芸術の語源はars(技術)。生きるための芸術を求めて日常を冒険するアート

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ぼくは嫁と北茨城市に暮らしている。生活そのものをつくり変えたいと考えて、世界を旅して各地で学んだことを3年かけて日本で実践して、仕事にならない日常を冒険してきた。
家賃を安くするために愛知県の空き家に暮らして、船をつくる技術を身につけるために家を改修した。長野県で2万円の材料でカヌーをつくる方法を習って、三重県の漁師町に暮らし、カヌーで遊び、竹で竿をつくりアジを釣った。家の材料となる木の現在を知るために岐阜県の森のある古民家で冬を越して100年前の日本人の暮らし方に出会った。

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つまり、いまの社会では価値がないとされるモノコトを活用して、生きる方法を探ってきた。そこには自然からつくる生きる技術があった。
友人のススメで、北茨城市が芸術家を募集していることを知り、応募して今年の4月から北茨城市で芸術家として芸術によるまちづくりに取り組んでいる。
いま目的は2つある。自然からつくる生きる技術をアートとして表現すること。それはサバイバルアートと名付けた身の回りにある材料で作品をつくること。もうひとつは、北茨城市という環境のなかにアートを表現すること。
これはLocational Artと名付けた表現方法を実践すること。ぼくは、技法に名前をつけて自分の立ち位置をつくるようにしている。名付けることは、新しい土地や星をみつけるのと同じ発見という発明だ。

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これまでは、おカネを必要としない表現を追求してきた。なぜなら、おカネがなければ、できないという現状を突破してみせたいからだ。世界を見渡せば、豊かとはいえない暮らしを余儀なくされる環境がたくさんある。その環境は歴史がつくってきた。常に持つ者が持たざる者を搾取する構造が世界を支配してきた。それは人類がいくら成長しても変わらない。いくら平等が叫ばれても唄われても、基本構造は変わらないまま。だからこそ、コストのかからない、あらゆる環境で表現できる技法を用いてきた。廃材や価値を失ったモノコト。世界の片隅が輝くことが美しい。その光は生きる希望でもある。

100年前には、日本人の多くは自然に囲まれた環境で、おカネに依存しない暮らしを営んできた。それは厳しい労働を伴う暮らしでもあった。その反動から人々は都市へと流出した。ぼくは東京に生まれ育った。確かに東京には、たくさんのモノや人が動いている。けれども、その環境がよいかと考え見渡せば、地球のバランスから考えれば、とてもよいとは言えない。その感覚は現在、拡がっていて、地方へと新しい暮らしを求めて移住する人が増えている。

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ぼくはこの3年間、アートで生きていくと覚悟して、旅をして、人との出会いのなかで作品を売り、生きていくことができた。そんなに多くのおカネを必要としないライフスタイルになっていった。少ないことは美しい。シンプルになるほど、無駄がなくなる。新製品を買う必要もなくなった。ゴミにもならず、300年も使える新製品があれば、それは素晴らしい発明だと思う。けれど多くの新製品は、短いサイクルで中毒症状を起こすように購買を促すばかり。自分の作品は安くても売れればいいし、食べ物を自給して小さい暮らしを営めればいいとも考えるようになっていた。

けれどもぼくは、この一カ月ほどで考えが変わった。なぜなら、いま北茨城市で芸術家として活動しているから。それは都市でなくとも、豊かな生活を営めることを実証する責任がある。都市と地方に分類するなら、日本の国土のほとんどが地方。そこに人々が暮らせるなら、もっと快適な生活の可能性が拡がる。事実、インターネットがあれば、必要なモノは、ほぼ手に入る。ないのは仕事だ。であれば、仕事もつくれることを実証しよう。そう勝手に、ヤル気が湧いてきた。いつも勘違いや思い込みからモチベーションは沸き起こる。周りに合わせる必要はない。勘違いを暴発させれば、自分が立ち上がる。

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都市に比べて何もないと言われる環境には、価値を失ったモノコトが溢れている。それは名前を失っているモノコト。つまり、ほとんどが自然に還ろうとしている。「何もない」とレッテルを貼られた大地には「自由に使える」素材に溢れている。ぼくには、それらがチャンスにしか見えない。名前を失ったモノコトに名前を与え価値を見出せば、人が動き、経済が生まれる。3人、5人、10人。ひとりでも心を動かせれば、成功だ。ホームランである必要なんてない。

ぼくがいまいる場所で、生きていくことができると実証するために、この場所に経済圏をつくるために、芸術家として起業することにした。無意識のうちにおカネを吸い取るような、嘘や言い訳ばかりの、くだらない商品やサービスやシステムよりも、檻之汰鷲の活動、アート作品の方が、人類の未来に有意義だとハッキリと証明してやろうと思う。檻之汰鷲の作品をまちや自然のなかに刻んでいこうと思うので、応援よろしくお願い致します。

夫婦芸術家
檻之汰鷲(おりのたわし)

http://orinotawashi.com/