いきるための芸術の記録

荒地と廃墟の楽園より

今日という一日。たくさんの出来事が織り成して、次への足場をつくる<後編>

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<前編はこちら>

norioishiwata.hatenablog.com


家にいた妻チフミが「今日は友達がタロットをはじめたって遊びに来たよ。窯を使ってみたいとピザを焼いたけど扱いが難しかった」と言った。

夕方からは、窯でパンを焼くためのパン生地づくりの作戦を練った。つくった窯は、パンも焼けるし土器も焼ける。と想像している。

パンの会議から、春に計画している桃源郷春祭りの作戦会議になった。桃源郷春祭りは、今年植えた桜と菜の花を鑑賞するイベント。助成金などを受けないで小さくやってみようと考えている。この土地でお世話になっている澄子さん(80)は「仮面をしてみんなで踊りたい」と言っているので、それを実現しようと思う。発想が面白過ぎる。

ポイントは、お年寄りから子供までがどうやって踊る状況をつくるのか。妻チフミが「集落をサウンドシステムで練り歩いたらどうかな」と言った。それをとりあえず採用した。あとは、どんな曲、どんな音楽でやるのか。誰か音楽家を誘って仲間にした方が面白いかもしれない。

夜20時から、注目している思想家、上妻世海さんのネット番組があるのでパソコンに向かったところで電話がかかってきた。トモ。東京で音楽の仕事をしていたときの後輩からだった。

お互いの近況を報告していると今日の電話は、Tちゃんの事件のことです。と言った。タロット占い師でジェンダートランスのTちゃんは10年前に失踪して、行方不明になっていた。ところが最近、それが殺人だったことが分かって、その事件の真相を知ったひとたちが、犯人を自首させたのだけれど、証拠不十分と時効で罪に問われていないという、とんでもない話だった。

犯人がなぜ罪に問われないのか。証拠不十分だという。犯人にも記憶がないという。その間に起きてしまった出来事だという。もし傷害であれば、骨に傷や痕跡があるけれど、白骨には傷ひとつないそうだった。

Tちゃんは、信じられないパワーの持ち主だった。魔法使いだった。だから、犯人を罪に問わないと骨が言っているんだよ、きっと。とトモに言った。そう感じた。それが言葉に出た。

正義感の強いトモは、犯人を自首させたひとたちが心配だから、たまに連絡を取って励ましたいと言った。犯人を説得したのは共通の先輩だった。

それからトモと一時間ほど雑談した。
「やっていることの楽しさが溢れたとき、それが人に伝わって周りのひとが楽しくなる」という言葉が心に響いた。

トモは2011年の原発事故のあと、電気がなくて音楽イベントができなかったとき、RAというグループをつくって、ソーラーパネルで音楽イベントを開催した。しばらくその活動を続けた。けれど、すぐに社会が原発由来の電気に戻ってしまい失望した。そのとき「どうして」と強く憤ったと話してくれた。

いまの自分がそれと似た気持ちだった。生活の芸術。みんなが「生活をつくる」にシフトすればもっと住みやすい社会になるのに。それを伝えるのに懸命だった。今日出会った人にもその話をした。けれども、その話には興味ない様子だった。まるで北風と太陽の話のようだ。

溢れること。コップ一杯の水を飲めと差し出すのではなく、コップから水が溢れているイメージ。動物が集まって水たまりの水を飲むような。自然に溜まっていく楽しみや喜び。

本を出版して多くのひとに伝えたいといろんな出版社に本のサンプルを送っている。まだ返事はないけれど、考えてみれば、多くの人に伝えようとすることよりも、身の回りの人に楽しさを伝えていくことの方が、ずっと新しい社会経済になる。午前中にみた老舗旅館「としまや」の多くの絵たちは、有名な傑作ではない。けれども絵画として旅館を飾る仕事をしている。

 今日という一日に起きた出来事をことばにしてみれば、そこには次への景色が織り成していく。海、陶芸、絵を鑑賞すること。タロット、Tちゃん、トモの電話。思い出した。トモは、ソーラーパネルを軽トラックに乗せたサウンドシステムでパレードを主催していた。
(続)

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