いきるための芸術の記録

荒地と廃墟の楽園より

バルセロナでの短い滞在から帰ってきて、嫁のチフミに「わたしたちは、どうなってしまうの?」と言われた件

ぼくら夫婦が不安定な状態に突入したのは2013年から2014年にかけて海外を旅してからだ。そんなことは充分承知して、次なるライフスタイルを創り上げるべく冒険を始めた。海外を旅をしている間は、地に足がつかないし迫る現実もなかった。帰国してからも嫁のチフミは「わたしは貧しいなんて感じたことはないよ。」と言っていた。

チフミは、一緒にアート作品をつくるパートナーでもあり生活を共にする夫婦でもある。羨ましいとか理想だ、と言ってくれる人もいる。ぼく自身もまさに、そういう理想をつくっているし、そうあることを願っている。
ぼくら夫婦は、あんな作品をつくろう、とか次はどうやって売ろうか、という話しをする。それはどうやって生きていこうか、という話しそのものだ。
考えるまでもなく動いているときは、テンポよく物事は進んでいく。しかし、立ち止まって考えてしまうと、疑念が浮かんで底なし沼のように沈んで取り返しのつかないところまで落ちていく。

「最近、気持ちのなかであなたを信じられない自分がいる。」とチフミが言った。「好きじゃないとか愛していない、ということじゃないんだけど、、」
最近は何を話しても批判的で、やってみなければわからない、というぼくのやり方に全面的に賛成できない様子だった。バルセロナから帰ってきて夫婦の会話は、そんな地点に着地してしまった。不安定なのは経済面だけでなく2人の関係までに及んでいた。

お互いがスッキリしないまま、その夜、ぼくは友達の誕生日パーティーに出掛けてしまった。その友達の誕生日パーティーで飲み過ぎていないのに、なぜか記憶を失い寝てしまった。嫁に飲み過ぎない、夜は帰ると約束したのにも関わらず。魔が差すとはこのことだ。帰るつもりだったので電話も持っていなく連絡もしないまま、翌日は仕事があったので、次の日の夜にようやく帰宅した。
気持ちは焦るものの今更どうしようもなかった。ドアを開けるとチフミは家にいた。いるかどうかもさえ不安だった。

「ごめん。」
「いいよ、べつに。わたし待ってたのに。朝も早く起きたけど帰って来ないし。最初から帰ってくる気がなかったとしか思えない。」
「ほんとうに帰るつもりだったよ。だけど寝てしまって。」
「楽しかったんだろうから、それでいいんだろうけど。こんな話しをしていること自体無意味だし、わたしもそんな自分が嫌。仕方ないことなんだよね。でも昨日あんな話しをした後だから、わたしは不安だった。そんな夜に連絡もしないで帰ってこないなんて。」
「そうだよね。ほんとうにゴメン。」
ぼくがそう言うと、チフミは黙って立ち上がり、夕食の準備を始めた。2人は無言で食事をした。チフミが「苦しいね。」と言った。

ぼくは言った。
「チフミを悲しませて申し訳ないけど、俺も辛かった。チフミが俺を信じられない、と言ったことが何より辛かった。チフミはパートナーであり、唯一の自分の理解者で、チフミがいるからこそ、冒険できるし挑戦できるんだ。自分を信じるられるのもチフミのおかげなんだ。それに2人で一緒に理想の暮らしをつくりたいと願うから、毎日やっていけてるんだ。」
「ごめんね。どうしてわたしは、信じられなくなっちゃったんだろうね。」

昨日まで、自分の選らんだ道はひとりになっても進むつもりでいた。チフミは不安定な生活が苦しいから、就職したい、と言ったので、そうすればいいと考えていた。

ぼくは言った。
「ぼくたちは生き方をつくっている。それは簡単なことじゃない。仕事だってつくろうとしている訳だし。そんな簡単にできることじゃない。じゃあ、旅から帰ってきてどれだけやった?  まだ1年しか経っていない。チフミは、帰国して体調を悪くして、しばらく集中できなかった。ぼくたちのやろうとしていることは、もっと時間のかかることなんだ。いまは収入が少なくて不安かもしれない、だけど遊んで暮らしている訳でもないし。これは自分のためだけにやっているんじゃないんだ。チフミと幸せになりたくてやっているんだよ。」
「うん。分かるよ。でもね、去年わたしが体調を崩したとき、物事が思うように進まなくなって、いつになったら回復するんだ、ってあなたに言われて。それがショックで。すごく重くて。それから向き合えなくなったのかもしれない。」

瀬戸際だった。ぼくは話しながら、ひとりで生きていけるとは言い切れないと感じていた。もう結婚して10年経って、理想のライフスタイルを求めて旅に出て、なんにも成果もないまま、日々の生活に圧迫されて、それでも自分には未来を信じる強い気持ちだけがあって。
チフミが「じゃあ、あなたはどうしたいの?」と言った。

「ぼくは日本を旅したいんだ。世界を旅したように。日本全国の空き家を利用したいと考えているんだ。利休が言った"家は雨が漏らないほどで食事は飢えなければ、それで充分"この言葉に倣い、古い家を渡り歩くんだ。この半年、空き家に取り組んでわかったんだ。問題は家が古いことではなく、もちろん日本の建築基準や時代錯誤な法律とかいろいろあるけど、中心は家の持ち主だ。家主を軸に空き家再生に取り組むのが次の冒険への突破口なんだ。」
「だってわたしたちは、改修やリノベーションなんてできないし。」
「そう、そこなんだよ。必要なのは家を直すことじゃないんだ。家を掃除したり片付けたり、そういう当たり前のことをやるのが大変なんだ。そういうとこをサポートして、家主さんと対話しながら空き家をアクティブな状態にするんだ。いま2つの物件候補があるから、そこから始めたい。これは実験だ。片付けや掃除が得意なチフミがいればこのプロジェクトは成功する。この2件で実践をつくれば、きっと日本全国から依頼が来るようになる。その活動を通じて、ぼくたちの拠点を増やしいくんだ。まずは10月まで。これをカタチにしたい。」

「わかった。家なのね。どうしてもそれがやりたいのね。」その言葉をきっかけに関係は修復された。こんなことが起こることを学んだ。思い出した、チフミはいつも言っていた。「永遠なんてない。」

いま現在、日本を旅する空き家のプロジェクトを実現するために、パーツを集めタイミングを計りながら未来を眺めている。これは1年以上温めている社会彫刻であり、放浪芸術家として踏み出す第一ステップだ。日本という国の大地や自然、その土地に暮らす人々、まだ出会っていない友達、そういう資源が未来にたくさん埋もれている。いまから採取を始めれば、2030年の頃には貴重な文化や財産になるだろう。ぼくは未来のために今を生きたい。

夫婦で作品をつくる
コラージュ・アーティスト
檻之汰鷲(おりのたわし)
http://orinotawashi.com/

生きる芸術のための生活者
石渡のりお
norioishiwata@gmail.com