イタチと人間

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「あっイタチ!」
北茨城市にある栄蔵室(882m)に登りに行ったときのこと。同行者たちがざわめいた。イタチは普段から、この辺に暮しているのだから、ぼくらが進入者で、むしろイタチの方が「あっ人間!」と、走り出したのだと思う。

栄蔵室は、茨城県単独峰としては、最高峰で、筑波山より5メートル高い。

この日は、北茨城の山道を開拓してきた有賀さんに、道のない沢からのルートを案内してもらった。山が低いので、道がなくても、勾配が緩くて歩きやすかった。それでいて、大自然へ簡単にアクセスできることに感動した。山は高いばかりが魅力ではなかった。山好きの友達に話したら「低い山の魅力に気がついたら、また山が楽しくなるよ」と話してくれた。

これまで、多少の山に登って、高い方がいいと思い込んでいた。いつまのにか、登山という競技に巻き込まれていたらしい。よっぽど俯瞰して見渡す能力がないと、その気もないのに、広告や商品やサービスによって、既存の競技に参加してしまう。

f:id:norioishiwata:20171119114819j:plain有賀さんは、道なき道を歩きながら、北茨城市の70%が山林だと教えてくれた。確か、日本の国土の80%が森林で、世界3位の森林資源国でもある。ちなみに人間も、能力の2割ほどしか使っていないと聞いたことがある。つまり、有効活用してない領域は広大にあるのに、競い争うことを止めない人間。地方と呼ばる地域に暮らして、最近思うのは、人口が密集していないと、これほど余裕が持てるのかと、たまに行く東京の電車のなかで思う。登山のように、いつの間にか、夢や希望は、経済成長という競技にすり替えられている。

競争するよりも、競技自体をつくった方がいい。ルールに縛られるより、ルール自体をつくって、遊んだ方がいい。

ぼくは芸術家。そう名乗ると、どんな作品をつくっているのか、と聞かれる。ぼくはアート作品をつくるけれど、決まったカタチはない。ぼくはアートという枠を拡張させている。

説明するなら、そのとき出会った材料と環境が作品のカタチを決める。平面のときもあれば、立体のときもある。文章のこともあれば、行動のこともある。紙や木や家や景色や人との出会い、歴史、文化、なんでも材料になる。ただ作品として完成させる技術が追いつかない。もっといろんなモノにアートの称号を与えたい。

友達から来たメールに
「売れるとか、売れないとか気にするくらいなら、やらない。なぜなら、自分がやりたいからやっている訳で、売るためにやるんだったら、それは仕事だから、やり方も方向性も違ってくる。」と書いてあった。

f:id:norioishiwata:20171119115033j:plain水曜日に急遽、東京に行くことにして、バスで向かう途中、新しい企画を思いついた。ザンビアに車を届ける映像作品。日本から車を船でタンザニアまで輸送し、陸路でザンビアの友人に日本車を届ける。ぼくは嫁と撮影者の3人で、飛行機でタンザニアに向かい、車をゲットして、アフリカ大陸を横断する。その途中に出会う景色や文化や人は、現地の人にとっては、まったくの日常生活で、観光地でもガイドブックに載るような何かがある訳でない。けれども、ぼくたち日本人や西欧文化には驚きの日常が地球の反対側で営まれている。企画書にまとめて、受け止めてくれる人や機関を探す。これが、ぼくがはじめた生活芸術というアート。

f:id:norioishiwata:20171119115517j:plain人が行かない方に進んだ方がいい。できない理由は、おカネと違うことを受け入れる勇気だけだと思う。だから、絵を描くとか、彫刻をやるとかで、競争するよりも、誰かの何かが優れているとか優劣をつけるよりも、ビビッと閃いたアイディアを行動してしまった方がいい。自然に優劣はない。考えるのは後。むしろ、他と比較したり検証するうちに、同じようになって、アイディアのオリジナリティや鮮度は落ちていく。

