状況だ。

日本人であることと、近隣国を攻撃する感情は関係ない。そんな感情は、個人レベルでは存在しない。どうしてわたしたちが隣人を嫌悪する理由があるのか。国境は単なる便宜的な境界線でしかない。誰も争いを望んでいないはずなのに、支配、コントロールされた匿名の感情が、日本を変質させている。

大切なことは、国とはアドレスに過ぎないということだ。大切なことは、個人の集合体が、家族、地域、町、県や都市、国というように拡大していくだけで、ぼくたち自身が国家の一部になってしまえば、次の平和的な世界に踏み出すことができない。

もし国で人間性を判断したり、嫌悪を持っているなら、それが危険な振る舞いだと気がついて欲しい。人間は、ずっとこの誤ちを繰り返してきたのだから。どうか、国で人間を分類することをやめて欲しい。

ここに恐ろしい虐殺のドキュメントがある。もう日本人も、この映像が訴える危険に足を踏み入れているかもしれない。

https://youtu.be/XqSxVedhnAg

夏が来て海に飛び込みたい。毎日、海で遊びたい。

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夏が来た。夏が好き過ぎて、何も手につかない。むしろ、好きなことに没頭できるライフスタイルを送りたくて、これまでYES/NOを選択してきた。例えば、時間を売り渡すような働き方はNO。毎日遊んでるように働くのはYES。それだったら休日もいらない。夏が来たら、子供のように海と戯れたい。太陽の陽射しを浴びて暑くなったら、海に飛び込みたい。

朝が待ち遠しくて夜の10時には寝ている。朝5時には起きる。波情報のアプリをチェックして、南風だったらサーフボードをクルマに乗せて海に行く。ところが今日は、波がなかった。ほとんど。静かな海だった。眺めていると、水面に反射した光が星のように輝いている。ランダムに輝きながら空と海の水平線の果てまでピカピしている。

夏の海を存分に楽しむためにカヌーを作った。けれど北茨城の海は太平洋からの波が直接届くので荒くてカヌーに乗れる日が少ないから、サーフィンを始めたのが去年。つまり、今日は最高のカヌー日和だった。海は美しく、そこにいるだけで感動だった。

家に戻って妻のチフミに「波がなくて海が綺麗だからカヌー乗るよ。」と声を掛けて、カヌーをクルマに積んで、長浜海岸に戻った。10分ほどの距離。クルマからカヌーを下ろして、担いでいつもの船出するポイントに向かった。ところが、船出するポイントが、どういう理由なのかテトラポットと石で塞がれている。どうやっても、カヌーを担いで海にアプローチできなくなってしまった。

海と遊びたいだけなのに。海に近づくことができない。船出するポイントが塞がれたのには何か理由があってのことだろうけど、こうやって人間は自然から離れていく。例えば「危ない」という理由で。いつだって自然は危ない。その不安定な状況を好転させて、自然環境を利用して人間は生きてきた。カヌーは海の上を生活圏に変えてきた舟という文化を体験できる遊びなのに。

北茨城にもかつてはたくさんの海岸があった。東日本大震災を経て海はカタチを変え、自然を恐れた人間は、海の猛威を防ぐための壁を作った。高い壁を。壁は人間の日常から海を切り離す。カヌーのポイントがなくなったのは、ひとつの小さな変化に過ぎないけれど、すぐ近くにある海は、そうやって遠い存在になっていく。

仕事をしないと生きていけない。お金を得るために。お金がないと生きていけない社会構造になっている。だから働かなければならない。けれども人間の歴史のかなりの長い時期は、自然から生きていくための糧を得ていた。むしろある程度、自給しなければ生きていけなかった。

ぼくは自分のライフスタイルを作りたいと考えて、アート活動をしてきた。それは自然と向き合う活動でもある。海と遊ぶのも自然と人間の境界線を再定義する目的もある。

自分の人生だ。何も我慢する必要もないし、できないと諦める必要もない。ライフスタイルを作るために、いろんな国の人々の生き方や昔の人の暮らしを参考にしてきた。その多くは、自然の恵みを最大限に引き出すようなやり方だ。

