いきるための芸術の記録

荒地と廃墟の楽園より

次の時代の新しい世界の話をしよう。

改めて大切なことは何か、と考えた。きっかけは「父が娘に語る経済の話。」という本だった。妻チフミの実家に行ったらお義父さんの本棚にあったので読んでみた。作者は、ヤニス・バルファキスというギリシャ財務大臣をしていた人で、ギリシャ経済破綻の経験を踏まえて書かれている。

 

経済についての説明は難しい。ぼく自身も何がどうなって、お金が回っているのか、その仕組みを語ることはできないし、そこまで問い詰めないままにしてしまっている。その点で、この本はとても分かり易く、専門用語を使わずに経済とは何かを教えてくれた。

経済のはじまりは「余剰」だった。狩猟採取の時代のあと、蓄えを持つようになったことをきっかけに交換経済が発生した。蓄えを必要としたのは、一年中食べ物が獲れないような場所だった。何かが不足する場所の方が発展することは歴史が証明している。

交換経済は、あるものをないところに届けることで、お互いの不足を補完してより生きていきやすい環境を作り出した。つまり不足を感じない場所は自己完結して発展しなかった。

不足を埋めるための「余剰」を持つことが豊かさの始まりだった。余剰には管理が必要になった。「余剰」を管理するために、数と言葉が生まれ、支配する者と支配される者に分け隔てられた。余剰をより多く持つために掠奪が生まれた。戦争のはじまりだ。争いに敗れた者は、自由のない奴隷にされた。そうやって国家が生まれた。

 

何千年も前に、現在の社会の基礎は出来上がった。残念ながら、社会がいくら発展しても、人間の性質は変わらなかった。だから、かつての単純な社会構造に自分を位置づけてみれば、自分が何者なのかわかる。ぼくはどう足掻いても労働者か奴隷の身分だろう。かつての時代と違うのは、いまが資本主義の社会で、表面上は身分差はなく、やり方次第では、成功できる可能性があるところだ。

資本主義社会での成功とは、貨幣価値をできるだけ多く獲得して、支配者側に接近することを意味している。

 

資本主義の起こりは、産業革命だとされている。イギリスは国土が狭く、気候も悪く、おまけに家をつくるために、寒さをしのぐ薪のために国内の森林をほとんど伐採してしまった。そこで代用されたのか石炭だった。石炭を運ぶために道が整備され、蒸気機関が発明され、どん詰まりだったイギリスから産業革命が起こった。機械化され量産が可能になった羊毛は、世界各地に輸出され、交換を重ねて、わらしべ長者のように高価な香辛料になって戻ってきた。

農業を営んでいた地主は、農業をやめて、羊を飼育し始めたり、工場経営へと転向した。そして大勢の行き場のない人々が現れた。小作人という身分がなくなってしまった。その代わりに、借金をして、身を立てる者も現れた。成功すれば、経営者になれるチャンスだった。それは利息というお金がお金を生み出す仕組みのはじまりでもあった。銀行はお金を貸して、利息を取ってお金を増やした。

経営者は、労働者を安い賃金で雇いたい。けれども、安い賃金では、労働者の消費が冷える。労働者が買い物をしなければ、経営者が生産するものが売れない。

国家は、国内の経済活動が盛んに豊かになるような政策を施行する。国の豊かさは貨幣で測られるから、銀行と国家は密接な関係になる。経営者は、銀行からたくさん融資をしてもらいたい。経営者は、国家からたくさん搾取されたくないし、たくさん儲けが出るようにしたい。

 

モノが売れたり、社会が発展するのは、不足があるからだ。すべて満たされたら社会は発展しない。打開しなければならないほどの欠落を解決するイノベーションが起きても、すべての人にその恩恵が行き渡る前に貨幣価値に変換されてしまう。すべての人が幸せに生きていける世界にするよりも、貨幣をより多く手に入れるための競争が優先される。だから、豊かさはモノや貨幣で測られ、小さいより大きいがよくて、少ないより多いが望まれる。

 

いくら働いても、社会がいくら発展しても、ぼくらの暮らしがユートピアになることはない。

国家と銀行は、この経済をコントロールしている。いや、コントロールしたいと考えている。けれども、景気は、国内だけでなく、国際的な面もあり、輸入や輸出、おまけに株や為替など変動するものもある。だから「風潮」という曖昧な現象が鍵になる。だから、不景気でも景気が良いと言わなければならない。

景気が良いという風潮であればモノが売れる。モノが売れれば、給料も上がり、ますます国は成長する。しかし、景気が悪いという風潮になれば、モノが売れなくなる。モノが売れなければ給料も上がらず、物価だけ上がり、さらに悪くなる。

もし「景気が良い」と嘘でも言えなくなってしまったら、それは取り返しのつかないほどの不況のはじまりだ。

 

人間はより生きやすくするために発生させた「余剰」を便利に管理するために作り出した「経済」という現象に操られている。設定だけでいうなら、SF映画か漫画のような世界に突入している。利益のために、国と国の境は消えることなく、人間は人間を憎み騙し、さらにはその利益を巡って兵器をつくり殺し合う。


人類がエラーを繰り返す、この悪夢のようなループを変えることはできないのだろうか。現実にならないにしても、想像のなかで、どんなやり方であれば、よりよい未来をつくれるのか空想することはできるのではないだろうか。

例えば、現在の社会状況から、何十年後かに新しい社会構造を作り出すゲームだとするなら、どんな未来を描けるだろうか。まずは、主人公となる自分がどういうキャラクターなのかシミュレーションしてみる。

つまり、国家を頂点としたピラミッドの底辺にいる労働者としてこのゲームをスタートするとき、ぼくは何をできるのだろうか。

「次の時代の新しい世界の話をしよう」というテーマを思い付いたので、また次に。

(続く)