奇岩が聳える名もない自然を歩いて、気がついた。ぼくにとって、この場所のすべてに名前がなかった。ところが、有賀さんは、歩きながら、石が集まっている箇所を見れば「かつてここで炭を焼いたんだよ」「この草を煮て依ると強いロープがつくれる」「この木の幹は黄色くて胃薬になる」と教えてくれた。ぼくと有賀さんの違いに、日常をアートに変える視点、生活芸術の入り口がある。

人間が人間の視点で、この世界を捉えようとするから、人間同士の争いに参加してしまう。もっと遠くから眺めてみたい。それは物理的な遠さである必要はない。低い山にも大自然があるように。

なんなら、イタチになりたい。動物の目線で世界を眺めれば、至るところの自然が、まったく新しい記号に変わる。自然のなかで「あっイタチ」と思う人間たちは、いつもパンを奪い合い、一方で自然は、自然のまま有象無象に広がって万物に恵みを与える。どんな場所にいても、そのままを捉える眼差しが世界を美しくする。

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本を読むのではなく、自分にインストールする方法

f:id:norioishiwata:20171109220431j:plain本には、見る、読む、インストールするの3つの使用方法がある。今回、紹介するのがインストール。つまり、本を読みながら、その世界を体験する。面白い本に出会ったことがあれば、きっと知っている感覚。文字の並びが、いつの間にか景色に変わり、物語の空間に入った経験があるだろう。冒険したり、旅したり、恋をしたり。

その体験を物語だけでなく、新書やノウハウ本にも実践してみようという提案。
例えば「ピカソ7つの言葉」を読んだら、感心するだけではなく、その通りに考えて行動してみる。
ちなみに、先日の記事

は、「”役を生きる”演技レッスン」という本を読むだけでなくインストールして書いた。

つまり、こうだ。


1.私は誰か?

2.現在の日時は?
何年何月何日で、季節はいつで、どんな気候か。

3.私がいる場所は?
どこの何という町の、どんな地域に暮らし、どんな生活環境をしているのか。

4.与えられた状況は?
過去、現在、未来の状況は。どんな出来事が起きているのか。

5.私との関係は?
出来事やほかの人物たち、モノと自分、周囲にどのような関係があるのか。

6.私は何が欲しい?
いまやろうとしていること、長期的な目標。

7.私にとっての障害は?
目標を果たすために乗り越えなければならない課題は。

8.欲しいものを手に入れるためには?
どんな行動をして、どんな言葉を使うのか。


もちろん、ぼくは役者ではない。けれども「ぼく」として生きるために8つの質問に答えてみた。やってみると、自分については、知っているようで、知らなかったりする。何十年と付き合っているので、飽きているかもしれないし、こんなもんだと諦めているかもしれない。
けれども、自分とは器のようなモノで、突き詰めてみれば、何者でもない。情報の集合体だ。だから、改めて、情報を整理してインストールする。8つの質問に答えてみれば、自分というキャラクターが見えてくる。そうやって、明日は違う自分でスタートしてみるのも面白い。騙されてはいけない。生きている限り、なんだってやれるし、新しいスタートができる。

目の前にあるモノコトは、自分を活かす道具に変えることができる。
まだまだやれる。

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コラージュ・アーティスト
檻之汰鷲(おりのたわし)

http://orinotawashi.com/

生きるを演じるということ。

f:id:norioishiwata:20171108000428j:plainぼくは、石渡のりお。1974年、東京の武蔵野市に生まれ、2017年のいま、茨城県北茨城市に暮らしている。いま住んでいる関南町は、大津港が近くで、走って20分くらいで海に着く。なかでも、自然がそのままの長浜海岸が好きだ。先月までは、廃校になった富士ヶ丘小学校をアトリエにしていたけれど、耐震工事のため、来年の春までは使えない。タイミングよく、小学校よりさらに奥地にある、まさに田舎という風景の古民家に出会い、アトリエ兼ギャラリーにする改修作業をはじめている。

妻チフミと2人暮らしで、子供はいない。ぼくの仕事は、芸術家で、妻と2人で檻之汰鷲(おりのたわし)という名前で、活動している。なんでも2人で一緒にやる。夫婦でもあるし、仕事のパートナーでもある。妻と、幸せな人生を送るのもぼくの夢のひとつだ。

f:id:norioishiwata:20171108002637j:plainぼくは、アーティストになりたかった。単純な話で、つまり、ヒーローになりたかった。子供のころは、変身する戦隊やロボットアニメが、そのあとは、漫画の世界に、気がつけば、ミュージシャンがヒーローになって、小説家とか芸術家とか冒険家とか、たくさんのヒーローが、ぼくを励まし勇気づけてくれた。

