答えはない。だから、こうやって日々言葉を費やして、自問自答している。

朝起きて、成田空港へ作品を運んだ。作品はバリ島に送り届けられる。かなり初期から作品を購入してくれている友人が、バリの友人と共同購入してくれた。 作品を作ることと販売することは、作家として生きていくうえで、かなり重要な両輪だ。大きな作品を制作…

運動すると暖かくなる。冬は労働が適している。だから、家を改修する。

北茨城市の富士ヶ丘に古民家そのものを作品として制作している。家を作品にするのは、家を中心とした周辺のモノコトにこそ芸術が宿っていると睨んでいるからだ。 去年は赤い屋根の母屋をギャラリー兼滞在施設にして、今年は、その裏にある馬小屋を暮らせるぐ…

夜明け前

何かに偶然出会うことが繰り返していく日常を楽しくする。 ぼくの場合は、予定したことより、何かの拍子に出くわすことに興奮する。興奮すると、頭の中で創造のスイッチが働く。 1月3日。2019年になったけれど、チフミの実家で、チフミ姉妹の家族とそ…

2020年の今日まで残り362日

2019年。年が明けた。どれだけ年を重ねても、やったことがカタチになって、やらなかったことは、何にもならないで消えていく。今年で45歳になる。分かったこと。ほんの小さな日々の積み重ねが、今を明日を未来をつくる。 年末は、妻チフミの実家、諏訪…

書くこと、描くこと、想像すること。

書くことは、自分という媒介を通して世界を語ることだ。描くことは、自分を通して、世界を映し出すこと。想像することは、視覚から聴覚、嗅覚、食感、触覚を通して頭の中に対象を抽出することだ。それらは、どれも違う運動をしている。 これらの運動をするに…

豊かさは貨幣に換算できない。

これは3年前の記事だけど、やろうとしていることは、全く変わっていない。変わったのは、やろうとしていることが、やったことになったぐらい。人間には「できる」と「できない」がある。その障壁を越えるのは、習慣をコントロールすることだ。 何ができたら…

アートで生きる=アスリートになること

北茨城市で活動する作家の先輩、真木孝成さんの展示に、いわきギャラリーを訪ねた。いわきギャラリーは、福島県いわき市の老舗で、中国の有名な芸術家、 蔡國強が拠点にしたことでも知られている。このギャラリーの魅力は、作家とお客さんを大事にしているこ…

人類は何処へ向かっているのか。答えなんてない。だから作る。

愛知県津島市にトークイベントのために車を走らせた。北茨城市からは500km。8時間かかる。その前日は、北茨城市の「アートによるまちづくり」の視察にバスツアーが来るので、午後から古民家改修のワークショップを開催した。廃材を使って嵌め殺しの窓を…

目が覚めたら走ること

朝起きて走るようになった。寒い朝、布団から出る戦い。何を温いことを言ってるのか。いや、自由になるほど自分を動かす技術が必要になる。いくら寝ても働かなくてもよい日なのに、いくら怠けてもよい日なのに、それでも起きて走りに行く。何のためにか。自…

神様が木を数える日

北茨城に帰ると、林業家の古川さんが遊びに来てくれ「今日は神様が木を数える日たがら仕事休みなんだよ」と話してくれた。神様が木を数えるとき木を切ってしまえば、数えられなくて神様が怒るそうだ。実は、風が強く吹く日で危ないという理由もあるらしい。…

アートで生きることの実践編

作品の運搬のために借りた軽トラックを返却して、9日間の「生活芸術商売」展が完了した。始まりは友達からのメッセージだった。 「今度、よしもとがギャラリー持ってるから一緒にやらへん?」と、お笑いで知られる「よしもと」に転職した友達が誘ってくれた…

展示3日目。「生活芸術商売」展に起きたこと。

結果的に店舗を持ったことになる。期間限定の檻之汰鷲(おりのたわし)ギャラリーが有楽町マルイの8Fにある。チフミとぼくは店員として接客し、お店の商品を生産して、流通から仕入れ、店舗デザイン、宣伝をしている。作品は10点以上が売れた。これは何か幻…

「生活芸術商売」展

夫婦で日々制作してきたアートピースが無事展示されました。檻之汰鷲(おりのたわし)史上最高の個展になりそうです。https://www.0101.co.jp/086/store-info/fair.html?article_id=168182冊目の本「漂流夫婦、空き家に暮らして野生に帰る。」も先行発売して…

夢が現実になった景色

11月は驚くほど予定が集中している。いまは、生きてきた時間とこれから生きる時間の分岐点なのかもしれない。ぼくは生活を作ってきた。どんな場所に暮らし、どんな仕事をして、どんな家に暮らしたいのか。その問いを追求してきた。この活動を何て呼ぶのだ…

毎日10個の悪いことをみつけるより、10個の良いことをみつける方が世界が豊かになる。

トムがアイルランドから来ているし、母親が北茨城市に遊びに来るので、民宿に泊まることにした。家から10分ほどの距離だけど、大好きな長浜海岸にある浜庄という宿を選んだ。小さな民宿だけど、とにかく魚が美味い。驚くほど。4人で泊まって呑み食いして…

