まるで架空の民族のようなライフスタイルを作り上げる

バリ島で滞在制作のため成田空港にいる。フライトまで時間があるので、これを書いている。先月末、公募に提出したら、一次選考で落ちた。いつも自信満々なのだけど、ほとんど公募の類いは通らない。

 

ぼくの望みはシンプルで、表現して生きていきたい。それには、価値を創造しなければ成立しない。価値と言っても様々。まずはお金を手に入れることだ。

「絵を描いて展示して絵を買ってもらう」これは画家として生きていく基本中の基本。ところが、これが難しい。北茨城市に暮らしている画家の毛利さんや小板橋さんは、この基本をクリアして生きている。そのためには画廊やギャラリーが必要になる。そのオーナーに気に入ってもらわなければ展示はできない。なので画廊かギャラリーを探さないといけない。

ぼくの場合は、画廊もギャラリーも契約しないまま、10年近く作家活動をしてきた。運良く出会った人が作品を買ってくれたり、空き家改修でお金を得たり、プロジェクトに予算がついたり。

今回も高校時代の同級生がバリ島でゲストハウスを運営していて、山側に3件目を出すから、泊まっていいよ、と連絡をくれた。

ぼくの興味は「生きるための技術」。だからバリ島でも、どうやって人々が生きているのか、どうやって生き延びてきたのか、その辺を調査したい。なんなら、バリ島の人々のテクニックを学んで、日本に持ち帰りたいと思う。

 

先月末に企画を考えたときに気がついたのだけど「生きるための技術」は今のところアートではない。だから、お米を栽培して火を熾して美味しい白米を展示します。では成立しない。人参は美しいとか土は素晴らしい働きをするんです、と子供のように騒いでも、やっぱりアートではありませんと言われてしまう。そうなんだけれど、この境界線を突破して、アートの領域を生活の次元まで拡張させたい、そう考えている。

小松菜やジャガイモを育てても、アートでも何でもないと言われるだろう。山の中の古民家を改修して、ギャラリーを作っても、それを美術館やギャラリーに移築することは難しい。どっちにしろアートというフォーマットに落とし込まなければアートとしては伝わらない。

 

今年の課題はここだ。生活の中で生まれた感動をどうやってアートに翻訳するか。小松菜やジャガイモをアートに仕立てる突破口はあるはずだ。アートとは脱獄ゲームかもしれない。ほとんど不可能と思われる常識の壁に穴を開けて想像の世界と現実をリンクさせてしまうような。

目の前にある現象は、どれにしたって、奇跡のうえに成り立っている。そうなんだけど「奇跡」ですね、じゃアートにならない。言葉じゃ届かない描けない領域に触れてこそ、アートになる。ぼくは絵を描くけれど、画家になりたい訳じゃない。絵も現実に穴を開けるためのツールのひとつ。そうか。生きるための技術も、現実に穴を開けるためのツール。もう少しで見えそうだ。つまり、穴を開けて何を見せようとするのか。インドネシアのバリ島では、生きるための技術もアートも、農業も家屋も、漁業も工芸も、それらのことがぎゅっと生活の中に詰まっているんじゃないかと思っている。これはバリ島に限らず、世界中の田舎で、見られる現象じゃないかと期待している。

ライフスタイルとしてのアートがある。未だないけれど、そういう表現を描くことができると企んでいる。それは人種も国境も宗教も超えた普遍的に人類が必要としている、過去から未来を貫く生活のスタイル。つまり自然を利用して人間か作り出してきた...この先の言葉がない。そのモノなのか、環境なのか、技術なのか、ぼくが本来の意味を逸脱して「アート」呼んでいる、それを捉えるための旅に出掛ける。