夏が来て、海が綺麗だから毎日海に入りたい、なんてバカな考えかもしれない。けれども、全身で海を堪能することに感動がある。何より自由がある。

繊細で複雑な時代だから、いろんなことが試せるし答えになる。直感でやってみるしかなくて、その代わりに全力で楽しめば、貨幣経済とは別の価値を発見できる。

ぼくは、アートを仕事にしているから絵を描かないと不安になる。自分で生活芸術というコンセプトをつくり、生活をつくることが芸術だと言い続けているけど、もちろんそれを信じているけれど、まだ社会にはそんなジャンルも思想もない訳だから、ぼくの空想に過ぎないのも事実だ。その未だ存在しない空想のジャンルを行動し創造に変えることこそが、アートで、アートが誕生する瞬間は、日々の生活の中にある。何をきっかけに生まれるか分からない。とにかく生まれる瞬間をキャッチするために頭と心をオープンにしておく。

アートは、美術館やギャラリーにもあるけれど、そこではアートは生まれない。生活の中でアートは生まれ、美術館やギャラリーで鑑賞される。だから、野性のままのアートは、作家の日常の中にある。もちろん、それを目撃できる機会は希少だから美術館やギャラリーという施設が機能する。美術館やギャラリーを否定も批判もしないけれど、アートは作家の日常から生まれることは事実だ。

だから、絵を描いている/描いていない、そんなことを気にしてしまうなら、海に飛び込んだ方がいい。海中の景色を堪能すればいい。その経験からアートが生まれる。夏の間は、こんな感じ。つまり、潜っていたい。春も秋も冬も好きだから大丈夫。過ごし方がそれぞれ違う。

自分の人生を、自分のアートを作ろうと思う。もっともっと理想の景色を求めて日々を積み重ねようと思う。いまいる場所を確認するためにもこうして文章を書きながら。

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脱国家の可能性。檻のような社会から大空を自由に飛ぶ鷲になること。

時代は刻々と変わっていく中で、人は社会に翻弄されながら生きている。社会とは何だろうか。表面的には、ぼくらを助けるような構造だと受け止めるけれど、その本質はもっと別のところにある。ぼくはそれを知るために生活を軸にした芸術に取り組んでいる。なぜなら、人間は自然の中から現れたから。自然の中で、命を永らえるための活動をしてきて、それが「生活」と名付けられている。人類は歴史の早い段階で、自然の中から生存するに足りるだけの糧を手に入れられるようになった。けれども、その目的はとっくに達成されているにも関わらず欲望に支配され、人間が人間を苦しめる社会という構造を作ってしまった。社会は、夫婦、家族、地域、町、県や都市、国へと拡大していく。

国家は、人間が人間らしく生きるための環境を整える機関のようなフリをして、やはり今も人間を支配管理するために機能している。それは国という現象が持つ性質なのかもしれない。

 

今回の参議院選挙は、日本という国家の構造を浮き彫りにした。改憲をして戦争が必要であるかのような誘導や、消費税を8%から10%に上げる必要性があるかのように喧伝されているけれども、そもそも、国境を隔てて人間が分けられること自体、あまりにも暴力的な発想でまるで進歩がない。消費税も、そもそも、一人ひとりが人間らしく快適に暮らす社会構造を目指すのであれば、負担を減らしていくような、まったく別の方向に議論が進展するはずで、それよりも、経済活動が優先され、お金を際限無く産み出すための機関として、国家も国民も働き続けることを強要されてしまっている。

なぜ働くのか。ぼくらはこのことについて、もっと考えを巡らせなければならない。なぜ、利益を上げる必要があるのか。その利益は誰のためにあるのか。こうやって追及していけば、ピラミッド型の頂点へと利益が吸収されていく構造がはっきりと見えてくる。

社長は、社員よりも裕福で、首相は国民よりも裕福で、朝から晩まで働く人は、働けど働けど一向に暮らしは豊かにならない。働いて得たお金は、日々生きるために消費されてしまう。いや、生きるためではなく、社会構造を維持するために吸い上げられてしまう。