傑作の影にあるほんとうの名作たち

今日は上野の国立博物館に行くことにした。クルマもあるけれど、日常を体験するのもまた旅だから電車に乗ることにした。そうすれば、アイルランドから来た友達トムが田舎と都市の両方を体験できる。 家から駅まで歩く途中、トムはウクレレを弾きながらハーモ…

海外からアーティストを受け入れ日本の文化を体験してもらう夢

トム・キャンベルがアイルランドからやって来た。トムとは2013年にバルセロナで出会って、パピエマシェという立体の作り方を教えてくれた師匠でもある。 海外を旅するとき、ホストとなって助けてくれる人がいる。もし逆の立場になったとき、ぼくは何がで…

怠けているのを自分自身に見られることを恥じなさい

人生の大先輩に叱られたような気がした。 ぼくらの古民家アトリエを散歩コースにしている松本先生から電話があった。蕎麦の実を収穫していて、終わらないから手伝って欲しいと。 12月の個展に向けてやることはたくさんあるけれど24時間フルで、そればか…

表現する。生きる。

表現する。生きる。この活動だけでいい。それだけのためにしなければならないことの複雑さ。複雑さを前にすると、悩んだり、立ち止まったり、振り返ったり、忘れたり。どうにも先に進めない気持ちになる。打開策は「走る」こと。RUN. 中心を頭から身体にズラ…

人は現象に反射する鏡だ。

多拠点生活は多重人格でもある。地域ごとに違う自分がいる。同じ自分でも会う相手によって変わる。「自分」とは鏡みたいなものだ。 音楽をやっている自分と絵を描く自分がいる。文章を書く自分もいる。音楽をやっている自分は20代から30代の友人たちとの…

心地よいカタチ- Comfortable shape

制作の合間に「農本主義が未来を耕す」という本を読んだ。田んぼや畑をやることに経済的な価値をばかりを求めることが根本的に間違っていると説いている。なぜなら、農業は、本来は「農」であって、それは貨幣価値とは切り離された生きるための仕事だった。…

鳥 虫 けもの 草木花。小さいは大きいより素晴らしい。

夜、アトリエからの帰り、クルマのラジオからクロマニヨンズの新曲が流れた。タイトルは「生きる」だった。マーシーとヒロトがゲストでどうでもいいことを話している。ほとんどのことがどうでもいいことで、そのなかに小さな楽しいことや喜びがあることが伝…

表現の経済活動。アートを売ること。

絵を描いてるとき、ふとこの数年の夢が叶っていることに気がついた。海の側に暮らし、広いアトリエで大きな絵を描いて、木工をやって、波が穏やかな日にはカヌーで釣りをしている。2014年、制作に没頭できる環境をつくるために妻とアート以外のすべて放…

制作する時間を持つこと

日々の暮らしの中でアート作品をつくる。これが集中しようとすると案外に難しい。こんなことを言っても有意義な話にはならないかもだけれど、やろうとしていることを行動に移して、それをカタチにする難しさを言葉にすることは、人生という捉え切れない現象…

道具なし身の回りのモノでつくるアート

唯、そこにあるもの木や草や石並べて楽しみ夜には燃やして暖を取り朝には消えてなくなる。Camp off-Tone 2018 山梨黒平焚火曼荼羅

「生きるための芸術」とは何か。

12月に個展が決まった。会場は、有楽町マルイ。よしもとクリエイティブ・エージェンシーのアート部門で働く友人が一緒にやろうと誘ってくれた。ギャラリーではないけれど、素晴らしい会場に決まった。 個展のタイトルを「生きるための芸術」にしようと妻の…

新しい日 - A day new rising

目覚ましを6時にセットして、予定通りに朝起きた。チフミが作ったブルーベリージャムでパンを食べコーヒーを飲んでウェットスーツを着て、車で出かけた。スーツはウェットなので向かう先は海だ。今日はどんな波だろうと楽しみに海に出ると、あまり波はなか…

なぜ絵を描くのに文章を書くのか。

どうして複雑になっていくのだろう。難しさは、結ばれた糸を解くように単純化できないのだろうか。欲望は留まることを知らない。ひとつ夢が叶えば新しい欲望に飲み込まれて消えてしまい、さも当たり前のように叶ったときに感じた喜びや感謝を忘れてしまう。…

夢が叶った日だった

朝目が覚めて、カヌーをクルマに載せて海に行った。波は穏やかで、まだ朝の7時前。以前にみつけたアジの泳ぐスポットに向かってカヌーを漕ぐ。海の上を走る。カヌーのうえで、仕掛けを用意して、、、いるうちにポイントから流されている。また漕いで戻って、…

生産と創造を日々の暮らしに

ぼくはこれまでに3回の交通事故に遭っている。1回目は小学生になる前、近所のスーパーマーケットの前の道路を横断しようとしてクルマにはねられた。2回目は20歳の頃、自転車に乗っているとき、後ろから追突されて。3回目は、生きるための芸術の冒頭に…