心が動くままにつくること

茨城県北茨城市の奥地で、古民家を改修していて、古材を切り落とした端材に目が止まった。それがこれ。

f:id:norioishiwata:20171211220801j:plainぼくは、アートが好きで常につくっていたい。シンプルに言えば、没頭しているのが好きだ。なかでも、偶然現れるカタチが好きで、どうやったらそれに遭遇できるのか、いつも考えている。

つくるとき、まず自分がビックリしたい。だから、絵を何枚も描いたあとに現れる床のペンキの跡や、傷だらけの古材、コラージュで切った雑誌の使わなかった端片、さらにはその裏側、失敗した作品、偶然ひょんなことで遭遇するカタチたち。

そいつらは、何かをしているときに、目的とは違う、別な何かを発見するセレンディピティという現象で説明される。それは失敗を成功に変える奇跡であり、科学者や発明家が何かを発見するテクニックのひとつでもある。

f:id:norioishiwata:20171211220938j:plainこれは「見立て」という言葉でも説明できる。調べてみると「見立て」は日本独自の芸術技法らしい。「モノ本来の姿ではなく、別のモノとして見る」これは和歌や漢詩からきた文学表現を利用して、千利休が生活用品を茶道具に取り入れたことに由来される。

ぼくはいま、言葉を並べて、偶然に発見した得体の知れない端材に価値を与えようとしている。

例えば、マルセル・デュシャンが便器を展示して、日用品である便器をアートにしてしまった事件は、どうだろうか。現代アートには、まるで何でもアート作品にできるような感があるけれど、実は、それには相当なテクニックが必要で、すべての便器がアートになる訳ではない。その仕事は、脱獄映画や銀行強盗の完全犯罪のように用意周到にギャラリーに運び込んで、最初から最後までアート作品のフリをした便器がついにアート作品になってしまった唯一無二の事件。つまり、決して便器など持ち込めないと信じられている神聖な場所に、穢らわしい便器を芸術品として提示して、嘘を本物にしてしまった。その記録保持者がマルセル・デュシャンという訳だ。

f:id:norioishiwata:20171211220613j:plainぼくは、何かテクニック的に優れた作品をつくりたいという願望よりも、芸術の範囲を広げたい。芸術がもっと日常生活のなかに、高いところよりも低いところへ水が流れていくように、広がっていけばよいと思っている。なぜなら、日々の暮らしのなかに感動する機会が増えた方が、より多くの人生が楽しくなる。カッコつけて理解されないより、カッコ悪くて笑われる方がいい。

それこそが、ぼくの考えている生活芸術で、先日、海外の友達に最近何をしている?と聞かれたので「日本でリビングアート(生活芸術)というコンセプトをつくってる」と説明すると「それは面白いね、それが表現できたらヤバいね、どんな作品になるのか見せてね」と返信をくれた。パートナーのチフミは「生活芸術が分からないから、ひとことで説明して」と言って、ぼくが「芸術は人生だ」と答えると「やっぱり分からない」と即答してくれた。つまり、ぼくには、まだ生活芸術とはなんぞや、その問答の入り口さえ見つかっていない。

有名な哲学者ニーチェは「生きる」を哲学の最優先事項にした。人生を神に捧げさせる宗教を相手に「神は死んだ」と宣言した。つまり神なんて存在しないのだから、神に祈るくらないなら「自分の人生を生きろ」という態度。キリスト教の影響下のヨーロッパで、そうニーチェが宣言できたのは、人間にとって「生きる」ほど重要なことはないという確信があったのだと思う。ルドルフ・シュタイナーが書いた「ニーチェ みずからの時代と闘うもの」を読んで初めてニーチェを理解できて親しい気持ちになれた。

ぼくは、切り落とした端材を作品のリストに加えた。ぼくはいくつか作品をストックしている。なぜなら、アート作品には「時間/time, 場所/place, 機会/opportunity」がとても重要だから。

昔に読んだ本にこう書いてあった。「芸術作品は、鑑賞されて初めて芸術になる。それは、花の蜜をミツバチが集めて甘くなるように、作品はたくさんの人の目に触れて成長し、芸術作品となる。」