例えば、家賃。マンションやアパートに暮らして、どんどん建物は老朽化するのに家賃は安くならない。古くなっていくのに。それどころか値上げすることさえある。物価が上昇したからという理由で。物価が上がれば給料が上がり、土地の値段も高くなり、それでもピラミッドが大きくなるだけで、構造は変わらない。働いてお金を得るために人生の意味や目的など考える余裕すらない。もしくは、お金が手に入れば、よりよいものを手に入れるために消費する。もしくは、投資してもっとお金を増やす。困っている人へ差し伸べる手は永遠に出てこない。これが当たり前の社会だとして、ぼくらはこの檻の中で、生きている。被害者であり当事者である。果たして、こんな社会構造をずっと続けていてよいのだろうか。お金さえ増えれば、海も山も森も、破壊されていいのだろうか。お金があれば、食べ物を大地から生産しなくて良いのだろうか。正気だろうか。自然がなくなれば人間は死滅する。自分たちが、生きていく環境を自ら破壊して、経済のためだと刻々と悪化させている。あまりにもたくさんの大切なことを見ないフリをして生きている。

ぼくは、この構造の外へ踏み出したかった。違和感がずっとあった。アニメや漫画、映画や文学や音楽、芸術が伝えきたメッセージを東日本大震災を経て確信した。自分自身が変わらなければ、永遠にこのシステムから出ることはできないと。

 

想像してみることだ。どんな暮らしなら、誰も傷つけることなく、欲望を膨らませることなく、助け合い、自然と共に生きていけるのか。理想は夢物語なのだろうか。ピカソは言っている。「思いついたことはできる。思いつかないことはできない」この名言に倣うなら、誰かに期待しているうちは、理想を実現できない。期待はしない。期待はいらない。この世界は、この世界とは、自分の目を通して見ることで、自分の目を閉じてしまえば、自分の世界も閉じてしまう。お休みは夜もしくは死を意味する。この目を通して見る世界を作家のカートヴォガネットは「穴」と表現した。死ぬとき世界を覗く穴は閉じる。

自分が覗く穴から見た世界を理想に近づけていく。そういう遊びを「アート」ですと言って、手当たり次第、生活に関することを芸術に見立てている。つまり、生きることこそが芸術だと宣言している。ぼくらには人生をつくる自由がある。なぜなら、これだけ発達した時代、例えば100年前に比べて、ひとりの人間がやれることは格段に増えた。僅かなお金で食料も手に入る。情報だって世界中の至るところへアクセスできるし、太古の様子から少し未来の可能性まで知ることができる。それだけの超能力を持っている。100年前に比べれば。ところが、ぼくたちはその能力を駆使することなくイタズラに時間とチャンスを消費している。

ぼくたちは、国家が用意する安心安全とされる檻の中で遊ばさせられている。国家は、人間を管理するためにそもそも存在している。人間は人間が作ったものに支配される性質がある。平地の稲作農業は、まさに人間を定住させ管理するために発達してきた。けれど、平地以外にも人間はいた。森の中や険しい山の中にも。その人々は、国家の管理から逃れ生きていた。

それが遊牧民やジプシー、放浪者たち。もしくは、未開民族と呼ばれる人々だった。彼らは、遅れているのではなく、自ら原始的なライフスタイルを選択していた。敢えて文字を使わなかった。自由のために。国家は、管理されない人々を蔑み、卑しい人間として扱った。自分たちの利益にならないどころか、反抗・抵抗・逃走するのだから。

「ゾミア-脱国家の世界史」と題された本は、その管理されてこなかった人々が生きてきた領域を、歴史に記録されてこなかった、歴史からすっぽり抜け落ちている自由へ逃走した人々の様子を伝えている。原題は”The Art of Not Being Governed”=統治されない技術。歴史は編纂されている。勝者たちによって。負けた人々や弱者の思想や言葉は歴史には描かれない。つまり、歴史とは真逆のユートピアが存在する。

例えば、江戸を倒幕した明治政府の歴史とは真逆に、江戸時代はユートピアだったと伝える説もある。鎖国しているから敵はなく、国内は統一され、だからこそ江戸時代には独自の文化が花開いていた、と。

だとして例えば、2019年の今現在。あらゆる状況を逆手に取り、マイナスとプラスを反転させながら、独りよがりの欲望に溺れないように快適な暮らしをデザインすることができるんじゃないだろうか。何のためにいくらお金が必要なのか。考えてみる。考えることは1円もかからない。インターネットもテレビも切断して、自分の世界を開拓する。逃走もせず、反対も抵抗もせず、静かに自分の生活をつくる。

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これはぼくが使っている生活芸術のフィールドマップ。社会の反対側には自然があり、貨幣の反対側には採取がある。スーパーマーケットで食べ物を買う代わりに自然から採取すればいい。例えば、借り手がいないボロボロの空き家は社会採取できる。社会の価値から零れ落ちて自然に限りなく接している。そういうモノコトは貨幣を使わずに採取できる。

