生活の芸術、限界の向こう側へ。

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新しいことをはじめようと思って、できない理由はいくらでもあるけれど、やりたい気持ちを最優先する。そうすることにしている。初期衝動ファースト。パンクロック、ヒップホップ、ストリート由来の音楽が教えてくれたこと。けれども同時にやれない理由もすぐ浮かんでくる。やれない理由、その①「何のために」と考えてしまう。その②「お金の問題」その③「最初から諦めている」

この三つの問いは、人生に深く突き刺さる杭で、子供のころにかけられた呪いの魔法でもある。

サッカーのワールドカップを観て思い出した。ぼくは4年前「アイ・アム・ア・フットボール」という作品をつくった。その絵は、夢や目標をボールのように人から人へ伝えてゴールを目指すという行動とセットになった作品だった。そのときの夢は「空き家を改修して、木工の技術を身につけて、ボートをつくって、海の傍で絵を描いて暮らすこと」

「アイ・アム・ア・フットボール」をバカ正直にインストールしたぼくは、夢中で4年間、走り続けた。人から人へ伝えたボールは、いろんなシチュエーションでパスされた。4年経ってみれば、失敗の方が多かったけれど、その夢は実現した。大切なのは、自分が自分を信じること。信じていれば、周りの人は協力してくれるし、いまはいなくても、理解者や協力者が現れてくる。「信じること」は、この記事のはじめに書いた「3つのやれない理由」の呪いを解く呪文でもある。

さらに15年前。妻のチフミと結婚したとき、海外を旅する計画をした。あまりに非現実で、口に出すのも恥ずかしかった。それから10年経って、それは実現した。夢は途方もなく大きい方がいい。夢なんだから。いまの自分が無理だと思うくらいじゃないと、それは夢じゃない。お金の問題が吹き飛ぶくらいじゃないと夢じゃない。何のためにとか考えてる間もなく、やりたくて仕方ないことじゃないと夢じゃない。

ぼくは、いま北茨城市の海の傍に暮らしながら、空き家だった古民家を改修して、ギャラリー&アトリエをつくった。この場所には自然があって、自然と共に暮らす人々がいる。それは受け継がれてきた、自然と共に暮らす日本人の姿、失われていく原風景の末裔でもある。

観光地でも何でもない地方にも、価値があることを伝えたい。自然から生きるために必要なモノを生み出すチカラこそが、芸術だと思っている。そんな芸術が、日本の田舎には今も息づいている。それをアートとして表現して伝えるために、自然と共に暮らす人々の営みを仮に「生活芸術」と名付けた。

 

生活を芸術にしたい理由は、世界を旅したとき、日本を遠く離れて、やっと日本という国を感じたことが原点にある。日本人として世界に表現できる個性が、日本の文化にある気がした。それは日本人の宗教感や信仰、そのライフスタイルのなかに深く根差している。それは、春夏秋冬の四季が織りなす、暖かくも厳しい自然との付き合い方にある。

自然(しぜん)という言葉は、ネイチャーの訳語として明治時代に輸入され、その概念が生まれた。そもそも日本人には、ネイチャーの概念はなく、すべてが自然(じねん)だった。人間も自然も区別がなかった。

茶道の詫び寂びに代表されるように、質素な生活のなかに美しさを見出す文化は、自然と一体化してきた日本人ならではの芸術観だと思う。その芸術は、日本人が自然と共に生きてきた、その生活のなかに溶け込んでいる。これまでに宮澤賢治柳宗悦が、日常のなかの芸術を抽出して言葉で表現した。宮澤賢治の農民芸術概論、柳宗悦民藝運動がそれに当たる。けれども彼らの表現は、西洋由来の「アート」には接触しなかった。鶴見俊輔の著書「限界芸術論」は、1960年代の終わりに、日本の芸術の限界を提示すると共に超える可能性を示唆した。

鶴見は、芸術を、「純粋芸術」、「大衆芸術」、「限界芸術」の3つに分類している。鶴見は、5000年前のアルタミラの壁画以来、落書き、民謡、盆栽、漫才、絵馬、花火、都々逸、マンガにいたるまで、暮らしを舞台に人々の心にわき上がり、ほとばしり、形を変えてきた芸術的な表現を限界芸術とする。

ぼくがやろうとしていることは、宮沢賢治柳宗悦鶴見俊輔の「限界芸術」に続く何かだと思って、この4年間、日本人の暮らしのなかに芸術の破片を求めてきた。人間が生きてきたその足跡にアートを見出してきた。

この数ヶ月はOne of thesedaysとして、毎日の出来事をこのブログに記録してきた。ここには、ぼくが求めるアートの種が埋まっている。うっかりすると、日々の情報量に流されてしまいそうな些細な出来事。自分以外、誰にも関係も利益もないような出来事。それらから、どうやってアートを抽出して、表現するのか。それらをどう社会に伝えていくのか。アートは、社会を彫刻する道具でもある。

ぼくは茨城県北茨城市を拠点に活動している。ここは日本の片隅ではなく、むしろ世界の中心だ。自分がいる場所が世界の真ん中だ。死んだら見えている世界は閉じてしまうのだから。自分の世界は、自分のいる場所から広がっていく。世界のどんな場所に生まれても、そこが世界の中心だ。

世界の片隅を世界の中心に変えたい。世界中の田舎に滞在して、その場所の「何もない」に価値を与えたい。価値を転倒したい。ゼロやマイナスを芸術に変えたい。自然を駆使してきた人間の営みを発掘して、その血と汗と涙をアートとして伝えたい。

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だから、いつだって興味があれば新しいことをはじめる。ぼくは永遠に素人だし何も知らない。だから裸になって教えを乞う。知ってることより知らないことの方が、この世界には多いのだから。