何だってタイミングが支配している。友達と出会うのも、タイミングだし、生涯の伴侶と出会うのもタイミング。それを運命と呼ぶひともいる。ぼくは、タイミングは、波乗りみたいなことだと思う。波を掴めるかどうか、それが作品の生き死にを決めるタイミングでもある。

f:id:norioishiwata:20171201102541j:plain先日、隣まちの温泉にいったら、有名な落穂拾いのプリント画が飾ってあった。3人の女性が、並んで畑仕事をしているような絵。人間と自然の循環が見えて、何度も見ていたけれど、はじめて素敵な絵だと思った。ネットで調べてみると、フランスの画家、ミレーの作品だった。絵が描かれた1850年ころは、収穫の際に落ちた穂は、拾わないという風習があった。なぜなら、貧しいひとたちが、拾って生き延びる余地を残したらしい。だから、この絵が発表されたとき、賎しい絵だと批判された。

つまり、この絵は美しいだけでなく、同時に穢らわしくもある。ぼくは何も知らずに、この絵に感動した。予期しないタイミングで、この絵と出会ったことで、素直にこの作品と向かい合うことができた。感動には、偽物も本物もない。目の前にあるカタチ、それしかない。心が動くとき、そこには古いも新しいも偽物も本物も関係なくなるときがある。最近思うのは、ぼくの心が動くままにつくること、それができれば、いつか誰かを感動させることができる。これが正しいからと選択するなら、もはやそれは正しくないし、美しいからと真似るのであれば、そこには美しさの微塵もない。

f:id:norioishiwata:20171211221307j:plain明日も、朝起きて、1日を過ごし、その日の出来事に感動したい。出会ったとき、何を感じるか。何を受け取るのか。まだまだやれる。

自分が強く正しいと思うとき、それは間違っている

f:id:norioishiwata:20171201101746j:plain美しい場所をみつけた。いま改修している古民家の裏の景色。耕作放棄地の奥には手入れされないままの森林。緑色は針葉樹林で、戦争中に植林された。家族親戚総動員でやったそうだ。将来、資産になる見込みだったから、日本中で植林をして、どこの山も杉や檜が植えられて年中緑色になっている。赤色や黄色のところは広葉樹で紅葉している。そこは、もともと植林しなかった原生林か、もしくは杉や檜を伐採して放置した結果、再び原生林に戻った、と教えてくれる人がいた。

 雑草は、人間が開拓したところにしか生えなくて、自然が回復しようとする生態系のシステムで、種類を変えながら大きくなり、ススキは、雑草から森へと移り変わる手前だと聞いたことがある。

 かつては、田んぼも畑もやって、生活は井戸水が潤し、山から薪を集めて火を焚いて、山から動物を獲って、実はこの家の裏には川もあるからヤマメなんかを漁っていた。時間を50年ほど巻き戻せば、ここには人間が生きるために必要なモノコトがすべて揃っていた。何千年もの時を賭けて日本人が自然から、編み出した生きるための知識が、ここにはあった。昭和の高度成長期前にあった日本人の暮らし方は、自然と共に生きる技術の世界最高水準にあったと思う。

 ここは、茨城県北茨城市富士ヶ丘の楊枝方。この地域は、世間的な言葉を借りるなら限界集落という場所だろう。つまり、日本人は、こういう場所には住みたくない、もしくは住めなくなってしまった。けれども、ご覧の通り、ここには美しい自然がある。しかし、自然が美しいとき、それは人間が開拓していないからで、人が離れてしまい興味を持たないから、この美しさがあるという矛盾だったりもする。

f:id:norioishiwata:20171201101950j:plainネットのニュースで、もんじゅ廃炉を想定した設計をしてないから燃料が取り出せない、という記事をみた。それについての批判もたくさん見かけたけれども、原子炉どころか、終わりを想定しているモノコトなんて存在していない。そんな後始末のことよりも、もっと先へと進みたい。それが欲なんだと思う。

 マンションだって50年前には永遠に壊れないと販売されていた。住宅だって壊すことを前提に設計されていない。恋愛だって終わるつもりはない。死ぬつもりで、生きてる人もあまりいない。

