One of these days 39

放っておけば草が生えてくる。そういう草を雑草と呼ぶ。けれど、ひとつひとつの草に名前がある。ひとつひとつの草に生き残るための戦略がある。そうやって生き延びる雑草を人間は邪魔者として刈り取る。

雑草は人間が自然を切り拓いた場所にしか生えない。そうやって自然を回復しようとしている。

チフミが歯医者から帰ってきて
「今日は新しい歯科助手のひとがすごく先生に怒られてたんだよ。何度も同じこと言わせるなって」

「仕事をしていて怒られる」とは何だろう。ぼくは、いろいろ仕事をしてきたけれど、自分の仕事とは思えないことが多かった。早く終わればいいとか、家に帰ったら何しようとか、週末の予定ばかり考えていた。だから、よく怒られたしクビになった。今考えれば当たり前のことだ。ヤル気がないのだから。

そんなことをチフミに話したら「ヤル気がないから怒られるってケースだけではないと思うよ。どうしたって上手くやれない人もいると思う」と。

そもそもなぜ働くのか。答えが出るまで考えてから働くなんて猶予を社会は与えてくれない。とにかく「働きなさい。ちゃんとしなさい」と捲くし立てられる。でも、ぼくはなぜ働くのか考えてしまう。

そもそも「働く」以前に、生きるという目的がある。なんとかして生きる手段のひとつにおカネを手に入れるという方法がある。でなければ、畑を耕して食物を手に入れるとか、動物や木ノ実を手に入れる狩猟採取ということになる。でも、それも「働く」のひとつでもある。

 

誰かに怒られるのは、誰かの畑を耕しているからだ。自分の畑を耕しているなら、誰かに怒られるようなことは起こらない。

夕方、古民家のある集落、揚枝方の人気者、スミちゃんが様子を見に来てくれた。底抜けに明るいお婆さんだ。

スミちゃんは「田んぼやらなくなったから、桜の木を植えっぺ。林業組合に50本発注したよ」と話してくれた。春になるとスミちゃんの桜が咲く。きっと何十年も花を咲かすだろう。そんな未来がみえる。

スミちゃんはイチジクを植えている。以前、友人に木を分けてあげたとき、スミちゃんのように上手に甘い実がならないと言うので「木をいじめると甘くなるよ」と教えたそうだ。

「木をいじめる」とは木に傷をつけること。そうすると木は切られる=死を予感して慌てて実をつける。けれどもスミちゃんの友達は、とても甘くしたいから、木を傷つけるだけでなく葉も毟ってしまった。その年はひとつも実がならなかった。

ヴォルテールの小説「カンディード」は、生きる答えを求めた放浪の果てに「自分の畑を耕しなさい」という答えに辿り着く。

いまの社会では、畑や土地を持たない人も多いので「自分の畑」を「自分の時間」に置き換えてみる。自分の時間を自分のために使わずに誰かのために費やして、怒られてまでしても収穫は持ち主のものになってしまう。それでもやっぱり自分の畑は荒れたまま。


放っておけば過ぎていく時間。放っておけば生えくる雑草。誰かのために働いて怒られる人生と、生えては刈り取られる雑草。ぼくは毎日の些細な出来事を記録して、自分の時間を耕している。あれもしたい、これもしたい、いろんな想いの種を植えている。自分の想いや夢は、つまらないことではないし、捨てるべきではないし、社会はときに、諦めたり、捨てさせようとするけれど、それこそひとつひとつ大切な想いだ。One of these daysは、誰でもできる人生のつくり方。

何度もこのフレーズを思い出す。

「自分の畑を耕しなさい」
(Cultivate yourself)

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