心地よいカタチ- Comfortable shape

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制作の合間に「農本主義が未来を耕す」という本を読んだ。田んぼや畑をやることに経済的な価値をばかりを求めることが根本的に間違っていると説いている。なぜなら、農業は、本来は「農」であって、それは貨幣価値とは切り離された生きるための仕事だった。食べるために労働した。だから経済的な効率化や貨幣価値以外の意義がいくつもあった。田んぼを耕せば、その土地の自然環境が豊かになる。先祖から受け継いだ土地を守ることになる。地域に住んでいる人と共にその土地に暮らし、生きるための環境を作っていく。ここにはお金に換算できない価値がある。

とても納得のいく本だった。絵も同じだ。売るために描いた絵は商品だ。もちろん絵が売れるのは、嬉しいことだけど、売れない絵に価値がないかと言えばそんなことはなくて、売れない人が絵を描く意味がないなんてこともなくて「農」と同じで芸術にもお金に換算できない価値がある。それを大切にしたいから売れるための絵は描けない。そのためにカタチを変えたくない。だからアートには何時間費やしたから幾らとかの単純計算は成立しない。

その大切にしたい価値とは何か。それを追求するのがアートの本道だと思う。ぼくは、アートとは何か、生きるとは何かを追求してブログを書き続けている。

今日も1メートル50センチの絵を妻のチフミと描いていた。最近の傾向としてチフミは自分の痕跡を作品に残したくないと言って刷毛目すらも残さない。線もキッチリと筆で引く。作業しているうちに気がついたことをチフミに言った。

「アートっていろいろ説明やコンセプトがあるけど、基本は快楽だよね?」

「え? そうだよ。毎日楽しいからやってるし、気持ちいいカタチと色。それ」

ぼくら夫婦のアートは、快楽でしかない。ぼくら夫婦は毎日制作しながら言葉を交わしミーティングしている。あるのは作る喜び、生きる喜び。不満も怒りも憎しみも社会批判もない。心地よいカタチを描いている。生活にしろ、家にしろ、未来にしろ、今にしろ。「心地よいカタチ」これしかない。何よりも先に心地よいカタチ。Comfortable shape. googleで画像検索すると、飛行機に乗るときに首に付ける枕が出てくる。あとベッドとか。

ぼくら夫婦が空き家を改修して暮らしをつくり始めたことも心地よい暮らしのカタチを求めたこと。北茨城市の古民家をアトリエにするのも心地よい環境のカタチを求めたこと。心地よい暮らしは、貧乏だとか金持ちだとか、貨幣価値で計ることはできない。それは豊かさも同じこと。

自然と人間について考え行動することは貨幣価値以上の豊かさを手に入れる。なぜなら自然は分け隔てなく、働きを労ってくれるから。

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12月の個展のタイトルは
【心地よいカタチ- Comfortable shape 展】にしよう。前回の記事に書いたタイトル候補から変更。あとは心地よいカタチをどんどん作ればいい。生きるために作る。作るために生きる。心地よく暮らすために作る。

鳥 虫 けもの 草木花。小さいは大きいより素晴らしい。

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夜、アトリエからの帰り、クルマのラジオからクロマニヨンズの新曲が流れた。タイトルは「生きる」だった。マーシーヒロトがゲストでどうでもいいことを話している。ほとんどのことがどうでもいいことで、そのなかに小さな楽しいことや喜びがあることが伝わって来た。レコーディングのときは一日に2~3時間しかスタジオに入らないとか、昼は回転寿司だとか。「一日だけ何かになれるとしたら何になりたいか」という質問にヒロトは、できるだけ小さいものになりたいと答えた。アリでは大き過ぎる。小さければ小さいほど、世界は大きく見えると話していた。

番組が終わるまで、クルマで聴いた。クロマニヨンズヒロトマーシーのライフスタイルに感動した。アルバムを作ってライブしての繰り返し。ロックンロールの初期衝動を忘れない。彼らほど成功しても初心を貫く姿勢。