 いま古民家の周辺にある小屋や隠居を解体して、その材を再利用して、古民家と農小屋を改修している。解体した廃材は、処分するのに費用がかかる。家具だって冷蔵庫だって。もんじゅの記事を見て、自分のことに置き換えるなら、壊すことを想定した住宅とは何だろうか、と思う。古民家は、ほとんど自然物でつくられている。100年前なら、ほとんど自然の循環のなかで処分できただろうけど、いまは、対価を払わなければ処分できない。つまり、ぼくらの目の前にあるほとんどは、その終わりを想定してデザインされていない。

そもそも、現代人の暮らしは、循環していない。食料も廃棄するし、毎日のゴミがどこへ行って、どう処分されているのか知らないし、糞や尿がどうなっていくのか、知ろうとすれば知れることさえ、興味を持たないまま、日々を過ごしている。けれども、それを知らずに生きれることは快適かつ幸せなのかもしれない。

かっての暮らしは、そうしたすべてを自分の手で処理しなければ生きれなかった。勉強したくても、遊びたくても時間がなかった。

古民家の家主だった有賀さんの叔父さんは、夜中に家を出て、駅まで10km歩いて始発に乗って、水戸まで高校に通ったらしい。たった50年で、それだけ時代は変わる。もし有賀さんの叔父さんほどの熱意と行動力がこの時代にあったら、どれだけの夢を叶えられるだろうかと、思う。

 

かつての暮らしがあった場所で、自然を目の前にすると、自分の行いのほとんどを悔い改めたくなり、少しでも何かを循環させてみたいと考える。だから、解体した材料で、家を改修している。家は生き延びようとしている。サバイバルしている。

 f:id:norioishiwata:20171201102224j:plain最近、自分が強く正しいと思うとき、それは間違っていると思うようになった。「正しさ」なんて、とても曖昧で状況や立場によって変わってしまう。例えば、新築の住宅を建てる建築士に「あなたはこの家が壊れるときのことを考えているのですか?」と抗議したところで、建築士さんは、それとは全く違うベクトルで200%の正しさを追求している。

 どうして森林を活用しないのか、と訴えたところで、ぼくの知識が及ばない事情で、もう何年も前から、そうなっている。目の前の自然が美しいからって、どうして、みんなは自然を大切にしないのか!と憤ったところで、それもやっぱり、なにか違うと思う。

ハッキリしているのは、やたらに「正しい」と主張するひとは、正しくない。間違っているということ。なぜなら、みんなが、それぞれに正しいから。自然は、それを教えてくれる。針葉樹林も広葉樹も雑草も、みんながそれぞれに生き延びているから、その逞しさが美しい。

 

どんなに技術が進歩しても「もうこれでいい。充分ということはない」

f:id:norioishiwata:20171123003156j:plainNightmares on waxの新曲MVに刺激を受けて、映像作品を作りたくなった。「Back to nature」と題された作品は、コラージュの映像版で、人類が文明化していく様子を、洗練されセンスで編集し、観る人を太古から現代まで旅に連れていく。

ぼくは、いつも勘違いしている。映像作品なんかほとんど作ったことないのに、やれると思ってしまう。まずは、映像に詳しい友人に質問した。

Nightmares on waxの新しいMVみたいな映像作品をつくりたいんだけど、できるかな?」
「あ!あれね!最高だよね。難しくないと思うよ。今度、東京に来るとき連絡してよ」
と言ってくれたので、さっそくバスを予約して北茨城から東京へ。

友人のオフィスがある恵比寿で雑談をしながら、映像のつくり方を教えてもらった。

「実は、もう技術はいらないんだよ。AIはどんどん発達してて、センスだけあれば、やれる時代になっているんだ。」
「もうadobeの映像編集ソフトだって月6000円でつかえるから。」
「むしろ、何をつくるのかイメージして、それをカタチにする。その作業の方が重要だから、映像を編集するというよりは、コラージュで平面作品をつくって、それを場面にして構成していけば、できるよ。」

友人は、岡村靖幸さんや、コーネリアスの映像を手掛ける村尾くん。村尾くんは、なんでもぼくより知っている知恵袋のような存在。

f:id:norioishiwata:20171123004320j:plain夢だった映像作品は、根気とセンスでつくれると結論して、一段落。どころで、これからの時代を生き延びるに必須なセンスとは何ぞや、の話しになった。技術的なところはAIが処理してくれるなら、一体どこに表現の差が生まれるのか。