このやり方でどんなライフスタイルを描くことができるのか。自然と採取の側では、自分で考えて行動すれば、搾取も消費もない。むしろマイナスをプラスにする生産へと転換する。いま準備と実践を繰り返している。あと二、三年、この実験を続けて本にしたい。生きるための芸術第3巻。三部作の完結編。

 

ぼくは妻と二人でひとつの人格、檻之汰鷲(おりのたわし)だ。檻之汰鷲とは、檻の中のようなこの社会から、アートのチカラで大空を自由に飛ぶ鷲になることをメッセージする。

参考文献:
ゾミア―― 脱国家の世界史
「生きるための芸術 40歳を前に退職。夫婦、アートで生きていけるのか」
「漂流夫婦、空き家暮らしで野生に帰る。生きるための芸術2」

自由になるにはまず家から解放されて

アトリエにしている古民家には暮らせないことが決まった。北茨城市に引き続き暮らそうと考えているので、家を探すことになった。2014年からずっと家から家へと転々として8軒の家を改修したり片付けたり暮らしたりしてきた。

「家」とは何だろうか。快適な家、不便な家、高級な家、貧しい家。いろいろある。ぼくにとって家は、雨風や寒さから身を守るシェルターだ。だから、屋根と床と壁があればいい。それから水、トイレ、電気。都心から離れれば、いくらでも家は安く借りられる。ぼくは家賃を安くするために地方に暮らすようになった。世界の基準からすれば日本の価値観はあまりに偏っていて、もう充分に幸せになる環境は整っているのに、そこに手や足を出せないようになっている。そこに踏み込むことは、決して怠け者なんかじゃない。もっと楽に生きても大丈夫なのに。

アトリエのある揚枝方は、自然に溢れた里山で、何もないけれど、自然のなかで人間が生きてきた場所で、その環境が何も発展しないまま時間が止まっている。昭和のまま。それが心地よいとか美しいと感じている。

ただ一箇所だけ、地域の人もぼくも見えないフリをしている場所がある。荒れ地で産廃が山になって廃墟のような倉庫とプレハブがあって周りには草が生い茂っている。ここは美しくない。人間が汚した場所で、手を出したくない負の遺産だ。

もし、ここに居住空間を作れば、汚ない場所を美しくできると閃いた。イメージできることは実現できる。この地域にとってマイナスな場所をプラスに転換させることにした。持ち主は仲良くさせてもらっている地域のおばあちゃん、スミちゃんなので即オッケーしてくれた。

 

5月の末から、草刈りをして、ゴミを片付けて、ツルハシで産廃の山を崩して整地して、それでも人力では限界を感じて、ユンボの免許を取りに行ったけれど、個人へのリースはどこもやってなくて、サーフィンで知り合った地元のてつくんが、ユンボを出してくれることになって今日、ユンボがやってきた。

整地できたら、いよいよ部屋をつくる。その前に雨漏りしている屋根を修理する。雨漏りは、家を劣化させるので早めに対処しておきたい。倉庫の屋根も半壊しているから直しておきたい。

家を自分で直せると、住居という悩みから解放される。こんな自由なことはない。家賃の心配がない。ボロボロで、ひとが利用できない場所を使えるように、つまりマイナスをプラスに転換できれば、競争相手もいないし、おまけに仕事にもなる。

廃墟の再生は、いろんな人が興味を持ってくれる。こんな場所に暮らすのか?と驚いたり、夢があると言ってくれたり、建具屋さんが、使わない新品の建具を持ってきてくれたり。テレビや雑誌の取材が来たりしている。

 

この広がり方に資本主義ではない経済の種がある。なぜなら、この場所を再生しても、高級住宅にもならないし、家賃収入を得られるものでもない。損得で考えれば、損する場所でしかなくて、1円にもならないことに時間を費やし、まるで不便で貧しい家を作ろうとしているのだから。けれども、この行為のなかに人の心を動かす何かがある。経済価値で測れば、経済効果はないし、ビジネス目線で人が動くようなことでもないし、そういう現代社会の仕組みから零れ落ちたところにまだ、言葉にならない活動するべき領域が広がっている。損と書いたけれど、貨幣に換算されるのとは別の所得、つまり「信用」がここに生まれている。