家に帰ってお風呂を入れながら「旅する巨人・宮本常一渋沢敬三」を読んだ。歩く在野の民俗研究家、宮本常一の本は10冊は読んだ。昭和の戦前から戦後、高度成長期までの記録されてこなかった人々の生活が見えてきて、その声が聞こえてくる本ばかりだ。宮本さんの本は、社会的に弱い立場にある人々の姿を描く。日本中を歩きに歩いた宮本さんの活動を支えたのが、財閥の渋沢敬三だった。宮本さんとパトロンの関係は、この本を読むまで知らなかったエピソードが満載で楽しい。宮本さんが歩いた当時、農民や漁民、山の民や流浪の人々の暮らしは、それこそ、どうでもいい取るに足らないことだった。それを生涯をかけて記録した。ぼくは宮本常一さんにとても影響を受けている。アートで何か、いま見失っていることに光を当てたいと思う。

お風呂に入ったら、図書館から借りていた「かぐや姫の物語」を観ようとチフミが言った。高畑勲監督、ジブリ作品。

とくに期待もなく始まって、すぐに絵が動いている作風に魅了された。いわゆるアニメとは違う、人が描いた絵が動いている。古くて新しい手法。舞台になっている村の景色は、いま自分がアトリエにしている北茨城市の富士ヶ丘に重なった。そんな里山の風景のなか子供たちが歌う


まわれ まわれ まわれよ 
水車まわれ
まわって お日さん 呼んでこい
まわって お日さん 呼んでこい
鳥 虫 けもの 草 木 花
春 夏 秋 冬 連れてこい
春 夏 秋 冬 連れてこい

 

なんて素晴らしい映画なんだろうか。いま観るべきタイミングだった。ぼくたち夫婦には、子供がいないので、竹取の翁と婆やの気持ちになって、気がつけば何ども涙が溢れていた。竹取物語は、日本最古の物語だと言われている。ここには人間の欲望に対する罪と罰が描かれている。人間は何も変わっていない。

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田舎の山のアトリエにいても、インプットはできる。むしろ、情報が少ないから、必要なことだけキャッチできるのかもしれない。

12月の展示のタイトルは
「何もないは美しい~理想の暮らしから生まれる作品展~」
にしようとチフミに話した。

虫、鳥、けもの、草木花。
ぼくら夫婦は、彼らの仲間でいたい。

表現の経済活動。アートを売ること。

f:id:norioishiwata:20181008130102j:plain絵を描いてるとき、ふとこの数年の夢が叶っていることに気がついた。海の側に暮らし、広いアトリエで大きな絵を描いて、木工をやって、波が穏やかな日にはカヌーで釣りをしている。

2014年、制作に没頭できる環境をつくるために妻とアート以外のすべて放り出して、空き家を探した。まずは、生活水準を下げることからはじめたから、貧乏贅沢まっしぐらだった。

それでも夢が叶ったんだと思うと感謝が溢れてきた。ひとりで掴んだ訳ではないし、今は北茨城市の地域おこし協力隊としてアーティスト活動をやらせてもらっている。何より妻のチフミが理解者であり、制作のパートナーでありパトロンだった。

絵を描いて暮らす環境はできたけれど、現実問題、まだ経済的に自立できていない。北茨城市に来ての1年半は、理想の環境を目指して、古民家を改装してアトリエとなる拠点づくりに費やしていた。それができた今、次の目標がはっきりと見えてきた。これから、ほんとうに芸術で生きていく挑戦が始まる。そう絵を描きながら考えていると、電話が鳴った。出ると商工会の藤島さんからだった。

「石渡さんは、北茨城市に定住して絵を描いて暮らしていくつもりらしいけど、月どれくらい売れているんですか? 顧客はどこにいるの? ターゲットは?」と矢継ぎ早に質問された。