第一線で活躍するアーティストと仕事をしている村尾くんが話してくれたのは、一流と呼ばれる人たちの飽くなき追求する姿勢だった。

例えば、つい先日、日本でライブを披露したBECKは、楽屋にスタジオをつくり、ライブ前に何時間も演奏して、ステージに立った。もっとも練習するバンドとして知られるメタリカは、会場にステージと同じリハーサル用のステージをつくり、ライブ前に何時間も演奏して、その後クールダウンしてからライブをやる。
Red Hot Chili Peppersも、セレブなパーティーやイベントで騒ぐよりもスタジオに入って曲をつくるのが、最高に楽しい、とインタビューで語っていた。

村尾くんが仕事をする日本の音楽家たちも、毎日スタジオに入って制作に取り組んでいるそうだ。ライブが終われば、映像をみて、何が間違っていたか確認する。何故その間違えが起きたのか検証する。そうやって、果てしない追求を続けている。

どんなに技術が進歩しても、
「もうこれでいい。充分ということはない」

f:id:norioishiwata:20171123004757j:plain表現を追求するとは、アスリートなのだと気がついた。諦めないこと。いや、むしろ、ゴールなんてなくて、葛飾北斎が百何十歳まで生きれば「絵が生きる」と言ったような境地。表現は競うものではなく、ひたすら磨くこと。まさに生きる芸術という意味を教えてもらった。まだまだ、やれるどころじゃない。死ぬまでやれる。それが生きるということだ。

 

平潟港漁夫の今昔物語

f:id:norioishiwata:20171121225054j:plain北茨城市は北側のトンネルを抜けると、すぐに福島県いわき市になり、そこに、近隣のひとたちが利用する小さな温泉がある。そこに行くと、いつも地元の人の話が聞ける。

今日は60歳後半の漁師、ジンサンの話。

平潟の海は、昔から豊かで、明治時代から漁業が盛んだった。伝馬船(てんません)という小さな舟を手で漕いで、底曳き網漁をしていた。平潟の港は、茨城県のなかでも、もっとも魚の種類が豊富に漁れる港だった。だから、むかしは築地辺りで、平潟と言えば、名前の通った港だった。

話してくれたジンサンが、漁師になったころは、先輩たちは、漁の名人ばかりだった。イカの名人、ノドグロの名人、網の名人、舟の名人。とにかく、技術は充分あり、魚がたくさん漁れるから、みんなノンビリ暮らしていた。

f:id:norioishiwata:20171121225132j:plainところが、いつからか、北の方の港の船が平潟まで来るようになって漁をしていくようになった。平潟の船が悪天候で休む日も、漁をしにやってくる。しまいには、イカの産卵期で漁を休んでいるのに、イカも魚も奪っていく。

漁のエリアに当時は制限がなかったけれど、いくらなんでも酷いから抗議にいった。すると北の漁師たちは「お前らの漁が下手なだけだ」と言う。

平潟の漁師たちは、もともと、豊かな港でやってきたので、比較的性格も穏やかだから、腹立ったけど、怒りを抑えて、またいつものように漁をして日々を過ごした。けれども、乱獲する漁は、次第に海の生態系に影響を与え、豊かだった平潟港の水揚げ量は、減っていき、漁業が成り立たなくなり、倒産するところも増えてきた。ジンサンも、平潟で漁ができなくなり、大津港の船で漁師を続けていると話してくれた。

f:id:norioishiwata:20171121225214j:plain東日本大震災があったとき、北の漁師の船も道具も何もかもが、津波に飲み込まれて、漁ができなくなった。世間は、北の漁師たちに同情するけど、俺は、やっぱり悪いことすると、それなりの報いがあると思った。

震災の原発事故で放射能が海に流れて、宮城は、宮城の海、福島は福島の海、茨城は茨城の海って、エリア分けされて、そとの漁師が、平潟に来なくなってから、平潟の海の生態系が戻ってきて、イカもたくさん漁れるようになった。