いま参院選の山場を迎えているけれど、もちろん選挙に行って未来を選択することは重要だけれど、それ以上に、選挙が終わってからも、今感じていることを日々の生活のなかで実践していくしかなくて、経済の競争に巻き込まれてしまえば、ぼくたちはノーと言えなくなってしまう。「信用」よりも「お金」を選択する奴隷になってしまう。前回の記事に、貨幣経済のはじまりは「余剰」だと書いた。「余剰」は食べ物でも時間でもお金でも、どれでもいい。そのどれでも、余剰があればぼくらは豊かになれる。その余剰をツールとして使うアイディアと技術があれば。

それには、あらゆることから距離を自由に取れる、自立したライフスタイルを目指したい。お金をやるから言うことを聞けという強制に対してノーと言える自由を手に入れるには、お金以外の余剰があれば抵抗できる。働かなければ時間がある。その余剰が自立のはじまりになる。労働しない代わりにに手に入れた時間を消費してマーケットに差し出すのではなく、自立するためのひとり作戦会議に費やす。お金のかからないやり方を模索する。

 

ハキムベイという作家は、あらゆるところから距離を取るようなやり方を一時的自立ゾーン=「T.A.Z.」と名付けた。つまり、中心に向かって競争の山を登るのではなく、辺境を歩きながら、いくもの領域に接触しながら、生きていくことだとぼくは、その言葉の意味を解釈している。

例えば、ある社会問題に関わるとして、空き家再生をしてます、と名乗りその専門家になってしまえば、それでビジネスを展開して結局のところ、お金がなくて困っている人を助けることができなくなる。空き家で年商何億という見出しで評価されてしまう。

これはいろんな領域で言えることで、音楽をやってます、と言ってメジャーデビューを目指してやってます、みたいな形式だけをなぞっても、産業化される音楽が誰の心を救うのだろうか、と訊きたくなる。その音を聴く前に。または、絵を描きます、と言って何千万円で売れましたとか、いいねが100つきました、とかいうような、その行為自体の意義が、数とか貨幣的な価値にすり替わっていることに興味が湧かなくて、むしろ、その薄っぺらい表面的な価値観の向こう側にある創造の源泉に言葉を持ち込んでみたくて、これを書いている。

ぼくは絵を描くけれども、アート業界のピラミッドを登りたいとは思わない。その山を登る努力をするなら、アート業界と気まぐれに接触するT.A.Z.を目指したい。つまり、ときには大工、ときには農家、ときには音楽家、ときにはサーフィンをやって、ときには文筆家で。つまり、これは去年読んだ本「ゾミア」に繋げそうな話になってきた。

ぼくらは同じ時間軸を進んでいる。時差は多少あっても、誰もがこの時代の最先端を生きている。未来からやってきた人はいない。だから、もっともっとという欲望から解放されれば、何か新しい生き方をつくれるんではないか、という可能性について、話しを続けてみたい。それがぼくの考える生活芸術というものでもあるから。

(続く)

次の時代の新しい世界の話をしよう。

改めて大切なことは何か、と考えた。きっかけは「父が娘に語る経済の話。」という本だった。妻チフミの実家に行ったらお義父さんの本棚にあったので読んでみた。作者は、ヤニス・バルファキスというギリシャ財務大臣をしていた人で、ギリシャ経済破綻の経験を踏まえて書かれている。

 

経済についての説明は難しい。ぼく自身も何がどうなって、お金が回っているのか、その仕組みを語ることはできないし、そこまで問い詰めないままにしてしまっている。その点で、この本はとても分かり易く、専門用語を使わずに経済とは何かを教えてくれた。

経済のはじまりは「余剰」だった。狩猟採取の時代のあと、蓄えを持つようになったことをきっかけに交換経済が発生した。蓄えを必要としたのは、一年中食べ物が獲れないような場所だった。何かが不足する場所の方が発展することは歴史が証明している。

交換経済は、あるものをないところに届けることで、お互いの不足を補完してより生きていきやすい環境を作り出した。つまり不足を感じない場所は自己完結して発展しなかった。