ぼくは正直、その事について考えていなかった。というか、これまでは奇跡的に次の展開が起きて、生き延びてこれた。だから先のことは考えていなかった。藤島さんは、そんな甘い期待を打ち砕くように

「全然、見通しが立ってないですね。奥さんのチフミさんもいるのだから計画を立てないと暮らしていけませんよ。理想も大切だけれど、生きていくにはおカネは必要です」と厳しい口調で言った。

これこそ、いつも偶然に起きるアレだ。奇跡的な次の展開。藤島さんは「心配しているから言ってることです」と言ってくれ月曜日に会うことになった。

北茨城市は「芸術のまちづくり」に取り組んでいて、その目標のひとつに「アーティストが起業できるまち」というお題がある。まさにこれだ。おカネを手に入れることは、それだけの価値を認められたことだし、それだけのニーズが社会にあるということの証明でもある。売れるために表現を変えるつもりはないけれど、表現したものがより多くに届くように工夫したり、貨幣に換金できる仕組みをつくることはやっていきたいと思う。仕組みをつくれれば、自分だけでなく他の作家も豊かにすることができる。

この日の午後、近隣のご老人が、絵描きじゃあ、なかなか生活が苦しいだろうと、米と味噌とタクアンを持ってきてくれた。

じっくり時間をかけていい絵を描きなさい。芸術はすぐに芽の出ることじゃないから。食べ物があれば、少しは長く粘れるだろう」と言って。

ぼくは妻と絵を描いて生きている。

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制作する時間を持つこと

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日々の暮らしの中でアート作品をつくる。これが集中しようとすると案外に難しい。こんなことを言っても有意義な話にはならないかもだけれど、やろうとしていることを行動に移して、それをカタチにする難しさを言葉にすることは、人生という捉え切れない現象を理解する何らかのヒントにはなるかもしれない。あらゆる場面で遭遇するこの難しには、答えがない。

面白いのは、アート作品が全く生きる上で役に立たないことだ。つまり食べれるわけでもないし、何かをする道具をつくるわけでもない。それを作っても褒められるわけでもない。だから、制作時間を確保するには、生きるためのエトセトラを片付けなければ、そこに集中できない。何かおカネになる仕事があれば、それをやらなければならないし、友達や地域の人たちに会う時間もある。最近では畑も始めたし、サーフィンやカヌー乗りの遊びも、バンド活動なんてこともしている。すべては、作品制作のための経験としてやっているつもりなのだけれど、そうこうしているうちに時間がなくなってしまう。

そもそも作品制作は、誰かに頼まれたことでもない場合、とてもリスクある時間を過ごしている。つまり、売れるかも分からないモノをせっせと作っている可能性があるということ。これはビジネスマインドだったら有り得ないやり方だ。けれども、むしろ無駄になってしまいそうなギリギリラインを攻めた方がもっと刺激的な作品が生まれてくるとさえ思えるからややこしい。

この無駄とも思える行為の中に僅かな可能性や美しさを感じてしまう。だったら、コイツの正体を突き止めたい。なんだろうか、右へ寄れば、左側に答えがチラッと見え隠れして、左へ寄れば右側に現れる、時には上に下に、捉えることのできない、この絡まり合って解ける糸口がないような難しさ。

アート作品をつくるという行為は、矛盾したところから生まれてくる、と思っている。こう説明することもできる。ぼくは「純粋さ」について書こうとしている。

つまりは、想像力の源泉を突き止める思索。あらゆる日々の経験が作品の肥やしになる。そう信じている。けれども、経験自体は種ではないから、そこからは芽が出ない。制作とはもっと身体的な行為で、アートの種は概念とか狙いとかコンセプトにあるのではなく、行為の中にこそ開花するのだと思う。