たくさん憧れたけれど、ぼくはヒーローになれないことに気がついた。なぜなら、ぼくは、ぼくだから。SAFARIというハードコアバンドは、こう歌う「おまえがおまえを信じないで、誰がおまえを信じる?」

ヒーローは変身する。けれども、ぼくは、ずっと変身する方法も分からなかったし、タイミングもなかった。友達は、ミュージシャンになったり、会社の社長や医者、芸術家や小説家になって、とても羨ましかった。

f:id:norioishiwata:20170412091149j:plainきっかけは、2011年3月11日。東日本大震災。生まれてはじめて社会が機能しなくなるほどの災害を経験した。社会が絶対ではないことを身を以って知った。テレビやネットのニュースが「ほんとう」ではないことも、このときに知った。何を信じればいいのか。


ついにそのときがきた。

ぼくは、社会ではなく、自分を信じることにした。常識も未来も不安も安心も、おカネも仕事も放り出して、自分のやりたいことをやった。つまり、アートを表現する道を選んだ。そのことは「生きるための芸術」に書いた。

海外を旅して、日本に戻ってきても、ぼくは旅をやめなかった。旅をしている気持ちのまま、東京で暮らし、作品を売って生き延びた。ぼくには、目標があった。家を直す技術を手に入れたかった。日本には、空き家がたくさんある。ボロボロの家を自分で直せれば、もう家に困らなくなる。そうすれば、家賃に追われて生きなくていい。もっと自由で気楽な生き方をつくりたかった。

f:id:norioishiwata:20171108001051j:plainぼくは、空き家を巡って旅をして、日本という文化に出会った。つまり、都市ではなく、かつて田舎にあった自然と共に生きてきた人間のライフスタイル。身の回りの自然を駆使して営まれる暮らし。ぼくは、これこそが「芸術」だと思った。日本人の芸術感覚は、暮らしの中にあった。暮らしのなかにある芸術を「生活芸術」と名付けた。

岐阜県中津川市里山の古民家で2016年の冬を越していたら、友達が「北茨城市が芸術家を募集しているよ」と教えてくれ、自然と人間の暮らしの芸術を追求したいと考えていたので応募してみた。まさか採用され、いま北茨城市に暮らしている。チャンスは必要なときやってくる。

ぼくを信じてくれる人が少しずつ増えて、仕事も少しずつ増えて、芸術家として、生きている。けれども、贅沢をしたり、調子に乗ったり「足るを知る」を忘れれば、道は閉ざされる。肝に銘じる。

f:id:norioishiwata:20171108001605j:plainぼくは、自分がみつけた「芸術」を表現し続けたい。ぼくの「芸術」は、特別なものではない。目の前にあるモノを組み合わせてつくる。人との出会いや、土地や環境、歴史や文化、消えていこうとするモノ。それらは、人間と自然の間に存在している。人間が自然からつくる古い家の美しさ。それをつくる技術。人間が海に出るための船。そのために費やされてきた失敗と成功と冒険の数々。日本人が、自然から編み出した生活の知恵。これらは、日本だけではなく、世界中で消えていこうとしている文化でもある。そうしたモノコトをアートに変換する技術をぼくは、追求している。

日本の大地は美しい。その景色がある日本の田舎は美しい。きっと世界中の田舎が美しいのだと思う。有名でもない、けれども、あるがままに美しい世界中を尋ねたい。旅をする眼差しがあればできる。それは偶然の出会いを大切にすること。

「便利さ」という誘惑が、人間を自然から離していく。けれども「そのままで」と願っているわけでもない。だだ、目の前から消えていく、当たり前に美しいものを芸術と名付け、人間と自然の繋がりを記録したい。忘れられていく美しいモノを紹介したい。それらが未来に残り、輝き放つとき、きっとぼくの仕事がはじまる。