俺は漁師いっぽんでやってきて、魚が漁れないのが一番つらいから。いまは、大津港の船に乗せてもらって、仕事ができて、御飯が食べれて幸せだ。

ジンサンは湯船に浸かりながら、そう話してくれた。

イタチと人間

f:id:norioishiwata:20171119114923j:plain

「あっイタチ!」
北茨城市にある栄蔵室(882m)に登りに行ったときのこと。同行者たちがざわめいた。イタチは普段から、この辺に暮しているのだから、ぼくらが進入者で、むしろイタチの方が「あっ人間!」と、走り出したのだと思う。

栄蔵室は、茨城県単独峰としては、最高峰で、筑波山より5メートル高い。

この日は、北茨城の山道を開拓してきた有賀さんに、道のない沢からのルートを案内してもらった。山が低いので、道がなくても、勾配が緩くて歩きやすかった。それでいて、大自然へ簡単にアクセスできることに感動した。山は高いばかりが魅力ではなかった。山好きの友達に話したら「低い山の魅力に気がついたら、また山が楽しくなるよ」と話してくれた。

これまで、多少の山に登って、高い方がいいと思い込んでいた。いつまのにか、登山という競技に巻き込まれていたらしい。よっぽど俯瞰して見渡す能力がないと、その気もないのに、広告や商品やサービスによって、既存の競技に参加してしまう。

f:id:norioishiwata:20171119114819j:plain有賀さんは、道なき道を歩きながら、北茨城市の70%が山林だと教えてくれた。確か、日本の国土の80%が森林で、世界3位の森林資源国でもある。ちなみに人間も、能力の2割ほどしか使っていないと聞いたことがある。つまり、有効活用してない領域は広大にあるのに、競い争うことを止めない人間。地方と呼ばる地域に暮らして、最近思うのは、人口が密集していないと、これほど余裕が持てるのかと、たまに行く東京の電車のなかで思う。登山のように、いつの間にか、夢や希望は、経済成長という競技にすり替えられている。

競争するよりも、競技自体をつくった方がいい。ルールに縛られるより、ルール自体をつくって、遊んだ方がいい。

ぼくは芸術家。そう名乗ると、どんな作品をつくっているのか、と聞かれる。ぼくはアート作品をつくるけれど、決まったカタチはない。ぼくはアートという枠を拡張させている。

説明するなら、そのとき出会った材料と環境が作品のカタチを決める。平面のときもあれば、立体のときもある。文章のこともあれば、行動のこともある。紙や木や家や景色や人との出会い、歴史、文化、なんでも材料になる。ただ作品として完成させる技術が追いつかない。もっといろんなモノにアートの称号を与えたい。

友達から来たメールに
「売れるとか、売れないとか気にするくらいなら、やらない。なぜなら、自分がやりたいからやっている訳で、売るためにやるんだったら、それは仕事だから、やり方も方向性も違ってくる。」と書いてあった。

f:id:norioishiwata:20171119115033j:plain水曜日に急遽、東京に行くことにして、バスで向かう途中、新しい企画を思いついた。ザンビアに車を届ける映像作品。日本から車を船でタンザニアまで輸送し、陸路でザンビアの友人に日本車を届ける。ぼくは嫁と撮影者の3人で、飛行機でタンザニアに向かい、車をゲットして、アフリカ大陸を横断する。その途中に出会う景色や文化や人は、現地の人にとっては、まったくの日常生活で、観光地でもガイドブックに載るような何かがある訳でない。けれども、ぼくたち日本人や西欧文化には驚きの日常が地球の反対側で営まれている。企画書にまとめて、受け止めてくれる人や機関を探す。これが、ぼくがはじめた生活芸術というアート。

f:id:norioishiwata:20171119115517j:plain人が行かない方に進んだ方がいい。できない理由は、おカネと違うことを受け入れる勇気だけだと思う。だから、絵を描くとか、彫刻をやるとかで、競争するよりも、誰かの何かが優れているとか優劣をつけるよりも、ビビッと閃いたアイディアを行動してしまった方がいい。自然に優劣はない。考えるのは後。むしろ、他と比較したり検証するうちに、同じようになって、アイディアのオリジナリティや鮮度は落ちていく。