例えば、どんな椅子をつくろうか考えた場合、社会的な意味では、計画があって、その通りに椅子を作れば思った通りの椅子が仕上がる。けれども、そのやり方では、椅子はアート作品にはならない。計画することと、椅子を作ることは、ぼくの制作スタイルからすると、それぞれ別の領域に属する。

ぼくの場合、どこかに制作する意図とは別の事故的な要素を求める。だから、計画するより先に椅子をつくる。失敗する。やり直す。失敗する。やり直す。これを繰り返していくうちに、エラーが起きる。椅子は椅子ではなくなってテーブルになったりする。またはその両方になることもある。

意図を超える何かがぼくにとってのアートの種だ。妻のチフミに隠せと言われるのだけれど、種明かしをすると、どうやって偶然を必然にするかという話。この偶然の必然を手に入れるためには、何も考えずに手を動かすこと。なぜなら、アート作品は役に立たないのだから、あれこれ思考を巡らせても、結局は欲に飲み込まれて有用なモノを作ってしまう。売れそうだとか、気に入られそうだとか。そうじゃない、意図や意味を超えた純粋な創造力を奏でてみたい。そう、楽器のようにこのチカラを操ってみたい。

こうなってくると、制作は儀式に近い。ぼくは、あらゆる欲望を捨てて、偶然が起こす奇跡をキャンバスに呼び起こすシャーマンになる。もし、こういう方法で椅子を作るなら、デザインされた椅子としては最低のクオリティーで、アート作品としては優れた個性を発揮できる。それがどう評価されるのかなんてことはどうでもいい。もっともっと未知の世界を開いてみたい。

考えるな。動け。そうすれば、アートはここにやってくる。一切の社会的責任を放棄して、作品と対峙したとき。目の前に、ぼくが作った誰も見たこともない、ぼくも意図しなかった偶然の産物が現れる。12月の個展に向けてマジックを起こす。このテキストは道を見失ったときのための復活の呪文

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道具なし身の回りのモノでつくるアート

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唯、そこにあるもの

木や草や石

並べて楽しみ

夜には燃やして

暖を取り

朝には

消えてなくなる。


Camp off-Tone 2018 山梨黒平

焚火曼荼羅


「生きるための芸術」とは何か。

12月に個展が決まった。会場は、有楽町マルイ。よしもとクリエイティブ・エージェンシーのアート部門で働く友人が一緒にやろうと誘ってくれた。ギャラリーではないけれど、素晴らしい会場に決まった。

個展のタイトルを「生きるための芸術」にしようと妻のチフミに話したところ、昨日の夜、チフミは難しい顔でメモをしていた。どうしたのか聞くと、チフミは「生きるための芸術がどういうことなのか分からない」と言った。


そうやって会議が始まった。
そもそも「生きる」とは何か、「芸術」とは何かの話。
ぼくには、なぜ生きることと芸術が区別されるのか分からない。
チフミは、なぜ生きると芸術が結び付くのか分からない。

☆☆


こう説明した。
「芸術」はかつて「技術」と同義だった。アートの語源はアルス。技術とは「つくる技」のことで、職人さんはそれを持っている。例えば、かつて家はみんなほぼ同じカタチをしていた。想像力は必要なかった。けれども、もっとこうしたいという欲求が現れて、それを実現するために想像力が必要になった。ぼくは、そこに分岐点があったと思う。想像力を持つ技術者は、もっと欲望を満たしたいパトロンに囲われ、仕事をしながら更に新しいモノを作ろうとした。

現代では、技術と想像力があっても、それではまだアートにならない。
(ちなみにここではアートと芸術を同義で扱うので、そのつもりで読んで欲しい)

じゃあ、どうすればアートになるのか。それには他者の評価が必要で、作られたものをこれがアートだと誰かが認める必要がある。

例えば、ヘンリー・ダーガーは部屋に篭って絵を描いて作品を残したまま孤独死した。死後に作品が発見されたけれど、もし発見されなければ、ダーガーの絵はアートにならなかった。発見され、その絵に意味が与えられ、つまり評価され歴史のなかに位置づけされて、彼の表現はアートになった。