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遠くに行かなくてもできる旅。

f:id:norioishiwata:20171031213354j:plain北茨城市の古民家の改修をしている。茅葺き屋根をトタンで覆っていて、屋根裏は、かつて火を熾して暮らしていた煤で真っ黒になっている。この屋根裏をロフト兼、吹き抜けの天井にしようとしている。

家は、ほんとうに不思議な出来事を起こす。この家を改修する少し前に知り合ったナガノさんは、まるで家が引き寄せたように、いま一緒に作業している。いつだって古い家は、生きようとしている。

屋根裏で作業していると、矢のようなカタチをした梁が結び付けられていた。紐も緩んでいたので、はずして明るい場所で観察してみたけど、何やら祈りの気配がしたので大切に保管することにした。

f:id:norioishiwata:20171031213822j:plain屋根裏を改修する材料を家の裏の竹を使うことにした。かつての家づくりは、周辺環境から材料を採取していた。100年前、50年前の日本人のライフスタイルから、学ぶことがたくさんある。彼らは、自然を駆使してあらゆるモノをつくり出していた。まるで、遠い国の知らない民族のようだ。ぼくは、彼らに会いたい。

家の裏の竹を切っていると、この家の持ち主だったアリガさんが現れて、竹の切り方を教えてくれた。ぼくがヒィヒィ言ってた作業を鉈で瞬殺した。アリガさんは、この家で育ったから、何でも知っている。アリガさんが現れると、古民家にあるモノに意味が生まれ、すべてが蘇る。屋根裏でみつけた矢は、建前の儀式で使ったものだと教えてくれた。100年より、もっと前のモノらしい。

ぼくは、日本に生まれ育ったのだけれど、日本のことを何も知らなかった。海外に出て、それを痛感した。外国人は、日本に暮らしているぼくらよりも、ずっと日本のことを知っている。それは、世界に誇ることができる日本のよい側面。つまり魅力。けれども、内側からは、それが見えにくい。人は、自分よりも他人のことの方がよく分かるらしい。

かつての日本人の暮らしは厳しかった。だから、新しい暮らしに憧れて、都市へと人は流れた。しかし、都市が成熟した今、ぼくは地方に魅力を感じる。自然も時間もたくさんあるし、何より余白がある。もちろん、ぼくが外から見ているから、よく見えるだけかもしれないけれども、北茨城市も古民家のある楊枝方も、楽しい発見ばかりだ。勘違いは、人を前向きにする魔法でもある。もし友達が勘違いをしているなら、背中を押して気づかないままに、もっと先へと送り出してほしい。

f:id:norioishiwata:20171031214439j:plain遠くに行かなくても、ぼくたちは旅をすることができる。20世紀を代表する小説「失われた時を求めて」の作者、マルセル・プルーストは、こう言っている。

真の発見の旅とは、
新しい景色を探すことではない。
新しい目で見ることだ。
The real voyage of discovery consists
not in seeking new landscapes,
but in having new eyes

新しい目は、自分が持っているのではなく、出会った人や、何てことない小さなモノを通して広がる世界。旅をしている気持ちさえあれば見えてくる。おかげで、ぼくは、近くの遠い日常を冒険している。


生きるための芸術
檻之汰鷲(おりのたわし)

http://orinotawashi.com/

好きなことを続けるのは、おカネのためではない。その経験や技術が人生をつくる道になる。

f:id:norioishiwata:20171025075923j:plain今日という日、そしてその時に感じたこと、その気持ちも、その瞬間にしか存在しないから、メモしておく。

2014年から2016年にかけて、空き家を改修して、その経験が仕事になってきた。愛知県で内装を依頼され、東京のマンションの内装を相談され、北茨城市では、古民家をギャラリーにしようとしている。好きで、やっていたことが、仕事になってきた。