奇岩が聳える名もない自然を歩いて、気がついた。ぼくにとって、この場所のすべてに名前がなかった。ところが、有賀さんは、歩きながら、石が集まっている箇所を見れば「かつてここで炭を焼いたんだよ」「この草を煮て依ると強いロープがつくれる」「この木の幹は黄色くて胃薬になる」と教えてくれた。ぼくと有賀さんの違いに、日常をアートに変える視点、生活芸術の入り口がある。

人間が人間の視点で、この世界を捉えようとするから、人間同士の争いに参加してしまう。もっと遠くから眺めてみたい。それは物理的な遠さである必要はない。低い山にも大自然があるように。

なんなら、イタチになりたい。動物の目線で世界を眺めれば、至るところの自然が、まったく新しい記号に変わる。自然のなかで「あっイタチ」と思う人間たちは、いつもパンを奪い合い、一方で自然は、自然のまま有象無象に広がって万物に恵みを与える。どんな場所にいても、そのままを捉える眼差しが世界を美しくする。

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本を読むのではなく、自分にインストールする方法

f:id:norioishiwata:20171109220431j:plain本には、見る、読む、インストールするの3つの使用方法がある。今回、紹介するのがインストール。つまり、本を読みながら、その世界を体験する。面白い本に出会ったことがあれば、きっと知っている感覚。文字の並びが、いつの間にか景色に変わり、物語の空間に入った経験があるだろう。冒険したり、旅したり、恋をしたり。

その体験を物語だけでなく、新書やノウハウ本にも実践してみようという提案。
例えば「ピカソ7つの言葉」を読んだら、感心するだけではなく、その通りに考えて行動してみる。
ちなみに、先日の記事

は、「”役を生きる”演技レッスン」という本を読むだけでなくインストールして書いた。

つまり、こうだ。


1.私は誰か?

2.現在の日時は?
何年何月何日で、季節はいつで、どんな気候か。

3.私がいる場所は?
どこの何という町の、どんな地域に暮らし、どんな生活環境をしているのか。

4.与えられた状況は?
過去、現在、未来の状況は。どんな出来事が起きているのか。

5.私との関係は?
出来事やほかの人物たち、モノと自分、周囲にどのような関係があるのか。

6.私は何が欲しい?
いまやろうとしていること、長期的な目標。

7.私にとっての障害は?
目標を果たすために乗り越えなければならない課題は。

8.欲しいものを手に入れるためには?
どんな行動をして、どんな言葉を使うのか。


もちろん、ぼくは役者ではない。けれども「ぼく」として生きるために8つの質問に答えてみた。やってみると、自分については、知っているようで、知らなかったりする。何十年と付き合っているので、飽きているかもしれないし、こんなもんだと諦めているかもしれない。
けれども、自分とは器のようなモノで、突き詰めてみれば、何者でもない。情報の集合体だ。だから、改めて、情報を整理してインストールする。8つの質問に答えてみれば、自分というキャラクターが見えてくる。そうやって、明日は違う自分でスタートしてみるのも面白い。騙されてはいけない。生きている限り、なんだってやれるし、新しいスタートができる。

目の前にあるモノコトは、自分を活かす道具に変えることができる。
まだまだやれる。

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コラージュ・アーティスト
檻之汰鷲(おりのたわし)

http://orinotawashi.com/

生きるを演じるということ。

f:id:norioishiwata:20171108000428j:plainぼくは、石渡のりお。1974年、東京の武蔵野市に生まれ、2017年のいま、茨城県北茨城市に暮らしている。いま住んでいる関南町は、大津港が近くで、走って20分くらいで海に着く。なかでも、自然がそのままの長浜海岸が好きだ。先月までは、廃校になった富士ヶ丘小学校をアトリエにしていたけれど、耐震工事のため、来年の春までは使えない。タイミングよく、小学校よりさらに奥地にある、まさに田舎という風景の古民家に出会い、アトリエ兼ギャラリーにする改修作業をはじめている。