不足を埋めるための「余剰」を持つことが豊かさの始まりだった。余剰には管理が必要になった。「余剰」を管理するために、数と言葉が生まれ、支配する者と支配される者に分け隔てられた。余剰をより多く持つために掠奪が生まれた。戦争のはじまりだ。争いに敗れた者は、自由のない奴隷にされた。そうやって国家が生まれた。

 

何千年も前に、現在の社会の基礎は出来上がった。残念ながら、社会がいくら発展しても、人間の性質は変わらなかった。だから、かつての単純な社会構造に自分を位置づけてみれば、自分が何者なのかわかる。ぼくはどう足掻いても労働者か奴隷の身分だろう。かつての時代と違うのは、いまが資本主義の社会で、表面上は身分差はなく、やり方次第では、成功できる可能性があるところだ。

資本主義社会での成功とは、貨幣価値をできるだけ多く獲得して、支配者側に接近することを意味している。

 

資本主義の起こりは、産業革命だとされている。イギリスは国土が狭く、気候も悪く、おまけに家をつくるために、寒さをしのぐ薪のために国内の森林をほとんど伐採してしまった。そこで代用されたのか石炭だった。石炭を運ぶために道が整備され、蒸気機関が発明され、どん詰まりだったイギリスから産業革命が起こった。機械化され量産が可能になった羊毛は、世界各地に輸出され、交換を重ねて、わらしべ長者のように高価な香辛料になって戻ってきた。

農業を営んでいた地主は、農業をやめて、羊を飼育し始めたり、工場経営へと転向した。そして大勢の行き場のない人々が現れた。小作人という身分がなくなってしまった。その代わりに、借金をして、身を立てる者も現れた。成功すれば、経営者になれるチャンスだった。それは利息というお金がお金を生み出す仕組みのはじまりでもあった。銀行はお金を貸して、利息を取ってお金を増やした。

経営者は、労働者を安い賃金で雇いたい。けれども、安い賃金では、労働者の消費が冷える。労働者が買い物をしなければ、経営者が生産するものが売れない。

国家は、国内の経済活動が盛んに豊かになるような政策を施行する。国の豊かさは貨幣で測られるから、銀行と国家は密接な関係になる。経営者は、銀行からたくさん融資をしてもらいたい。経営者は、国家からたくさん搾取されたくないし、たくさん儲けが出るようにしたい。

 

モノが売れたり、社会が発展するのは、不足があるからだ。すべて満たされたら社会は発展しない。打開しなければならないほどの欠落を解決するイノベーションが起きても、すべての人にその恩恵が行き渡る前に貨幣価値に変換されてしまう。すべての人が幸せに生きていける世界にするよりも、貨幣をより多く手に入れるための競争が優先される。だから、豊かさはモノや貨幣で測られ、小さいより大きいがよくて、少ないより多いが望まれる。

 

いくら働いても、社会がいくら発展しても、ぼくらの暮らしがユートピアになることはない。

国家と銀行は、この経済をコントロールしている。いや、コントロールしたいと考えている。けれども、景気は、国内だけでなく、国際的な面もあり、輸入や輸出、おまけに株や為替など変動するものもある。だから「風潮」という曖昧な現象が鍵になる。だから、不景気でも景気が良いと言わなければならない。

景気が良いという風潮であればモノが売れる。モノが売れれば、給料も上がり、ますます国は成長する。しかし、景気が悪いという風潮になれば、モノが売れなくなる。モノが売れなければ給料も上がらず、物価だけ上がり、さらに悪くなる。

もし「景気が良い」と嘘でも言えなくなってしまったら、それは取り返しのつかないほどの不況のはじまりだ。

 

人間はより生きやすくするために発生させた「余剰」を便利に管理するために作り出した「経済」という現象に操られている。設定だけでいうなら、SF映画か漫画のような世界に突入している。利益のために、国と国の境は消えることなく、人間は人間を憎み騙し、さらにはその利益を巡って兵器をつくり殺し合う。


人類がエラーを繰り返す、この悪夢のようなループを変えることはできないのだろうか。現実にならないにしても、想像のなかで、どんなやり方であれば、よりよい未来をつくれるのか空想することはできるのではないだろうか。

例えば、現在の社会状況から、何十年後かに新しい社会構造を作り出すゲームだとするなら、どんな未来を描けるだろうか。まずは、主人公となる自分がどういうキャラクターなのかシミュレーションしてみる。