アーティストだということで、デザインを頼まれるようになった。友達のバンドのロゴ、アプリのデザイン、バッチのデザイン、もしかしたらバスに絵を描く話しも飛び込んできた。ぼくは、アート作品で、誰かを楽しませたり、喜ばせたりしたいと考えているので、頼まれれば、その人のために作品をつくる。依頼内容が明確であるほど、その仕事はデザインになる。ぼくは、自分の想像力を誰かのために使えるなら、それほど嬉しいことはない。だから、デザインをするのも好きだ。

f:id:norioishiwata:20171025080207j:plainただし、楽しくないことはやらない。なぜなら、時間と気持ちに余裕がなくなると、失敗できなくなる。そうすると、成果が出ることしかやらなくなる。だから、仕事は、ひとつひとつを大切にやれるほどの数でいい。

大人になるにつれて、好きなことをやらなくなる。好きなことを我慢できるようになってしまう。我慢しているうちに忘れてしまう。ああ、あんな夢があったけ。好きなことを手放す大抵の理由はおカネだ。どうして、楽しいことを止めてしまうのか。好きなことをやるのは、競争ではない。好きだからやる。楽しいからやる。それで充分だ。

f:id:norioishiwata:20171025080325j:plainぼくは中学生のとき、音楽を聴くようになった。高校生になると、バンドを始めて、学園祭で教室をライブハウスにした。

ぼくのバンドは、特に売れるような音楽ではなかった。むしろ、ノイズやハードコアパンクの激しい音楽だった。当然、大学を卒業しても、何の可能性もなかった。それでも、音楽が大好きだった。

大学生のとき、山奥でイベントが開催されているとの噂を聞いて、友達と電車とバスを乗り継いで、辿り着いたのが長野県の廃校を会場にした音楽イベントだった。そこで知り合ったのが、日本のフェスティバルをつくることになる先輩たちだった。ぼくは、大学を卒業して、この業界に入った。運動会テントを立てたり、ステージをつくったり、駐車場係をやったり、スピーカーをトラックに積み込んだり。アルバイトだった。それでも、音楽が仕事になってほんとうに嬉しかった。

先週の木曜日には、春風という代々木公園で毎年開催されるフリーフェスティバルの打ち合わせがあった。ぼくは、春風では、トークイベントを企画している。そこに出演するために「生活芸術家」という肩書きをつくった。それを想い出した。春風は、ぼくが大学生のときに出会った先輩たちが、つくったフェスティバルで、つまり20年近く関わっている。ぼくは先輩たちがつくったフェスティバルのステージに立つのが夢だった。言いたいのは、続けることの大切さだ。

ぼくは、結局、バンドも続けている。何のために? 自分が音楽が大好きだから。その想いをカタチにしている。歌がヘタなのに20年くらいボーカルをやっている。バンドはいよいよ無駄なことかな、と思っていたけれど、先週、六本木ヒルズで、スピーチする機会を頂き話してきた。人前で話しをすることは、ステージでパフォーマンスするライブと同じだった。つまり「歌う」という行為の裏にある、マイクで自分の考えや想いを伝える技術を20年の間に磨いていたらしい。

f:id:norioishiwata:20171025080513j:plain人は、おカネにならないことを無駄だから止めろと言う。ぼくも散々、才能がないから音楽はやめた方がいい、音楽は、仕事にならないから、きちんと会社に就職した方がいい、アートで喰っていくことはできないと、アドバイスを頂いた。けれども、好きなことを続けるのは、おカネのためでも、成功するためでも、肩書きのためでもない。他の誰でもない自分自身を生きるためにやっている。他の人から見れば、まったく価値のないこと、そこに道がある。なぜなら、そこにはこれから価値が生まれる未来がある。

もし、ぼくが何かの役に立たつなら、こう助言したい。好きなことをやめても何にもいいことはない。とくに、これからの時代。好きなことは、おカネにならなくても、続ければ、経験や技術になる。何より、好きなことは、続けることができる。だから、くれぐれも、諦めた人や好きなことを手放した人の言葉に耳を貸すことはない。自分のやりたいことの価値は自分にしか分からない。

f:id:norioishiwata:20171025081237j:plainザンビアの友達はこう教えてくれた。「みんなウサギを追いかけるけど、途中で諦めてしまう。諦めなければ、諦めたヤツのウサギも手に入るのに。ネバーギブアップ。これは自分のためではなく、仲間にその姿勢を伝えるためにやるんだ。」

