いきるための芸術の記録

荒地と廃墟の楽園より

2019-02-01から1ヶ月間の記事一覧

北茨城市に暮らして、福島の原発から100km。ここから何が見えるのか。

ぼくは、2011.3.11の東日本大震災をきっかけに生き方を変えた。だって社会は正しさを基準にしていないことが分かったから。それは今も変わっていない。 沖縄の県民投票、その声が社会に反映されないなら、どうやってぼくたちの声を社会に届けて変えていける…

家が作品シリーズ ギャラリー・ウマイエ

とにかく古い家が好きで 最大の魅力は そのほとんどが 自然由来だということ。 世の中が 貨幣価値で埋め尽くされ 利用価値がなれければ 捨てられる。 けれども 自然がなければ 生きていけない。 すべては存在できない。 日本の伝統建築は 自然の摂理に適った…

光あるうちに光の中を進め

人間はひとりでは生きていけないと言う。ロビンソン・クルーソーは、無人島にひとり遭難した。けれどこれは空想の物語。ヘンリー・ソローの「森の生活」は2年間、森のなかでひとり自給自足した。一説によると洗濯はお母さんにしてもらっていたとか。 その手…

空き家は魔物

家を作品にしようと改修を繰り返している。家は恐ろしい魅力を放つ。とくに古い家は魔性だ。 家は生きている。家は人を選ぶ。家は人を働かせる。気をつけた方がいい。ぼくは、もうとっくに家の魔力に飲み込まれている。 この家に来てから1年半が経った。こ…

ひと粒の砂

途中なんだ。 ずっとどこかへ 向かっていて。 生きると死ぬの 間を歩いていて。 何を恐れるの? お金がなくなること? 夢が叶わないこと? 失敗すること? 1日は小さく 砂つぶみたいに。 でも砂つぶには ひとつひとつの 世界があって。 みんなとか 一緒とか …

嫌なことも、書いて記録して、ネタにして、言葉にして、放てば、それはユーモアに変わる。

「明日、大雪予報なのでトークイベントを延期するか検討してます。別の日の場合、ご都合はいかがでしょうか」 清澄白河にあるリトルトーキョーという場所で、トークをする予定になっていた。リトルトーキョーは日本仕事百貨という求人サイトを運営する会社の…

重いより軽いがいい。

友達が増えた。引っ越して新しい土地に住めば、新しい知り合いが増える。その中に、繰り返し何度も会う人たちがいる。それが「友達」だと思う。 北茨城市では、60代から70代の友達が増えた。友達なんて失礼かもしれないけれど。 今日は、北茨城市の日本…

モノと人間。古いモノには意思があり。

数日前、軽トラックで現れた老人が 「ここは古い物集めているんだっぺ?」と言ってきた。 「集めていると言うか、この家にあった古いものを並べているだけなんです」 とぼくは返事した。 見たことのないお爺さんだった。 「まあ、何でもいいや。ウチの妹の家…

とにかく表現することだ。息をするように。

最近は、文章を書いては途中のままで、ここに記録できないでいる。やりたいこと、やっていること、しなければならないことが、混沌としている。---世界はどんどん悪くなっている。1月30日---北茨城で作家活動する鈴木鈴(すずきりん)さんと話した。りんさ…