つまり、国家を頂点としたピラミッドの底辺にいる労働者としてこのゲームをスタートするとき、ぼくは何をできるのだろうか。

「次の時代の新しい世界の話をしよう」というテーマを思い付いたので、また次に。

(続く)



絵を描くこと。その意味を忘れてしまう。だから文章を書く。

絵を描いている。絵を描くことが生活の中心にある。これが理想だった。絵を描き続けるには、常にモチーフやアイディアが必要になる。続けるうちに、そもそも何のために絵を描くのか、という問いが生まれてくる。絵を描く以外にも生きていく方法はあるし、お金がすべてであれば、とても効率の悪いやり方だ。

この問に答えるのは、自分が歩いている道を確認することにもなる。ぼくは、どこから来て、どこへ向かうつもりなのか。

 

絵との出会いは音楽だ。レコードやCDの表紙が、アートへの入り口だった。音楽が好きで、いまもバンドをやっているけれど、絵を描くことの方が仕事になった。つまり絵をお金に換えて生きている。

絵を売りはじめるときに「贋金づくり」というコンセプトを作った。絵は貨幣だという考え方で。けれども、お札と違って毎回違うモノを作っている。お金を稼ぐためだけなら、同じものを作る方が効率がいい。じゃあ、なぜ、違うものをつくるような効率の悪いことをするのかと問うなら、こう答える。

「没頭するために」

 

没頭して絵を描くことは、遊びであり、描くという行為の追求でもある。ああでもない、こうでもない、これはこうしてこうなる、と物語、つまりストーリーをつくりながら絵を描くのが楽しい。好きなんだ。

技術的には上手くなくていいと思っている。むしろ、下手さのなかに魅力を感じる。子供が描く線に自然を感じる。無欲な。そうは思っていても、ぼくはもう大人だから、良い絵を描きたいという欲や、絵を売るとい狙いが、自分を惑わすことがある。描きたいから描くのか、描かなければならないから描くのか。

 

ぼくは、絵を描きながら、生活もつくっている。野菜を育て、家を直す。最近は新しい住居のために荒れ地を整地して廃棄物を片付けている。人が理想の暮らしをつくれるのであれば、そんなに幸せなことはない、そう思わないだろうか?

ところが、あれこれやっているうちに、絵を描くという行為を忘れてしまう。その目的とやり方を。

絵を描くたびに思い出す。そのために文章を書いて問い直す。シンプルな絵を描きたい。単純さを追求をしたい。ぼくは妻と二人で作品をつくっていて、妻はよく「永遠はないよ」と言う。つまり、それができていることが幸せで、残念ながら、永遠ではない。ぼくらは死ぬ。だから、妻と二人で協力してつくる作品ひとつひとつがぼくらの生きた道に残されていく。それが生きるための芸術ということだ。息をするようにただ、作品が生み出されていく。

その意味で、いまが大切だ。何か特別なことをしようと野心家になるより、日々の出来事を大切に表現する。それがぼくたちのスタイルであり、個性でもある。

 

この仕事の面白いところは、誰かに頼まれるからはじまるのではないところだ。だから自分の発想が何よりも優先される。妻と二人でやっているから、さらに自分の理解を超えて、それが成功なのか失敗なのか分からないこともある。ここに追求する道がある。成功も失敗もない。失敗から蘇る作品もあれば、瞬時に成功する作品もある。手をつけたすべてを存在させたい。それが檻之汰鷲のアートだと信じている。とにかく手を動かし、身体を動かすしかない。考えるより感じることだ。

発想の源は体験にある。何を経験したのか。身体的な経験が、ぼくらのアートの源、種になる。経験することの中に生まれた感動が、小さなことで感動できる心が、生活を豊かにする。ここに生活芸術というコンセプトの根がある。生活芸術とは、根だから見えない。地中に埋まっている。見えないけれど、しっかりとぼくたちの生活をつくり土壌となって、おかげで花のように作品が咲く。もし、暮らしそのものを美しくできるなら、ぼくたちの人生は、もっともっと豊かに変えられる。そこでまた、美しい暮らしとは何だろうか、という問いが生まれる。やっと美しさという言葉に問いが届く。

 

書くことは、更に一層、深く考えを掘り下げてくれる。こうやって、進むべき道を照らしてくれる。昨日の夜、久しぶりにお酒を飲まないで寝たら朝の4時に目が覚めて、これを書いている。