チフミ「じゃあ、誰かに評価されないと芸術ではないってこと?」

ぼく「そう。例えばマルセル・デュシャンはこう言ってる。作品がアートになるには、蜜蜂の作った蜜が精製されてハチミツになるように、人々に鑑賞されなければならないと。つまりアートは社会の中でしか機能しないということなんだ」

チフミ「じゃあわたし達の作品も誰かに評価されなければアートではないってこと?」

 ぼく「そう。だからぼくは文章を書いている」

チフミ「じゃあ、ノリは自分で自分の作品を説明しているということ?だけど、誰か他の人が評価しないとアートにならないんじゃないの?」

ぼく「そう。更にややこしい話だけど、作品を説明している訳ではなくて、新しいアートの概念を作っているんだ。だから、ぼくたちの作品とぼくが書くことはイコールではないんだ」

チフミ「え?よく分からない」

ぼく「今話しながら分かったんだけど、チフミは、ぼくよりもずっと純粋に表現していて、チフミには他者の視点がないんだ。ただ作っている。だからずっとアルスに近い。職人側。ぼくは、書いたり考えることが好きだから、ぼくたちの表現を他者の視点で語ってアートに近づけようとしている。それがすぐにアートとして認められるか分からないし、死んだ後かもしれないし。それでもぼくは今の時代にこれが必要なアートだと信じて生きるための芸術を提案したいんだ」

チフミ「そういうことなんだ。つまり芸術を分解すると「技術+想像力+他者」。わたしは、技術+想像力だけだから、他者の視点である生きるための芸術が理解できなかったのね。わたしには元々そういう考えはないもんね。ノリの言うアートが何かは分かったけど、じゃあ、どうして芸術と生きるが結び付くの?」

 ぼく「芸術は人間がつくるものだけど、それがどうやってつくられるかは問われないでしょ。技術的なことではなくて、どんな生き方をして作られたのかって話として。でも、作られる作品とその人の人生は繋がっている訳で。ぼくは生き方も表現の一部なんだと言いたいんだ」

チフミ「なんか難しい」


ぼく「生きることと芸術は、それぞれ別だと考えられているよね。それが当たり前だと思う。だからチフミは理解できない。それでいいんだと思うよ。だけどアートには、新しい領域を開拓する一面もあるんだ。つまり◯◯◯という理由でこれはアートだと説明すること。その新しさが芸術である/なしを決めるポイントでもあると思うんだ。だから、ある意味でゲームのような側面がある。しかも、それは常に提案されていて。常に新しいアートが世界の至る所で評価されていて。あまりにも有名になれば、ぼくらの耳にもその表現や作者の名前が伝わってくるけど。アートには答えはいくつもあるし、常に変わっていくんだと思うよ。だから難しいことになるね、答えがないんだから」

チフミ「じゃあ、説明できて認められれば何でもアートになるってこと?」

ぼく「そう。論理的に説明できて、それに納得する人が大勢いれば。でもそれは簡単なことじゃない。例えばヘンリー・ダーガーの作品を発見して意味を与えた人によって本が出版されたり展示されて世界中に広まったわけだよね。奇跡に近い出来事だよ。ぼくの場合は、生きることがアートであるという考え方を作った。ぼくはチフミと一緒に作品をつくる。ぼくたちの日々の暮らしの中から作品は生まれてくる。日々の体験や考えることが作品に影響を与えている。だから人生も作品の一部だと言える。それを世の中に問いたいと思っている。これはチャレンジでもある。伝わってる?」

