自分のなかにあるアイディアや思考を磨き商品化していくこと

1.
商品にするとは、誰にでも分かるように名付けることだ。名前を与え個性をつくる。

2.
今日、車で横須賀の老人ホームの祖母を訪ねた。初めて母を自分の車に乗せた。重度の痴呆の祖母は、孫のぼくを見て認識して笑ってくれた。前回は話しもできなかったが、今回は話しもできた。生きているものはやがて死を迎える。その死と向き合い受け入れることも生きる芸術の課題だ。

3.
祖母は「暇だから遊びの時間があって歌をつくる。歌は難しい方がいい。簡単な歌だと食べられちゃうから。だからみんな懸命につくる」と話した。神話のようだ。

4.
毎日、お見舞いに来ている叔父は、「いろいろ話しをしても覚えていないよ。明日になれば誰も来てない、って話しになっているから。でも今日はいい顔をしている。ここの老人は毎日違うんだよ。日々痴呆が進行しているから。」と言った。老人だけじゃない。誰もが毎日違うんだ、だけど同じだと思い込んでいるだけだと気がついた。毎日違う自分になればいい。

5.
母は学習塾を経営していた。ぼくが大学に行くまで。それと同時に事業を終わらせ、介護の道へ進んだ。40歳ぐらいのことだった。ちょうどいまの自分と同じ歳の頃に。

母は言った。「ひとのためという親切心だけでは事業は成り立たない。きちんと収支をやらなければ。」ぼくは、その言葉を胸に刻んだ。自分がいい格好や顔をするために安売りしてもなんの得にもならない。むしろ、値段はいくらでも人が必要とする商品をつくるべきだ。

6.
一昨日、9億の借金を飛ばした元社長と話した。「お金を出資して貰ったらお金を増やすことだけが成功じゃない。失敗しても、楽しかったとか、よい経験になったとか、お金以外の価値をつくることが大切だ。仮に失敗しても出資家に成功するまで付き合ってもらえるような関係をつくることだ」とアドバイスをくれた。

7.
津島の長屋は、60代の女性2人が入居者として手を挙げてくれている。60代は死が身近で死に方の準備しているようだ。ぼくの世代とは比較にならない強さを持って生きている。本来、生きると死ぬは表裏一体で、生きる時間が減って生きた時間が増えただけの話。長屋を「終の住処」として死をデザインできたらいい。生きる芸術とは死の芸術でもある。

8.
長屋に地熱を取り入れたい、という意見があり調べている。地熱は空調への利用と発電があるが、空調であれば井戸を利用できる可能性がある。自然エネルギーを活用した新しい技術を取り入れたい。井戸を利用して電気をつくれれば、世界中の貧困が救える。ザンビアの友人の暮らしだって豊かにできる。

しかし、考えてみれば、どんな技術も商品も誰かの発明や自然にあったもの。時が経つにつれて、つくり方は手品の種のように隠されてしまい、お金を出さなければ手に入らなくなる。

例えば夏に悩まされる蚊だって、最近の話しではなく何百年と人間は付き合ってきた。調べてみれば、
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蚊遣り火(かやりび)とは、よもぎの葉、カヤ(榧)の木、杉や松の青葉などを火にくべて、燻した煙で蚊を追い払う大正時代初期頃までの生活風習
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平安時代からあり、1886年に輸入された除虫菊におが屑を混ぜたことから、より長い時間燃やすために線香と混ぜられ、とぐろを巻く蛇を見たことをきっかけに蚊取り線香が生まれている。

9.
いま、木造建築の耐震化の種明かしができそうだ。これは津島の長屋の大家さん通称Mr.Kevinの不屈の精神によって達成しようとしている。

10.
母の教えに倣うなら、商品化の種明かしをして、新たな仕掛けの手品として披露するのが生きる技術だ。ひとは、予め付けらた値段で商品の価値を知る。自ら値踏みできる目利きは、ほとんどいない。価値なんてあってないに等しい、マヤカシだ。読んで字の如く瞞し(まやかし)と書く。

11.
このメモは2015年10月4日の夜中、正確には5日の午前0時30分に書いている。今日話した叔父と母は朝4時に起きていて、朝は真っさらなので頭に物事が入るが、夜になると一日の雑念に囚われ思考が停止すると教えてくれた。確かに、このメモも今日の出来事をトレースしているだけだ。これでは、作戦会議にならない。過去を拾い集めるので、精一杯だし、夜になれば記録しておきたい気持ちが強い。朝であれば、またフレッシュな状態で独立独歩未来会議がやれる気がしてきた。記録は夜行い、会議は朝やる。

もちろん、自分の如きは、その日その日の生き物なので、違う考えに支配されれば、その作戦に従えばいい。これが、井筒俊彦が「イスラーム文化」で描いていた砂一粒に例えた日々独立したイスラーム的な思考だ。今日は今日、明日もまた別の今日として独立している。