ネバーギブアップ。
諦めるなんて、死ぬまで必要ない。
まだまだやれる。

生活はリズム

今日は、六本木ヒルズ主催のイベント、hillsbreakfastに登壇してスピーチをした。

pechakucha」という20枚のイメージ写真に対して20秒ずつコメントしていくプレゼンテーション方式。

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ぼくは、これまでの活動を20枚の400秒にまとめた。結論、ぼくが言いたいのは「負けてもいい」。社会は競争を強いるけれども、すべて勝つのは不可能。稀にそういう天才もいるけれど、99%の人は、そうではない。だから99%の人が楽しく生きれる社会が理想だと思う。負けても死ぬ訳じゃない。どうしても負けるのが嫌なひとは、こう考えることもできる。「競争をしないという勝ち方」もある。それは雑草の生き方でもある。自然はぼくの生きる大先輩だ。

ぼくは北茨城市に暮らしているけれども、暮らす場所も同じ話で、都市と地方という対立軸があるけれど、実は、日本のほとんどが地方。もし、その地方が暮らしやすい場所だったとすれば、日本人の多くの人がハッピーな気持ちになれる。ところが実は、既に地方は楽園である可能性を秘めている。その答えをこれから、開拓していきたい。

ぼくは、矛盾を両手を広げて、掴みたいと思っている。勝者でも敗者でもいいし、都市と地方でもいい。金持ちと貧乏人でもいいし、石ころとダイヤモンドでもいいし、失敗と成功、悲しみと喜び、どっちも美しいと思う。

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ぼくは、嫁と2人で、檻之汰鷲(おりのたわし)というアーティスト名で、アート活動をしている。ところが、気がついたら、生活芸術家の石渡のりおという別人格も動き出していた。 ぼくは話をしたくて仕方ないらしい。止まらない衝動が、生活芸術家という肩書きを作り出した。

ぼくは、檻之汰鷲でもあるし、生活芸術家でもある。つまりは、何者でもない。ただ生きている。とにかく「生きる」という現象を映し出したい。

ぼくは、ザンビアで泥の家を建てて、家に興味を持つようになったけど、ぼくは建築家でない。けれども、家が大好きだ。隙をみては、古い家の写真を撮っている。たまたま「the japanese house」と検索したら、イギリスのポップミュージックがヒットした。良い曲だ。おまけに、新国立美術館でやっている「THE JAPANESE HOUSE 戦後、1945年以降の日本の家」という展示があることを知った。家が起こしたセレンディピティ

同時開催で、日本の近代絵画もみることができた。絵をみるとき、奇跡的な記録更新の瞬間を鑑賞する視点と、目の前でみて、単純に美しいと感じる2つの眼差しがある。後者は絵画としての美しさで、前者は、アートという常に新しくなっていく競技のアスリートたち。つまり、材料やコンセプトや題材や手法についての挑戦。これもどっちが正しいとかではなく、ぼくは両手をいっぱい広げて両方を掴みたいと思っている。

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ぼくは、古い家が好きだ。なぜなら、自然のままだから。建築家という意匠が手掛ける前の、生きるための道具としての家。それを保存しておけば、30年後には、貴重な地域資源になる。その活動をギャラリーや美術館に収めたい。つまり、生活をアートにしたい。それが北茨城市につくるアートギャラリーArigatee(ありがてえ)。

いまぼくがやろうとしていることが、意味不明でも、小さくてもいい。自分にはハッキリ分かっている。絵にしろ、本にしろ、家にしろ、50年後、100年後に開花してくれればいい。未来への種蒔きだ。

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檻之汰鷲は、嫁とのコラージュアートユニットで、空き家を直したり、旅をしたり本を出版したり。生活芸術家の石渡のりおさんは、トークをしたり広報担当したりしている。この人生で、もっとたくさんのことを掴みたい。それを可能にするのが、生活のリズム。毎日の生活のなかに、どれだけ夢を叶えるための一歩を踏めるか。明日はない。今日という一日が繰り返すだけ。だから、今日何をするのか。まだまだやれる。

