生きるを演じるということ。

f:id:norioishiwata:20171108000428j:plainぼくは、石渡のりお。1974年、東京の武蔵野市に生まれ、2017年のいま、茨城県北茨城市に暮らしている。いま住んでいる関南町は、大津港が近くで、走って20分くらいで海に着く。なかでも、自然がそのままの長浜海岸が好きだ。先月までは、廃校になった富士ヶ丘小学校をアトリエにしていたけれど、耐震工事のため、来年の春までは使えない。タイミングよく、小学校よりさらに奥地にある、まさに田舎という風景の古民家に出会い、アトリエ兼ギャラリーにする改修作業をはじめている。

妻チフミと2人暮らしで、子供はいない。ぼくの仕事は、芸術家で、妻と2人で檻之汰鷲(おりのたわし)という名前で、活動している。なんでも2人で一緒にやる。夫婦でもあるし、仕事のパートナーでもある。妻と、幸せな人生を送るのもぼくの夢のひとつだ。

f:id:norioishiwata:20171108002637j:plainぼくは、アーティストになりたかった。単純な話で、つまり、ヒーローになりたかった。子供のころは、変身する戦隊やロボットアニメが、そのあとは、漫画の世界に、気がつけば、ミュージシャンがヒーローになって、小説家とか芸術家とか冒険家とか、たくさんのヒーローが、ぼくを励まし勇気づけてくれた。

たくさん憧れたけれど、ぼくはヒーローになれないことに気がついた。なぜなら、ぼくは、ぼくだから。SAFARIというハードコアバンドは、こう歌う「おまえがおまえを信じないで、誰がおまえを信じる?」

ヒーローは変身する。けれども、ぼくは、ずっと変身する方法も分からなかったし、タイミングもなかった。友達は、ミュージシャンになったり、会社の社長や医者、芸術家や小説家になって、とても羨ましかった。

f:id:norioishiwata:20170412091149j:plainきっかけは、2011年3月11日。東日本大震災。生まれてはじめて社会が機能しなくなるほどの災害を経験した。社会が絶対ではないことを身を以って知った。テレビやネットのニュースが「ほんとう」ではないことも、このときに知った。何を信じればいいのか。


ついにそのときがきた。

ぼくは、社会ではなく、自分を信じることにした。常識も未来も不安も安心も、おカネも仕事も放り出して、自分のやりたいことをやった。つまり、アートを表現する道を選んだ。そのことは「生きるための芸術」に書いた。

海外を旅して、日本に戻ってきても、ぼくは旅をやめなかった。旅をしている気持ちのまま、東京で暮らし、作品を売って生き延びた。ぼくには、目標があった。家を直す技術を手に入れたかった。日本には、空き家がたくさんある。ボロボロの家を自分で直せれば、もう家に困らなくなる。そうすれば、家賃に追われて生きなくていい。もっと自由で気楽な生き方をつくりたかった。

f:id:norioishiwata:20171108001051j:plainぼくは、空き家を巡って旅をして、日本という文化に出会った。つまり、都市ではなく、かつて田舎にあった自然と共に生きてきた人間のライフスタイル。身の回りの自然を駆使して営まれる暮らし。ぼくは、これこそが「芸術」だと思った。日本人の芸術感覚は、暮らしの中にあった。暮らしのなかにある芸術を「生活芸術」と名付けた。

岐阜県中津川市里山の古民家で2016年の冬を越していたら、友達が「北茨城市が芸術家を募集しているよ」と教えてくれ、自然と人間の暮らしの芸術を追求したいと考えていたので応募してみた。まさか採用され、いま北茨城市に暮らしている。チャンスは必要なときやってくる。

ぼくを信じてくれる人が少しずつ増えて、仕事も少しずつ増えて、芸術家として、生きている。けれども、贅沢をしたり、調子に乗ったり「足るを知る」を忘れれば、道は閉ざされる。肝に銘じる。

f:id:norioishiwata:20171108001605j:plainぼくは、自分がみつけた「芸術」を表現し続けたい。ぼくの「芸術」は、特別なものではない。目の前にあるモノを組み合わせてつくる。人との出会いや、土地や環境、歴史や文化、消えていこうとするモノ。それらは、人間と自然の間に存在している。人間が自然からつくる古い家の美しさ。それをつくる技術。人間が海に出るための船。そのために費やされてきた失敗と成功と冒険の数々。日本人が、自然から編み出した生活の知恵。これらは、日本だけではなく、世界中で消えていこうとしている文化でもある。そうしたモノコトをアートに変換する技術をぼくは、追求している。

日本の大地は美しい。その景色がある日本の田舎は美しい。きっと世界中の田舎が美しいのだと思う。有名でもない、けれども、あるがままに美しい世界中を尋ねたい。旅をする眼差しがあればできる。それは偶然の出会いを大切にすること。

「便利さ」という誘惑が、人間を自然から離していく。けれども「そのままで」と願っているわけでもない。だだ、目の前から消えていく、当たり前に美しいものを芸術と名付け、人間と自然の繋がりを記録したい。忘れられていく美しいモノを紹介したい。それらが未来に残り、輝き放つとき、きっとぼくの仕事がはじまる。

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