読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ここ数年の採集した生きる芸術のための口伝・秘伝書‐ピカソ、宮本武蔵、千利休から学んでいること

f:id:norioishiwata:20150807091950j:plain

「できないことをやれば、どうやればできるのかが分かる」とはピカソの名言で、数年前から、この考えを信仰している。
今回の津島滞在の目的でもある建築構造模型を朝からつくった。先月に2日間費やして1/20の図面をつくり、床下の基礎を調べた。模型にするには、もっと詳細に採寸して測ってはメモをして、やればやるほど見えていなかった箇所がみつかり、何度も家をみては、スケッチを繰り返して組み立てていく。やるほど解像度があがり、建築の構造を理解していく。

やりながら、我慢できなくなったり、苦しくなるのは、新しいことに取り組んでいる証拠だ。例えば、ある日、マラソンをやろうと決意して走り始めたときのことや、英語を話せるようになろうと勉強を始めたとき、どれも遅々として先に進まない、そのもどかしさこそが進歩している証拠だ。
参照:ピカソ七つの名言

新しいことに挑戦できる時間を持つ贅沢さ
築80年の2階建の家は、どうやら、修理と増築を繰り返してきたことが分かってきた。建築の土台になる木材も有り合わせのモノでつくられている。しかし、有り合わせの組み合わせであっても、その木と木は見事に接合され、床面は、しっかりと水平を保たれている。この家は究極にハンドメイドで、木材と大工の腕によってのみ作られた事がはっきりと伝わってきた。

建築士でもない、ましてや建築の勉強をしたこともない夫婦が、あれこれ悩みながら木造建築の構造模型をつくっているなんて、専門家は笑うかもしれない。なんて無駄なことをと。しかし、この難題に取り組む時間こそが有意義なのだ。なぜなら、まったく知らなかった世界に朝から晩まで没頭することができるのだから。学びたいと思う古い木造建築に暮らし、その構造を調査する日々を送っている。なんて贅沢な時間だろうか。

f:id:norioishiwata:20150807092427j:plain

宮本武蔵五輪書に記した「一切の無駄なことをしない。」について
空き家に暮らして4日が過ぎた。寝袋とキャンプ用のマットに寝て、ガスコンロで飯盒を炊いて御飯を食べる。近くのスーパーで食材を買ってくる。冷蔵庫はないから、使い切りになってしまい食材費は普段より高くなっている。今日は、氷が貰えることを知ってビニール袋で家まで運びバケツでワインを冷やしている。

こうした不便な暮らしのおかげで、必要なものだけを手に入れて生活を組み立てる遊びができる。この不便な暮らしだからこそ、やりたいことに集中できる。だから旅を続けたくなる。生きるために必要なことは、そんなにたくさんはない。

もし自分たち夫婦だけのことであれば、空き家から空き家へ放浪すればいい。しかし、それだけでは、社会の役に立たない。ぼくは、社会の有用なパフォーマンスをしたいと願う。それこそ、社会彫刻と言える。

空き家に暮らしているのは、古い家でも楽しく快適に暮らせることを証明するためで、工夫やデザインを凝らし、その楽しさやバリエーションを伝えていきたい。それが商品やサービスになれば、やがて経済効果が生まれてくると信じている。最近は、あちこちでビジネスチャンスを逃していると指摘されているが。

昨日は、津島の町屋の家主さんのサポートで庭を手入れしてきた。庭は2ヶ月に1度、草取りをするらしく、2ヶ月経つとまた同じ状態になってしまうらしい。

朝の10時から始めて昼まで滝のように汗を流しながら、スポーツで筋トレだと思って、ひたすらに雑草を取ってみた。この仕事はきっと空き家ビジネスの〈基本その1〉メニューになる。
空き家の管理 -庭の定期お手入れ-

そもそも庭とは、なんて贅沢な空間だろうか。手入れをしなければ、荒れてしまうこの空間を手間暇掛けて愉しむのが庭の目的だ。
草ひとつ生えていない、石庭のような空間をつくるには、どれだけの管理が必要なんだろうか。取りきれない雑草を相手にするうちに、そんなことを考え、贅沢は無駄なんだと閃いた。
宮本武蔵は「一切の無駄なことをしない。」と五輪書に記している。つまり、それは贅沢をしないということだ。贅沢な食事も無駄だし、贅沢な遊びも無駄だし、贅沢な女も無駄なのかもしれない。贅沢の反対は質素で、質素ならいいのかと問われれば、そんなこともない。禅問答のように矛盾の円環を描きたい。
参考図書:五輪書ー宮本武蔵

f:id:norioishiwata:20150807093055j:plain

暮らしの芸術に至る道ー茶の湯の心
空き家を問題を解決するカギは、質素な贅沢だ。ぼくたち夫婦が、いくら空き家に暮らしても、その次元には到達できそうにもない。しかし、空き家を誰かのために活用する空間にしようとしたとき、発想を転換させることができる。この質素な空間を他の人がどうしたら楽しめるようにできるのか。

それは「もてなす」ということだ。古い家の扉を開けたとき、その向こうに広がる空間にひとが魅了されたとき、空き家は問題から資源への転換に成功する。それが錬金術になる。カギは、茶の湯の心にある。いま手元にある南方録から、暮らしの芸術に至るアイディアを採取している。

参考図書:すらすら読める南方録