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「生きる」の旗をアートのど真ん中に突き立てたい。

f:id:norioishiwata:20171013202130j:plainいくつかの夢が叶ったので、独立独歩会議としてのメモ。ぼくにとって自然は大先生。その営みを学ぶ環境に身を置きたい。今日は、北茨城市と共につくるギャラリー兼アトリエの作業をスタートした。目標は「わざわざこんな場所に来る」。何ができるのか分からないけど、ヤベエのをつくる時間はある。

北茨城市の奥地、楊枝方という集落につくられるこのスペースは、畑や田んぼに囲まれた築100年を超える古民家。ここを掃除して、縁側で休憩していると、雨が楽しかった。屋根から落ちて弾ける水に見惚れた。この感覚こそが「生活芸術」だ。つまらないこと、見落としていること、小さなこと、それが楽しく感じるとき、ぼくは、生きていると実感する。

f:id:norioishiwata:20171013202240j:plainぼく自身の生活は、水のように低いところへと流れていきたい。だから、このアトリエ兼ギャラリーもぼくの場所にはならない。価値がないものに価値を与え、価値が生まれれば誰かの手に渡る。そしてぼくは別の場所をつくる。それがぼくのアートだ。

ややこしいのだけれども、ぼくのアートと一般的なアートは違う。業界には業界のアートがある。これからは、ぼくのアートは「アルス」と呼ぼう。アートは、茶道やスポーツのように、技を競うひとつの表現形態だ。マルセルデュシャンは、便器をアートにして、奇跡ともいえる離れ技を披露して、アートの領域を拡張した。ジョンケージは「4分33秒」で無音を音にして音楽の概念に革命を起こした。ぼくは、そういう挑戦的なことが好きだ。

だから、勝手に自分がアートと名付けたもの(つまりアルス)を業界のアートの枠で競わせてみたいと思うようになった。ぼくは価値を取らないけども、つくったモノには価値を与えたい。ぼくは矛盾している。けれども矛盾こそが、もっとも美しいバランス状態であり「答え」だと思う。ぼく自身は、宮沢賢治の農民芸術概論のように、デクノボウのように生きたい。

けれどもぼくのアルスは、アートという文脈のなかで、離れ技を決めて欲しいと願う。最近、この話を理解してもらえないことがある。それは仕方がない。ぼくのチカラ不足であり、これはスタートしたばかりの挑戦だから。目指す道があれば、どんなに遠くても、辿り着くことができる。大切なのは忘れないことだ。だからぼくは、こうして言葉を書き続けている。夢は大きい方がいい。小さい夢では、そこまでしか辿り着かない。嘘も言ってるうちに真実になる。

f:id:norioishiwata:20171013202409j:plain「生活」という忘れられつつある、自然と人間の営みが芸術として評価されたら、面白いと思っている。なぜなら、日本人は生活を捨てているから。日本人は、経済成長ばかりを最優先して、自然環境や自然資源について、その価値を忘れてしまった。自然資源をフル活用すれば、人間は生きていけるのに。自然の恵みで生活を営み、それでいておカネを儲けることができれば、おカネに振り回されずに、好きなことをやって生きていくことができる。

ぼくは、自分が発見した表現ジャンルを確立させたい。なぜなら、これはひとつの哲学であり思想でもあるから。だから、ぼくは本「生きるための芸術」を書いた。その後の2年間をまとめた2冊目の初稿が、先週に完成して出版社に渡した。「1冊目より可能性がある」と言ってくれた。ぼくは作家になることができた。3年後には3冊目を出版したい。

評価されることよりも、自分の感覚をどうやって伝えるのか。それを研ぎ澄ますことが、アルスでもある。評価さるためにズラすことよりも、感覚のど真ん中で立ち上げる。そこに個性がある。その強度が、そのまま作品の強度になる。

ぼくがアートという文脈のどの辺にいるのか、さっぱり分からないけど、何やら、古くて新しい革新的かつ確信ある何かを育てている。どんなに時代が変わろうと便利になろうと、天災が起きようと、戦争が起ころうと、人間は生きている。それだけは普遍的な事実だ。「生きる」をアートのど真ん中に突き刺してやりたい。

まだまだ、これからだ。