チフミ「じゃあ、夫婦でやっていることがわたしたちにとっての芸術ってこと?」

ぼく「そうかもしれない。環境を作ることもアートなんだと思う。作家は、作品をつくると同時にその生活環境も作っている訳で。社会的に評価されれば何をやっても芸術家として認められるかと言えば、今はそうかも知れないけど、それって美しいと言えるのかな? ヨーゼフボイスは、社会彫刻って概念をつくって、人間は誰しも生命活動のなかで、社会を作り変えることができるとメッセージしたんだ。つまりアーティストとして生きるために、ぼくたちがしてきた空き家を改修したり、食べ物をつくったり、地方に暮らして活動しやすい環境を手に入れる活動もアートの一部だと言えると思うんだ。大地に種を撒いて芽が出るように、アーティストがどんな環境に生きて、その作品が誕生したのかを問うことは、これからの未来、考えられるべき大切なポイントだと思う、もちろん、これはアーティストに限らず、すべての人の問題だけれど、それを漠然と言っても伝わらないから、アートの表現として実践している。アートとしてなら理解される可能性もあると思っているんだ」

チフミ「じゃあ、生きるための芸術っていうのは、生活しながらつくるアートっていうこと? 」

ぼく「そう。すごく当たり前のこと。実は。生きるって人間にとって普遍的な問題だし、それが芸術と結び付かないワケはなくて。それを証明することは、アートの歴史的に見ても意味のある開拓だと思うんだ。もちろん、そのためには、作品も生活のひとつひとつも磨かなければとてもアートだとは伝わらないけどね。ぼくたちは、それをやろうとしている。生きていることと表現活動が同じ根にあるなら、すべての表現が生きるための芸術になるんだ」

チフミ「ノリは何のためにそれを言いたいの?」

ぼく「生きるについて考えることは何となく避けがちだけど、本当は最も大切なことで。アートを通じて、それを伝えることが自分の仕事だと思っているんだ」

☆☆☆


ぼくたち夫婦は、昨晩こんな会話をした。ぼくは、アートとは社会への問いと実践だと思う。作品はそれを伝えるためのツール。言葉は作品に意味を与えてアートへと昇華させるツール。ぼくたちは、まだまだ「生きるための芸術」の途中段階にいるけれど、ぼくらの表現がより多くの人の目に触れて、心を動かし言葉になって社会にとって有意義なアートへと成長することを願って2019年12月8日(土)~12月16日(日) 有楽町マルイ8F 催事スペースにて個展をやる。ので、ぜひ足を運んでください。展示までのあれこれを記事にしていこうと思います。

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(続く)

新しい日 - A day new rising

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目覚ましを6時にセットして、予定通りに朝起きた。チフミが作ったブルーベリージャムでパンを食べコーヒーを飲んでウェットスーツを着て、車で出かけた。スーツはウェットなので向かう先は海だ。今日はどんな波だろうと楽しみに海に出ると、あまり波はなかった。ぼくはサーフィンが出来るとは言えないので、波はそれほど重要でもない。海で遊ぶのが楽しいからやっている。

海には先客がいて、浜を掃除してゴミを燃やすお爺さん。名前は知らない。お爺さんは、平潟港の海に面したところに家があって、震災で津波に飲まれた。今は復興住宅に暮らしている。仕事が嫌いで、仕事から仕事へと転々として生きてきた。そう話してくれた。お爺さんのお父さんは漁師で、魚を捕るのが上手だった。お爺さんは、魚は食べるのは好きだけど、働くのは嫌だった。そういえば、ぼくのお父さんの家も漁師だった。だからぼくは、海が好きなのかも知れない。お父さんは、漁師が嫌で家業を継がなかった。ぼくは海の仕事とは関係ない生き方をしてきたのに、海の近くに住んでカヌーを漕いで魚を釣ろうとしている。ないものがみんな欲しい。

お爺さんは「今日は波ないけどせっかく来たんだからやっていきなよ」
と海の主のようなことを言う。

波はあまりない。たまに来る波に乗ろうとする。たまに来る波は15分に3発ぐらい連続でやってくる。その前に小さな波が2回ぐらいある。そのリズムが分かって、たまに来る波が嬉しくて、先走って小さな波に乗ってしまう。結局、大きな波に乗れないまま体力を消耗する。

