なんのために生きるのか。83歳、山崎さんの問い。

市役所で山崎さんに会った。山のうえに住んでいる自称90%仙人の83歳。長い髭と真っ白な長髪がまさに仙人、もしくは宗教家のような風貌をしている。

山崎さんは
「そう言えば、ワイン飲みに来るって話してたね」と。冬に会ったときのことを覚えていてくれた。
タイミングがないままになっていたので
「今週末はどうですか」
と言うと
「土曜日ですね。大丈夫ですよ」
と山崎さんのお宅にお邪魔することになった。

山崎さん宅を訪れるのは3回目で、山崎さんは講義と呼んでいる。チフミとぼくは山崎さんの話しを聞く。それが講義と名付けられている。

「あなたがたは、アートをやるのですから、それが人類にとっての普遍的な何かを表現していれば、死んだあとかもしれないけれど、評価される可能性はありますよ。けれど、お金や名誉のためにやるのではなく。ゴッホシャガールも生前は2枚くらいしか絵が売れてないんですから」

「人間にとって普遍的なこととは何でしょうか」山崎さんは、質問をする。答えを求めている訳ではない。だからぼくは心のなかで「生きること」と答えた。

山崎さんはズバリなことを言う。山崎さんのテーマは壮大だ。今日は1200ページに及ぶ、世界一周の資料を見せてくれた。1970年代に、研修でヨーロッパ、中東、アジアを周ったことを2015年にまとめた資料。そこには当時の写真、記憶、レストランのメニュー、航空チケットから現在のことまでが記されている。もちろん膨大な情報量で出版するところなどない。だから自らファイリングして国会図書館に収めてある。

山崎さんは何でも保管している。小学校の教科書、切符、テストの答案まで。いまは、その資料をもとに10000ページに及ぶ生きた証となる記録を書いている。

山崎さんは人生で3つのことを成し遂げた。またはしようとしている。

1.70歳を過ぎて自作の巨大天体望遠鏡をつくった。

2.1970年代に世界一周をしてその記録を残した。

3.自分が生きてきた記録を資料と併せて記録している。

先日、日立製作所のひとたちが、天体望遠鏡を見学に来たとき、山崎さんは「あなたたちは、何を残すためにいきているんですか?」と質問した。みんな返答に困っていたらしい。

山崎さんのテーマははっきりしている。「人間がなぜ生きるのか、どうしてこのような社会になっているのか」講義は、この問いと答え繰り返す。セルフビルドされたログハウス、人里離れた山のうえで。

山崎さんは
「100%の仙人になれば空を舞うかもしれない。けれど、孫のことを考えているから、求める気持ちがあるうちには仙人にはなれないな」と話す。

山崎さんは日本は民主主義ではないという。アメリカを例に説明する。アメリカはイギリス人が発見して、移住したひとたちが、ゼロから暮らしをつくった。必要なものは自分たちでつくった。足りないものは、相談して解決した。これが、アメリカの民主主義の根底にある。

イギリスから独立したアメリカは、後ろ楯も経済的な支援もないから、まずは市民が自分たちで生活環境をつくった。その共同体が町をつくった。それが州になって、全体がひとつの合衆国となった。すべてがボトムアップだ。

山崎さんがアメリカに行った70年代、ベトナム戦争をしていた。見学をしに行った小学校では、ベトナム戦争について子供たちが議論していた。アメリカでは意見を持つことが必要とされている。その言葉は、建前ではなく本音。

それは言語に由来している。日本語は、表意文字で、文字がたくさんの意味を持つ。しかしアルファベットは記号だ。だから、議論が成り立ちやすい。思考が分散するよりも凝縮していく。

日本は空気を読み、本音と建前が一致しない国。テレビをみれば分かる。そういう政治をしている。原因は、日本の歴史にある。空気を読まずに、本音でぶつかって生きていきなさい。山崎さんは、そう教えてくれる。

日本は、未だ経済成長を追い求めているけれど、とっくにピークは過ぎている。成長しないものを成長させようとしている。わたしたちは、どのように生きるのか。これを考えて行動しなければ、何も変わらない。わたしの考えを記録して残せば、何十年後かに、発見されたときに役に立つかもしれない。だから、わたしが印刷する資料の紙は100年の耐久性がある。

山崎さんの講義はメッセージだ。
わたしが40歳になったとき老子の40にして不惑を思い出した。けれど惑わされることばかり。だから自分で不惑を決めたのです。常に弱い立場からものを見ること。そう決めたんです」

山崎さんの講義で、ぼくは何も発言しないし答えない。けれども、山崎さんがぼくたち夫婦の作品を見たとき、何かが伝わるなら、それが作家としての答えだと思う。言葉も超えたシンプルかつ普遍的な生きるため芸術を目指している。