妻チフミと2人暮らしで、子供はいない。ぼくの仕事は、芸術家で、妻と2人で檻之汰鷲(おりのたわし)という名前で、活動している。なんでも2人で一緒にやる。夫婦でもあるし、仕事のパートナーでもある。妻と、幸せな人生を送るのもぼくの夢のひとつだ。

f:id:norioishiwata:20171108002637j:plainぼくは、アーティストになりたかった。単純な話で、つまり、ヒーローになりたかった。子供のころは、変身する戦隊やロボットアニメが、そのあとは、漫画の世界に、気がつけば、ミュージシャンがヒーローになって、小説家とか芸術家とか冒険家とか、たくさんのヒーローが、ぼくを励まし勇気づけてくれた。

たくさん憧れたけれど、ぼくはヒーローになれないことに気がついた。なぜなら、ぼくは、ぼくだから。SAFARIというハードコアバンドは、こう歌う「おまえがおまえを信じないで、誰がおまえを信じる?」

ヒーローは変身する。けれども、ぼくは、ずっと変身する方法も分からなかったし、タイミングもなかった。友達は、ミュージシャンになったり、会社の社長や医者、芸術家や小説家になって、とても羨ましかった。

f:id:norioishiwata:20170412091149j:plainきっかけは、2011年3月11日。東日本大震災。生まれてはじめて社会が機能しなくなるほどの災害を経験した。社会が絶対ではないことを身を以って知った。テレビやネットのニュースが「ほんとう」ではないことも、このときに知った。何を信じればいいのか。


ついにそのときがきた。

ぼくは、社会ではなく、自分を信じることにした。常識も未来も不安も安心も、おカネも仕事も放り出して、自分のやりたいことをやった。つまり、アートを表現する道を選んだ。そのことは「生きるための芸術」に書いた。

海外を旅して、日本に戻ってきても、ぼくは旅をやめなかった。旅をしている気持ちのまま、東京で暮らし、作品を売って生き延びた。ぼくには、目標があった。家を直す技術を手に入れたかった。日本には、空き家がたくさんある。ボロボロの家を自分で直せれば、もう家に困らなくなる。そうすれば、家賃に追われて生きなくていい。もっと自由で気楽な生き方をつくりたかった。

f:id:norioishiwata:20171108001051j:plainぼくは、空き家を巡って旅をして、日本という文化に出会った。つまり、都市ではなく、かつて田舎にあった自然と共に生きてきた人間のライフスタイル。身の回りの自然を駆使して営まれる暮らし。ぼくは、これこそが「芸術」だと思った。日本人の芸術感覚は、暮らしの中にあった。暮らしのなかにある芸術を「生活芸術」と名付けた。

岐阜県中津川市里山の古民家で2016年の冬を越していたら、友達が「北茨城市が芸術家を募集しているよ」と教えてくれ、自然と人間の暮らしの芸術を追求したいと考えていたので応募してみた。まさか採用され、いま北茨城市に暮らしている。チャンスは必要なときやってくる。

ぼくを信じてくれる人が少しずつ増えて、仕事も少しずつ増えて、芸術家として、生きている。けれども、贅沢をしたり、調子に乗ったり「足るを知る」を忘れれば、道は閉ざされる。肝に銘じる。

f:id:norioishiwata:20171108001605j:plainぼくは、自分がみつけた「芸術」を表現し続けたい。ぼくの「芸術」は、特別なものではない。目の前にあるモノを組み合わせてつくる。人との出会いや、土地や環境、歴史や文化、消えていこうとするモノ。それらは、人間と自然の間に存在している。人間が自然からつくる古い家の美しさ。それをつくる技術。人間が海に出るための船。そのために費やされてきた失敗と成功と冒険の数々。日本人が、自然から編み出した生活の知恵。これらは、日本だけではなく、世界中で消えていこうとしている文化でもある。そうしたモノコトをアートに変換する技術をぼくは、追求している。

日本の大地は美しい。その景色がある日本の田舎は美しい。きっと世界中の田舎が美しいのだと思う。有名でもない、けれども、あるがままに美しい世界中を尋ねたい。旅をする眼差しがあればできる。それは偶然の出会いを大切にすること。

「便利さ」という誘惑が、人間を自然から離していく。けれども「そのままで」と願っているわけでもない。だだ、目の前から消えていく、当たり前に美しいものを芸術と名付け、人間と自然の繋がりを記録したい。忘れられていく美しいモノを紹介したい。それらが未来に残り、輝き放つとき、きっとぼくの仕事がはじまる。

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