家に帰ってチフミに今日の波の話しをしたら「まるで人生みたいだね。上手くいかないのねえ」と笑った。そんな話しができるから海に行くのが楽しくなる。

毎日、アトリエにしている古民家に通っている。アトリエの近くに畑を借りている。畑にはひとつも収穫できなかったトマトと、花が咲いているナスと、落花生、モロヘイヤが植わっている。チフミは、モロヘイヤの葉っぱを取って食材にして料理してくれる。

畑は少しずつ良くなっている。失敗をして、それが間違いだと分かって改善している。この地域には畑がいっぱい空いている。食べ物がなかったら死んでしまうけど、すべての人間が食べ物を生産している訳じゃない。大地がなければ人間は死んでしまうけれど、すべての人が大地に関心を持っている訳じゃない。


日本はこれだけ豊かな土壌がありながら、食料の多くを輸入に頼っている。実際、畑をやってみると簡単ではないから、まあ、仕方ないかとも思う。野菜は、かなり丁寧に扱わないと実らない。デリケートだしセレブだ。土を耕してフカフカにして機嫌を損ねないようにエスコートしないといけない。自然のものたがら放っておけば、芽が出て実るかと思いきや、全くそんなことはない。人間は苦労した方がいいと言うけれど、実は快適な環境でのびのびと過ごした方がいいんじゃないかと思ってきた。野菜だって、そいう環境じゃなきゃ美味しくならないのだから。苦労して我慢している日々には何があるのだろう。

午前中は、新しい絵のスケッチをした。この時間のためにすべてがある。そのために余計なことをたくさんしている。改めてそう思う。最近は見たままを絵にしている。空想よりも、目の前の光景が美しいと思う。どう考えても、目の前に存在するすべてが驚異に満ちている。生きていること自体が。

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午後には、お客さんが来た。10月から北茨城市で地域おこし協力隊として活動する成川さん。兵庫の学校を卒業したばかりで北茨城市に引っ越してくる。北茨城市は、いよいよ本当に「芸術のまち」にしようとしている。芸術家が暮らしやすい地域があったら、確かに夢のようだ。広いアトリエスペースがあって「画家です」と自己紹介しても変な顔もされずに、むしろ歓迎される。企業の面接だったら不採用なところ、喜ばれる。そんな企業も増えたらいい。自分の夢や希望を一緒に応援してくれる会社。ある意味、北茨城市はそれに近い。こんなことがあるのかと、ぼく自身この境遇に驚いている。

夕方には、2枚の新作のアイディアが固まった。一日は、あっと言う間に過ぎていく。時間は待ってもくれないし、買うことも売ることもできない。泣いても笑っても同じように過ぎていく。けれども、楽しい時は一瞬で、辛い時は、何度時計を見ても進んでいない。時間は資源だ。植物にとっての大地のように人間は時間の中に生きている。もし時間をお金のように誰かがコントロールするようになったら恐怖だ。今は時間は自然のままにある。本当は、自分の思うがままに時間をコントロールできる。ややこしいけれど、自由とは不自由だ。自分の時間を自分で管理するなら、それは自由だけれど自由ではなくなる。

 夕方帰る前に、川にカニを捕る仕掛けをしてきた。一日にできるだけ、いろんなことを仕掛けたい。川のカニを捕るように、野菜を収穫するように一日の中にいろんな物語や想像の種を撒きたい。理想的な美しい一日を作ることが、その一歩だと思う。

12月に個展が決まった。来週打ち合わせして、詳細を詰める。慌てて動き回るより、動きがないときには、できることにじっくり取り組んで、キャッチする波が見えたら、動けばいい。慌てることなく。何にもないほど生産的な日はない。